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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第死夜:コドクな少女の霊
28/30

28.四ノ原紅子

 私は驚いていたわ。それも二回も。


 まず、あたり前だけど、幽霊になった私の姿は、誰にも認識されなかったわ。ただ、中には勘の鋭い生徒もいるようで、時々私と廊下ですれ違った後、不思議そうに振り返る娘もいた。


 それから……幸子先生に会ったの。先生は職員室の前で仁王立ちしていたわ。だけれど、様子が変だった。


 先生は……確かに幸子先生だったのだけれど、何かがおかしいの。視線が虚ろだし、虚空に向かってブツブツと呟いている。


 私は、思わず廊下で立ち止まってしまうと、帰宅する生徒達とすれ違いながらも、声をかけられないでいた。


 ……箱ニイレテシマイマショウ。


 怖気が走るのを堪えると、思い切って私は先生に声をかけた。でも、駄目だったの。


 私が声をかけた瞬間、それまで支離滅裂だった先生の意識がピタリと収束した。そして、引き攣った笑いを浮かべている私に、薙刀の竹刀を向けたの。


 その瞬間、神様が悲鳴をあげた理由が分かったわ。身体から離れた魂は、即座に天に召されるべきだった。そうしないと……身体のない魂は不安定で、壊れていってしまう。その結果極端に未練に執着し、未練のためなら他人をも害する悪霊になっていく……。


 気がついたときには、手遅れだったわ。


 竹刀を構えて襲ってきた先生に対し、素手の私では勝負にならなかった。


 まだ人の多い放課後の廊下、私は夕日の中で撲殺されて意識を失ってしまう。


 そうして、再び目を覚ましたとき、私は屋上で立ち尽くしていた。


 違うのは、夜になっていたこと。そして……本格的にお茶会が始まってしまったこと。


 学習した私は、今度は先生を避けてどうにか壁を伝って降りると、学校の敷地内を捜索して回ることにした。


 そうして分かったこととして……今現在、お茶会にいるのは私と先生だけということだった。


 本当にそれだけなの。3階以外の教室を探ってみても、人の気配はない。寮まで足を伸ばしても……部屋には鍵がかかっていて入れないか、入れたとしても部屋の中は空っぽだったの。


 ……きっと、現実の私が知らないことは、夢の中に反映されないのね。


 それが、3日かけて隅々まで探索した結論だった。


 4日目、私はとうとう調べるのを諦めると、寮の自室で久しぶりに寝っ転がっていたわ。いや、そもそも私は寮生ではなかったのだけど、その部屋は誰も使っていない空き部屋だったから、夢の中では私の自室として使わせてもらうことにしたの。


 31日目……ここまでは日付もしっかり覚えているわ。


 この頃になると、私も孤独に耐えられなくなり始めていた。……そうよね。元々一人で生きていくのが嫌だったから、こんなことになったわけだし。


 そうして、なんとかして先生を正気に戻そうと接触しては、その度に撲殺されて屋上で目を覚ますということを繰り返していたわ。


 収穫もあった。……一応ね。


 先生は……逃げたり抵抗する相手は容赦なく叩き殺すけど、大人しく近づいてくる相手は殺さなかった。ただ、ちょっとでも不審な素振りを見せると、即座に頭をかち割られた上で、箱に詰められるのだけど。


 365日目、つまり私が幽霊となってから1年後。私はその日、先生を正気に戻すのを諦めることにした。


 無責任だって思うでしょう。私もそう思います。でも、毎日のように説得を試みては、その度に撲殺されている内に、身体は先生に対して、勝手に恐怖するようになっていったの。


