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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第惨夜 箱にシマう女ノ霊
20/30

20.箱の中

 再びの夜、夢の中。降り出した雨を、真名は神秘倶楽部の部室の窓から眺めていた。今夜の雨は弱い代わりに、長く続いている。けたたましく怒るのではなく、じわじわと悲しみ続けるような、そんな雨だった。


 「あなたには借りができてたわね……だから、さっさと返すわ」


 室内に現れた真名に対して声をかけたのは、耀子だった。春美が言ったとおり、この呪いは言葉を換えても確かに機能するものらしい。


 「……どれくらい早く着いてたんですか?」

 「大体30分よ」


 日のある内に写真を焼いたとき、真名は耀子から夢の中での集合時間を教えられていた。それにオーケーしたときからそうでないかと思っていたのだ。


 「それじゃあ、まもなく私の身体は目覚める。その僅かな時間を利用して箱女を引きつけるから、あなたは職員室に入り込みなさい」


 その言葉に真名の表情が引き締まった。箱女は犠牲者を箱に詰める。つまり、囚われた凛子や公子は箱の中にいる可能性が非常に高く、また箱女の未練にも関係している可能性も高い。


 真名は確かめなくてはならなかった。現実の箱の中には何も入っていなかった。だからこそ、夢の中の箱には何が入っているのか。もし入っていないのであれば……箱女の未練とは箱の中身、つまり御神体ではないかと考えられるからだ。


 箱女を成仏させなければ、公子も凛子も救えない。特に公子は囚われてから日数が経過していることを考えると、最悪の場合彼女はもう……。そんなネガティブな思考に捕まりそうになるのを、慌てて頭を振って否定していた。まして、箱に何かが入っていたとしたら……などと、考えたくもなかった。


 室内を沈黙が満たしていく。耀子は扉に耳をべったりと張り付けて、外の様子を伺っている。真名の耳にはしとしと降り続く雨音以外は聞こえない。


 「……感覚が来たわ」

 「……ッ!」


 後は……言われなくとも分かっている。耀子が職員室に近づいて箱女を引きつけてから、階段の方に逃げ回る。チャンスは一度だけだった。


 同時に耀子が勢いよく部室の扉を開け放つや、猛然と職員室に向かって駆け出していた。次の瞬間、廊下の闇の向こうから強烈なプレッシャーが向けられる。耀子が箱女に見つかったのだ。


 すぐに反転した耀子が闇の向こうから現れた。真名も慌てて扉の陰に身を潜める。薄い扉の向こう側を、赤い影が走り抜けていき……真名はそれとは対照的にゆっくりと外へ出た。


 焦る内心とは裏腹に、足は暗い廊下をすり足でしか進みたがらない。月明かりすらない今夜は、いつも以上に闇が濃かった。むっとするような湿度を感じながら、真名は懸命に足を進めていく。


 だが、それを見た瞬間だけは我慢ができなかった。


 ……職員室の前に、誰かいる。


 そして、その姿には見覚えがあったのだ。


 「公子さん!?」

 「……ッ!?」


 そう、その姿は間違いなく公子だった。だが、声をかけたのは失敗だった。どうやら公子は心の底から仰天したらしく、持っていた何かを廊下に落としていた。


 途端、雨音を劈くように金属音が校舎に響く。公子が落としたのは、よりにもよって鍵束だったのだ。同時に真名の産毛が逆立った。暗闇の向こうから、こちらを睨み付けるような感覚が迫ってくる。


 「公子さん、無事だったんですね!? でも、どうしてここに――」

 「――話は後よ! まずいわ、先生が戻ってきてしまう……!」


 悪意の籠った視線、そして何よりも足音があっという間に階段を駆け上がってくる。真名は慌てて周囲を見回すも、身を隠せそうな場所はない。あるとしたら、それは……


 「……こっちよ」

 「しょ、職員室ですか!?」


 険しい顔の公子が向けた視線の先に、真名は思わず怯んでいた。他に場所はないと理性では分かっていた。だが、本能は逆のことを叫んでいたのだ。……真名に向けられた視線は廊下の向こうからだけではない。扉の向こう側、脳内にありありと幻視された禍々しい箱からもだったのだ。


 真名が尻込みするも、公子は遠慮なく扉を開けた。だが、真名の表情は凍り付いてしまう。


 箱はあった。


 真名の目の前、職員室の扉を開けてすぐのところに。理解できない。まるで、真名を迎え入れようとでもしているのか。そしてその蓋はあろうことか、少しだけ開いていたのだ。隙間の向こうは蔵で見たときとは全く違う。深い影に包まれたそこは、粘性すら感じ取れる闇を湛えいていた。


 真名は泣きそうだった。


 その箱が少しずつ近づいてくるのもいい。誰かがそんな真名を見てクスクスと笑っている気配があるのもいい。最大の問題は公子だった。彼女は室内を一瞥してから、箱を見て言ったのだ。


