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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第死夜:コドクな少女の霊
29/30

29.呪われ少女は夢を見る

 その時になって、ようやく自分のしでかしたことの重大さと、どうしようもないことへの無力感で、久しぶりに泣いたわ。


 昼の校舎には徐々に霊が増えていき、さすがにおかしいと気づいた教師達が右往左往していた。


 私はどうにかして、唯一話のできる紅子さんを説得して、事態を収束させるつもりだった……。そんな折りに、紅子さんは亡くなったの。彼女が足蹴にしていた生徒に恨まれ、刺されて死んでしまった。


 こうして、私は再び現実との接点を失ってしまった……。


 後に残ったのは、死体の山ばかり。……全部、私が作り上げたものよ。


 ただ、時々お茶会の時間になっても、理性を保っていられることがあったわ。たぶん、友達と一緒に呪われた生徒がいたんでしょう。


 私にできたのは、昼夜を問わず生徒達に警告して回ることだけ。


 ほとんどの生徒が、一度助かると安心して夢から解放されていったわ。


 でも、中には、あなたのように悪夢をどうにかしようとしてくれた生徒もいたの。


 お陰で、一時は悪霊の数をかなり減らせたのだけれど……決して零にはならなかったわ。囚われていた悪霊達の未練の多くは、”ここから逃れたい”だったから、昼の間に会話が聞こえる生徒を呪ってしまうの。


 悪霊が成仏する代わりに、悪夢の噂が新しい世代に広がってしまう。


 私は、いつかその連鎖が終わることを夢見て、一人戦うことにした………………そうしている内に、出会ったのがあなたよ。


 ……私の永遠にも思われる時の中で、唯一友達だと言ってくれた、大切なあなた……」

 「真名(まな)です」


 祈るように目を閉じた公子に対して、真名はその目を見てはっきりと言った。


 「苗字は朽葉(くちば)。■■■■、伊藤公子さん、改めてですけど、よろしくお願いします」


 真名、と公子は確かめるように、何度か小さく呟く。その顔は嬉しそうに緩んでいた。


 真名は気づいたのだ。公子とは夢の中で何度も助け合った仲だったが、名前は一切名乗っていなかったと。


 ずっと夢の中で暮らしていた公子は、いつの間にか名乗るという習慣をなくしてしまっていたのだ。


 「ありがとう、真名。最後に会えたのがあなたで……本当に良かった。あなたのおかげで、寮監にも……凛子にも……」

 「いえ。そんなことより……」


 そこで真名は手提げ袋から取り出していた。そう、凛子に頼まれたお饅頭だ。それを見た公子の目が点になる。


 「公子さん、私とお茶会をしませんか? ……もちろん神様も」


 そして、最初で最後のささやかなお茶会が始まった。


 場所は公子の自室。真名はその道すがら、家庭科室によって茶葉やティーカップを、公子はお砂糖やミルク、それからソーサーを抱えてお喋りしながらゆっくりと歩いていった。


 ……神様は物を持てなかったので、美味しくなるように祈って貰った。意味があるのかは分からない。


 そして、水を用意して公子の部屋で……


 「公子さん。この瞬間湯沸かし器は、プラグをコンセントに差し込まないと使えません」

 「まぁ、そういうことだったのね! でも、炭もなしにお湯が沸くなんて、なんと便利なんでしょう……」


 お饅頭を食べ……


 「美味しい………………」

 「え? でも、公子さんって貴族のお嬢様ですよね? お菓子くらいいっぱい食べていたんじゃないんですか?」

 「そうね、普通の人よりは食べていたと思うわ。でも、あの時代は、今と比べたら国そのものが貧しかったの。甘いものを食べられる人は限られていた。だから、そうね……お菓子はあったけれど、これほどまでに洗練されてはいなかったのよ」


 紅茶を楽しみ……


 「ふわぁ……! この紅茶、とってもいい香りがしますね! こんなの、初めてです!」

 「ふふ、これはね? 家庭科の下田先生がこっそり隠している紅茶なの! なんでしたっけ……ふれいばあてぃい? というそうね。遙か遠く、仏蘭西国から取り寄せた、舶来品なの」


 珍しい物を見て……


 「このすまほ? っていうの、凄いわね……。これがあれば、遠くの人とも話せるし、行ったことのない場所も見られるのでしょう?」

 「そんなことないですよ。知らない人から変な電話がかかってきたりもしますし、画像は見れても、自分で直接見たときほどの感動はありませんから」


 語り合って……


 「それで、その時凛子ちゃんが怒る寮監相手に一歩も引かずに……言ったんです! 私達は学校に残っていたんじゃない! 寮監に引き留められていたんです……! って!」

 「まぁ! 惚れ惚れする開き直りだわ! さすがは凛子、あの娘、只者ではなかったのね!」


 記憶の空白を埋め合って……


 「そう、それじゃあ森上神社は……」

 「はい。私の調べた範囲では、再建されていません。だから、神様が学校にいらっしゃるんです」

 「……そうね。信仰を得られる地域が学校だけになってしまったから、この夢が学校の敷地しか広がっていないのかしらね」


 そこで真名が手鏡に視線を移すと、さっきまで“甘旨甘美味”と書かれていた壁に文字が増えていた。


 ”我家無子 不可帰宅 唯一人寂”


 「……子供かしら」


 なんとも言えない真名に対し、公子は割と辛辣だった。


 ”違子共 大人 大人!”