 死ぬのは、とても辛くて苦しい。普通の人が1度しか体験しないはずのそれを、私は何百と経験していたから。


 先生のことを諦め……目標を失うと、月日はあっという間に流れていったわ。顔を知っている生徒なんて、すぐにいなくなってしまった。


 代わりに増えたのは、新しい……私の知らない生徒達。


 学校にはこんなにも沢山の生徒がいるのに、私に気づいてくれるのは、殺そうと襲いかかる先生だけ。


 いつしか私は校舎を避けると、起きてるときも夢を見ているときも、自室で過ごすようになっていたわ。


 朝、目覚めては、顔を洗いに行くように屋上を出て、夜、夢を見ては、寝床を探るように屋上を出て。


 そうしてみると、意外と学校は変化していることに気づいたの。分からないかしら……分からないでしょうね。


 朝、真っ先に登校してくる生徒の顔ぶれ。廊下に張られたお便り。鍵を閉め忘れた寮の部屋。


 そんな小さな変化だけを楽しみに、暮らすようになっていたわ。


 起きている間は、生徒達の日々の営みを愛で、夢を見ている間は、一人お茶を飲み……時々誰かが忘れていった食べ物等を頂く。


 それは、決して終わることのない、一人ぼっちのお茶会だったわ。


 もちろん、誰かを誘うことだってできた。


 その頃になると、寮で私が使っている部屋に対して、幽霊が出ると噂になっていたから、毎年入学してくる生徒の内、一人くらいは霊感のある生徒がいたみたいなの。


 その娘となら、きっとお話もできた。


 でも、一方でお茶会の権利は、誰かに話すことで無作為に広がってしまう可能性がある。そして、校舎には正気を失った幸子先生がいた。


 だから、私はこのお茶会に誰も誘わない……はずだったの。


 正確な日付は覚えていないわ。


 でも、既に昭和は終わっていたと思う。寮にも新たに……あなたも知っている寮監が駐在するようになっていたわ。


 当時、学校ではイジメが吹き荒れていた。どこをどう評価しても淑女とは言えない、とても身勝手な生徒がいたの。


 自分以外の人間をなんとも思っていなかったその女は、とにかく人を嫌がらせることが好きだった。彼女と比べたら、私をいじめていた方々なんて、可愛いものだったわ。


 嫌がらせ、恐喝、援助交際。そして、それに巻き込まれ、悲嘆に暮れる生徒達……。


 私はそれを、見ていることしかできなかった。


 北野円加。それがイジメの首謀者の名前。意地の悪いことに、彼女は無関係な生徒を自分と共にイジメに荷担させることで、無理矢理仲間にしていたの。


 その時私の自室を使っていた生徒も、運悪く北野に捕まってしまい……いじめる側に立っていたわ。きっと、根っからの悪い娘ではなかったはずよ。


 彼女は北野にこき使われて、ボロボロになって寮に戻ってきては、泣いていたわ。彼女は北野のイジメの被害者であり、同時に加害者にも仕立て上げられていた。


 もう嫌だ、誰か助けて……!


 ベッドで震える彼女に、かける言葉が見つからなかった。


 でもね、その時たまたま振り向いた彼女と目が合ったの。


 最初は単なる偶然だと思ったから、特に気にしないでいた。でも、何故か背中に彼女の視線を感じたの。だから、振り向いて優しく彼女に微笑みかけて……その瞬間、彼女が悲鳴をあげたわ。


 私は……彼女を哀れんで力になってあげたいと思っていた。彼女は……誰でもいいから助けて欲しいと願っていた。私達の間には、縁ができてしまっていたのね。


 その娘の名前……四ノ原紅子っていうの。


 私が過ちを犯すきっかけとなった娘よ。


 最初こそ怯えていた紅子さんだったけれど……すぐに打ち解けられたわ。悲しいことに、紅子さんにとって幽霊なんかよりも、北野の方がずっと恐ろしかったのね。


 ……お願いします。なんでもするから、北野円加を呪い殺してください。


 久しぶりの会話は、そんな始まりだったわ。


 紅子さんは、私に自分のしでかしたイジメを告白してくれた。それは、概ね私が見聞きした内容と合致していたの。だから、私は……彼女の力になろうと決めたわ。


 でも、所詮私はただの幽霊、起きている間にできることは何もない。


 できることがあるとしたら……北野円加をお茶会に呼ぶこと。


 そして……ほんの少しだけ、脅かしてあげようと思ったの。


 紅子さんは首尾良く北野をお茶会に誘うことに成功していたわ。誤算だったのは、同時に車椅子の生徒だった詩織さんまで巻き込んでしまったこと。


 同時に権利を貰った二人は、同じ場所に出てしまった。


 だから、私は日を改めることにして……その日以降、夢を見なくなってしまったの。


 最初は何が何だか分からなかったわ。


 お茶会に行こうと眠りにつく度に、朝の屋上で目が覚める。


 半世紀以上生きてきて……いや、生きてはいなかったけど、初めての経験だったから混乱したわ。


 紅子さんに聞いても、歓喜の表情を浮かべるだけ。


 そうしている内に、北野が亡くなったの。そしてそれを追うようにして詩織さんも。


 私は、ようやく一つの仮説に辿り着いていたわ。


 つまり、身体を離れた魂は不安定になり、未練に執着してしまう。それは、私自身も例外ではなかったということ。


 私は、夢の中では先生と同じ、理性を失った怪物になっているのではないか。


 ある夜、私は寮の自室で紅子さんを問い詰めたの。紅子さんは知らないと言い張ったわ。でも、私はここ数日で彼女が異常なほど羽振りが良くなっていることに気づいていた。


 一つ一つ彼女の嘘に対して矛盾点を突きつけて、ついには決定的な証拠を突きつけてやったの。……死んで、先生と同じように学校に留まるようになった、北野と詩織さんの存在よ。


 とうとう紅子さんは白状したわ。どうやら、私は夢の中では延々校舎を徘徊してわ、お茶会の参加者を見つけ次第殺しているらしかった。


 その時には手遅れだったわ。


 ……あなたが教えてくれた、今なら分かる。


 私がずっと正気だったのは、幸子先生と一緒に呪われたからだった。そして、その状態は、私が紅子さんに権利の与え方を教えた際に失われてしまったの。


 後に残ったのは、霊のさまよう悪夢のお茶会だけ。


 この日以降、紅子さんは態度を急変させた。学校では、それまでの大人しさが嘘のように、北野の後継者として君臨し、私に対しても無力な霊として扱ったわ。


 ……そう、いくら私が夢の中で強い力を持っていたとしても、現実の私が持っているのは分相応の力だけ。紅子さんが寮の扉の鍵をかけてしまえば、それだけで近づけなくなるほど、弱い存在だったの。


 既に事態は私の制御できる範囲を超えてしまっていたわ。

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