 「箱の中に隠れなさい。他に場所はないわ」


 真名は自分の顔から血の気が引いていくのを、ありありと感じていた。


 だが、迷っている時間はない。既に箱女の足音は近づいてきている。公子は……一か八かの賭に出たのか、窓を開けて飛び降りられないかを確かめていた。だが、その表情は芳しくない。


 「……えっ」


 気がつけば、真名は誰かに背中を押されるように箱の中、闇へと身を沈めていた。


 自然に行動していた。真名の意識は近づいてくる足音に夢中になってしまい……まるで、バスタブに浸かるようにとぷんと。


 雨の湿気と熱が籠っていたのか、箱の中は思いのほか暖かく、ちょうど人肌のような温度だった。もう視線は感じなかった。代わりに、箱の闇の中から無数の手が伸びて、真名を引きずり込もうとしている気がする。いや、した。


 真名はそのまま箱の中へ身を隠してしまい、その瞬間蓋が音をたてて閉まった…………………。

























 気味の悪い温もりに包まれた真名は半泣きになっていた。泣かなかったのは、箱の外に箱女がいるのが分かっていたからだ。ついさっき、公子が落とした鍵束を誰かが拾う音が聞こえた。


 だが、それ以外は何も分からない。


 完全な暗闇の世界にいるので何も見えない。何も分からない。……いや、むしろそうであって欲しかった。嫌な予感だけが膨れあがっていく。


 「……ッ!?」


 誰かが箱の中でふさぎ込む真名の腕を撫でた……気がした。


 「……ッッ!?」


 こんなにもムッとしているのに、無性に喉が渇く。僅かに開いた口が吸うのは、不気味な籠った空気だけ。何故だか妙に人臭い、生々しい味がするのは気のせいだ。


 「……ッッッ!?」


 不意に真名の指が何かに触れた。髪の毛のような細い何かが指に絡まり、適度な重さのそれは人間の頭部のような形をしていて……


 「……ぅぁッ!?」


 誰かの漏らした吐息が真名の肌を撫で、全身に鳥肌が立った。恐怖のあまり泣き叫ばなかったことに自分でも驚いてしまう。堪えきれなかった涙が頬を伝った。


 「………………………………」


 箱の中に誰かいる(・・・・・・・・)


 その誰かは、真名が泣いているのをじっと見ていた。闇の中で見えないのをいいことに、間近で観察していた。


 ……クスクス。あなたはだあれ? なになに? 泣いてるの? 新しい子? あなたも箱の中? 中身になるの? 私達みたいに? そんなはずないでしょ。誰が好き好んでこんなところに来るの? でも、ここは安全だよ? 出られないじゃない。うん。だって出る必要もないでしょ? まあね。出たって悪霊に襲われるだけ。それならずっと箱の中にいればいいのよ。そうね、新しい中身を歓迎しましょう。怖がらないで。あなたも、私達の仲間になるのよ。そうね、ずっと一緒だよ。永遠に箱の中で私達と一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒死ぬまでも死んでからも一緒一緒一緒一緒いっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょ。ね?


 「真名?」

 「……ヒッ!!!!?」


 その妄想ではない響きに、真名は限界だった。恐怖に心臓を鷲づかみにされて、思わず悲鳴を漏らしてしまう。


 「箱ニイレテシマイマショウ……」


 その瞬間、真名は見つかってしまったことを悟り、全てを諦めていた。たった今まで怯えていた暗闇ですら、今となっては愛おしさすら感じられる。真名はこれから、箱女に殺されるのだ。そして箱に詰められ、闇の中で他の犠牲者達と一緒になってしまう。これでもう怖くはない。どんなに怖くたって、みんなといっしょならこわくない。そう、いっしょなら。いっしょなら、いっしょなら、いっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょならいっしょなら……


 「大丈夫!?」

 「え?」


 久しぶりの光を、真名は呆けたように見上げていた。誰かが箱を開けたのだ。開けて、中にいる真名に優しく微笑みかけていた。蘇った真名の五感がおそるおそる目の前の女性を記憶と照合していき……


 「大丈夫だから、安心して。神様を入れた箱だもの、きっとみんなを守ってくれるわ」


 気づいた真名は口をぱくぱくとさせていた。優しく真名を助け起こしてくれたのは他でもない、箱女だったのだ。だが、その身体は赤くなく、瞳には確かに理性が宿っている。


 「一年生かな? 私は■■■■、担当は修身です。今の学校には”こうこ”さんが何人かおりますから、生徒達には幸子(さちこ)先生って呼ばせております。だから、あなたもそう呼んでくださって結構ですよ」


 千載一遇の好機。


 箱に生徒を入れて守ることに執着する教師の未練とは、箱に入れて守った生徒の安否だったのだ。

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