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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第惨夜 箱にシマう女ノ霊
19/30

19.臨終

 「まさか、ここでその名前を聞くことになるとはな」


 昼休み、真名は再び寮監の元へと訪れていた。その手にはルーズリーフ。これまでに真名が知っている全ての呪いに関する情報が記されている。いずれも授業を休んで書き上げたものだ。


 「……知っているんですか?」

 「あぁ。なにしろ、四ノ原紅子は、車椅子の真中詩織をイジメていた北野円加の腰巾着だったやつだ。元々大人しい生徒で、気の強い北野に仕方なく付き合ってイジメに荷担していた。そして北野の行方不明後……それまでの腰巾着ぶりが嘘のように強気になって、新たな女帝として君臨した。……四ノ原が初代神秘倶楽部だとすれば、こちらとしても納得がいく」

 「……それで、北野さんは呪いから解放されなかったんですね」

 「どういうことだ?」


 椅子に座った寮監が驚いて真名の目を見るのに対して、真名は逸らさずに見返していた。思い出していたのだ、詩織の最後の言葉を。


 『コウコさんに……伝えて下さい。詩織は……別に……恨んでおりません……例え……あなた方に呪われたとしても……』


 「この呪いは、誰かに移すことができます。詩織さんを呪ったのは四ノ原さんの方だったんです。だとすると、全て納得がいきます」


 詩織の言葉は、呪ったのが四ノ原紅子であり、かつその場に別の人間がいたということだったのだ。


 「……つまり、北野と四ノ原が真中をいじめていたときに、四ノ原がふざけて呪ったせいで真中も北野も呪われて死んだ、と?」

 「それだけでしょうか」

 「……どういう意味だ?」

 「四ノ原さんは嫌々従っていたんですよね? だとしたら、四ノ原さんが本当に(・・・)呪いたかったのは、どっちだったんでしょう」

 「……ッ!?」


 寮監の目が見開かれる。真名はそれを頭の片隅で認識していた。


 ……だとしたら、四ノ原さんはどうやって呪いのことを知ったんだろう?


 真名には既にその答えがおぼろげながら分かっていたのだ。そもそも、この呪いは、誰かに移すことができるという特徴がある。これを利用すれば誰か一人に呪いを集約することで、被害者を一人にまで限定できるのだ。そして、その一人が夢の中で死んでしまえば……呪いも消える(・・・・・・)


 だが、現実にはそうなってはいない。おそらく呪いの大元が残っているのだ。それが呪いの対象がいなくなる度に、誰かに呪いを教えている。おそらくは、ずっと昔から。そして、それだけ長く残っているのであれば、浴びた血の量も相当になるのだろう。


 ……赤鬼。


 真名の頭の中で、全ての線が一本に繋がっていた。


 「赤鬼……箱女です」


 真名が呟くと、寮監もそれに同意するように目を閉じて深々と頭を下げた。


 「大人にはいけないはずの夢の中。箱女がそこにいるということは、彼女が呪いの大元だと思うんです」

 「……だが、残された手がかりはほとんどない」


 そこで寮監は背後の棚から資料を取り出した。どうやら箱女について調べてくれていたようだ。しかし、彼女の表情は明るいものでもない。


 「事情を説明して校長や他の教員にも確認をした。また、連絡が取れる範囲で卒業生や引退した教師などにも聞いてみた。だが、何も分からなかったよ。さすがに箱というだけではな……」

 「あの、正確には箱ではなく、車箪笥というそうです。なんでも、大昔の金庫のようなものだそうで――」


 その瞬間、寮監の顔色が変わり、真名は思わず驚いて何も言えなくなってしまっていた。


 「車箪笥……だって? 箱ではなく?」

 「はい。清水先輩が教えてくれました」


 真名がそういうなり、寮監は思わず天を仰いでいた。まるで、盲点だったと言わんばかりに。車箪笥についた車輪は小さい。だからこそ、真名はそれを箱と認識していたし、おそらく他の生徒もそれを箱と認識していたのだろう。


 「森に近いこの近辺は、昔から指物(さしもの)が名産品なんだ」

 「指物?」

 「木製の家具のことだ。車箪笥も指物の一つだ。そして、車箪笥なら学校に一つだけある(・・)


 真名は思わず立ち上がってまじまじと寮監を見てしまっていた。だが、寮監も興奮しているのか、その不作法を咎めもしない。


 「古い話のことだ。この聖エトワール女子高校は……元々貴族の子女を教育するために設立された」

 「あ、少しだけ知っています。確か明治時代に御雇外国人の受けを狙ってキリスト教の学校にしたんですよね。でも、実際には神社やお寺の方が教員として働いていたと」

 「その通りだ。そして時代はもう少し下る。太平洋戦争の時だ」


 そこで寮監は長い話になると前置きをした上で、真名のクラスの担任にも電話で真名の欠席を連絡してくれた。そして改めてお茶を入れ直す。


 「さすがの私もこれは聞いた話になる。……知っての通り、この森上地区は陸の孤島だが小規模な温泉がある。そこに目をつけた陸軍が、戦前に軍の駐屯地を建設していたんだ。だから太平洋戦争末期、この地区も連合国軍の爆撃の対象となった。駐屯地は街の中心部からは少し距離があったらしいのだが、奴等はお構いなしに街ごと焼き払ってきたそうだよ。そして、そんな街を狙った爆弾の一つが風に流されて、物延山の頂上にあった森上神社の社殿を直撃した。


 爆弾は焼夷弾だったらしく、木造の神社は瞬く間に燃え上がってしまった。神主や巫女達は燃えさかる社から必死になってご神体を持ち出したそうだよ。……火の粉が及ばぬよう、車箪笥に入れて、な」

 「……! まさか……箱女の車箪笥っていうのは……」


 驚きに目を見張った真名に対して、寮監は静かに首を振った。


 「……あいにく、その車箪笥がどこに運び出されたかは分かっていない。また、神主はその時に負った火傷が元で亡くなり、巫女達も散り散りになってしまった」

 「…………」

 「ところで、だ。貴様、我が校の屋上に行ったことはあるか?」


 その瞬間、真名の脳裏を過ぎる光景があった。以前に凛子と二人で耀子と待ち合わせた屋上。そこには、確かに設備の奥に小さな社が見えたはずなのだ……!