 「まぁ、感嘆符まで書いて主張しておりますけれど、あいにく淑女は淑女だと主張しませんのよ」


 ……しばらく書き込みがなくなったのは言うまでもない。


 疲れてはお風呂で癒やし……


 「その……真名さん……」

 「どうしたんですか、公子さん?」

 「最近の方は……皆、真名さんの様に素敵な体型なのかしら?」

 「ッ!?」


 ”真名凄! 而我凄! 我越真名!”


 「……この神様、段々遠慮と威厳がなくなってきたわね」

 「……えっと、その……はい」


 ”不解! 不解!”


 パジャマに着替え……


 「やっぱり、洋装の意匠はだいぶ進んでいるわね……」

 「あ、でも公子さんもパジャマ、よく似合ってます! 本当、私のパジャマで申し訳ないくらい……」

 「ありがとう。……ところで、真名さんは何をしているのかしら?」

 「……? 何って、ドライヤー……あっそうか。これは、お風呂に入った後、髪を乾かすのに使う道具なんです。現代の人は、毎日これでお風呂に入ったあと、髪を乾かすんです」

 「……!? な、今、なんて?」

 「……? お風呂の後、髪を乾かす…………」

 「毎日お風呂に入れるの!? 平民でも!? 信じられないわ!? 随分銭湯は安くなったのね!?」

 「いえ、銭湯はむしろ高くなっています。今は一家に一つのお風呂がある時代なんです」

 「……! ということは、さっきのしゃんぷうやりんすも使い放題……極楽かしら……」


 そして、部屋に戻って準備しておいた、たっぷり氷の入ったアイスティーで一杯。クーラーと相まって、熱が瞬く間に取り除かれていく。


 「はぁぁ……こんなに涼しい中で、たくさん氷の入った飲み物……こんな贅沢、初めてだわ……」

 「あれ? 公子さんの時代だと、クーラーは……」

 「見たことないわね。それに冷凍庫も。冷蔵庫はあったのだけれど、毎日氷屋さんが持ってきてくれる氷を入れて使うものだから……」

 「それじゃあ、氷はできませんよね……」


 そして、目覚めの時が来た。


 真名も公子も、片付けもしないで屋上の社の前に戻っていた。いつの間にやら雨雲は消え、空には大きな月が浮かんでいる。


 「念のために、もう一度言うわね。神様の力であっても、過去を変えることはできないの。そして、願いの変更も駄目。言葉はよく考えるのよ」


 公子は静かに目を閉じると、祈りながら最後に風を感じている。一方、真名は屋上から見える景色を目に焼き付けていた。これが正真正銘、最後の昭和の世界なのだから。


 たとえ白い煙に包まれていようとも、ここから感じる五感全てが、何よりも貴重な一瞬なのだ。


 ……不思議なことに、真名と公子が最後に取ったのは、似て非なる行動だった。


 “願掛可 述希”


 視界の隅に移った手鏡には、そう記されていた。


 「真名さん」


 公子は優しく微笑みかける。今から真名が行うのは、友人を殺すということに他ならない。だから、それを後で後悔しないように。


 それが伝わった真名は、静かに頷いた。


 「はい。神様……………………公子さんのお茶会を終わらせ、参加した全ての魂を、死後は天国にお送りください」


 ”解”


 同時に、世界が目映いほどの光に包まれた。朝日が中天に昇ったのだ。夜の暗闇に適応していた瞳が悲鳴を上げ、それでも真名は必死に最後の瞬間の公子を見送ろうとする。


 公子の望みは永久に続くお茶会だった。それは、たった今、真名の望みによって終わらせられたのだ。


 「ありがとう、真名さん。これでもう悔いはないわ。……あとはあっちで償うだけ――」

 「――公子さん!」


 目映い光の中で、公子は空を見上げていた。真名の目には、突き抜けるような青空にしか見えない。しかし、公子には違うようだった。


 まるで、最愛の人が迎えに来てくれたように、両の瞳から涙を流している。


 「――公子さん、さようなら! また(・・)会いましょう……!」


 だから、真名は負けじと叫んでいた。ちょっとだけ、悪戯っぽく。


 「……! …………ぅぁ……待ってるわ!」


 その言葉に、公子は心の底から嬉しそうに笑い……あまりの光に真名も直視できなくなっていた。


 それでも、両手をかざして無理矢理目を見開くと…………そこは、寮の自分の部屋だった。カーテンの隙間から漏れた朝日が、真名を優しく照らしていた。


 「公子さん……」


 その胸に迫る感情を、真名は言葉にできなかった。それでいいと思った。この不思議な温かい気持ちは、真名だけのものなのだから。


 呪われ少女は、夢見たことが叶ったのだ。

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