 「車箪笥がどこに行ったのかは分からない。だが、車箪笥の中身がご神体であるならば、行き先は神社のはずだ。森上神社はこの地区でのみ信仰されているから、他の地区へ移動させた可能性は低い。そして……貴様が言ったとおり、我が校は表向きキリスト教となっているが、実態は神道も入り交じったものになっている。


 ……現在でも、校舎には時計の他に十字架がデザインされている。だからこそ、当時の関係者は、十字架よりも高い位置に社を作ったのだろう。下からは見えないことをいいことに立派な、それこそ森上神社から正式に分祀を受けた社をだ。ご丁寧に我が校は西洋建築の石造りが部分的に採用されている。石は地震には弱いが、火災には強い。そして、我が校の倉庫にはしまってあるんだ。古い車箪笥がな」

 「では、ご神体を入れた車箪笥は、学校に……」

 「……おそらくな。そして、運び込んだ人間の名前も記録が残っている」


 そこで昼休み終了のチャイムが鳴り響くものの、真名は授業に参加するつもりもなかった。授業を休むのは気が引けたが、今はそれどころではない。


 真名は確かめなくてはならなかった。車箪笥を運び込んだ人間が誰なのか。


 「確認させてください」

 「……いいだろう。しかし、お前本当に見た目とは裏腹に……いや、なんでもない。こっちだ」


 真名は無言のまま寮監について部屋を出た。授業中ということもあって、校舎は静かなざわめきという矛盾した状態にある。そのどことなく疎外感を感じる居心地の悪さに、真名は内心で恐縮しながらも寮監に続いていく。


 校舎を出てから、寮とは反対方向へ。物延山の方角に古びた倉庫はあった。倉庫というよりは、蔵だろうか。白い壁に木の扉、窓には鉄の金具がついている。寮監が何食わぬ顔で蔵の鍵を開ける中、真名は静かに覚悟を決めていた。


 真名は決して忘れてはいない。夢で見たあの車箪笥の禍々しさは、忘れたくとも忘れられないだろう。なにより、あの箱の中には箱女が詰めた犠牲者達の屍が……


 「これだ」

 「……あれ?」


 だが、結果的に真名は肩すかしを食らっていた。件の車箪笥は蔵の扉を開けたすぐ近くに無造作に置かれていたのだ。


 それは、確かに夢で見た箱だった。白い布こそないものの、大きさといい書かれた梵字といい、真名の記憶と合致する。違うのは箱の蓋が開いていること。そしてその中には……


 真名は気がつけば吸い寄せられるように箱を覗き込んでいた。


 ……箱には、何も入っていなかった。ただ、美しい木目が真名の視覚を楽しませてくれるだけ。


 「……もしかして、別物か?」

 「いえ、間違いなくこれです」


 真名の反応に不安を感じた寮監が尋ねるのに対し、真名は慌てて首を振って否定していた。そして、ゆっくりともう一度眺めてみる。それは、悪霊の気配の漂う棺桶などではなく、ただの木箱でしかなかった。しょせん中身の入っていない箱など、ただの空き箱に過ぎないのかもしれない。


 「記録では、これを我が校に持ち込んだ教員は桐村幸子(きりむらさちこ)という。森上神社から派遣された、元巫女の教師だ」

 「…………写真とかはありますか?」

 「ない。だが、嫁入り前の若い女性だよ。そして……火傷を負っていたそうで、空襲の数日後に亡くなったと伝えられている」


 真名の中で、自然と箱女の姿を想起されていた。全身を赤く染めながらも、どこか悲しげな表情のまま生徒を殺さず、箱に入れるその姿。真名には箱女のことが分からない。


 『箱ニイレテシマイマショウ……』


 箱にいれてしまうのか、仕舞(しま)うのか、(しま)うのか。それすらも分からない。


 ただ、箱女は、大切な生徒を箱にいれて守ろうとしていたのだ。その事に真名はひどく胸を痛めていた。


 「正確には……」


 感傷に耽る真名の後ろで、寮監は言った。


 「桐村幸子の正確な名前は分からない。詳しい資料は残っておらず、私も慣習的に”さちこ”と読んでいた。つまり、もしかしたら、彼女の名前は”こうこ”だったのかもしれないし、”ゆきこ”だったのかもしれん。四ノ原紅子に桐村幸子。まったく、奇妙な縁だと言うほかはないな」


 縁。その言葉に真名は引っかかりを覚えていたのだ。だが、のど元まで出かかったそれは要領を得ない。奇妙な焦りを感じながら、何もできないでいた。


 「……そろそろ清水と約束した時間だ。例の弱みの隠された秘密箱の件だが、私が立ち会って焼いてしまおうと思っている。貴様はどうする?」

 「………………行きます」


 そうして、蔵は再び閉ざされた。

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