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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第荷夜 裏ギられた少女
18/30

18.剛田春美

 ギリギリと首を絞められる中、真名は血の気の引いた顔でのしかかる春美を見ていた。春美は制服も肌も真っ赤に染め上げられていて、そこから垂れた血が真名の顔や身体を汚していく。身に纏う制服はボロボロで、まさに怨霊としか言いようがない凄惨な姿に成り果てていたのだ。前夜に襲われたときも、春美は変わらず血に塗れていて……


 そこで、ようやく真名は気づいていた。何があったのか。だが、それを口にする力が真名には残っていない……。


 「くっ……この子を離しなさい! 死人は死人らしく、地獄に落ちればいいのよッ!」


 耀子が必死に真名の喉を塞ぐ手をどけようと力を込めている。だが、悪霊の力にはまったく太刀打ちできていない。真名はそれを単純化された思考で眺めていた。真名を見捨てて逃げない辺り、耀子は悪人ではないのだろう。真名は残された力を振り絞って指先を伸ばした。ズブリと生暖かい肉に突き刺さる。


 「アアアアッッ!!!」

 「な、なんなのよ!?」


 同時に春美が絶叫をあげて飛び退くと、お腹を押さえて苦しんでいる。文字通り死にそうな顔でのたうち回る春美を背に、真名はむせながらもどうにか呼吸を取り戻していた。


 「……っ……大丈夫……です。清水先輩、もう剛田さんは……」

 「どうなっているの!? 説明しなさい、よ……」


 初めこそ真名に食って掛かる耀子だったが、真名の首を見るや瞬く間に勢いがなくなっていく。今まさに殺されかかっていた真名の喉は、鬱血した赤い跡が掌型に刻印されていたのだ。


 「既に亡くなっている悪霊は……死んだときの状態のまま永遠にさまよっているんです……」

 「それがなに………………まさか」


 そこで耀子も事情を察したらしく、真っ青な顔になっていた。


 「剛田さんの血の染まり方は異常です。この“赤み”は10年以上さまよっていた詩織さんに匹敵する。でも、そんなはずはないんです」


 その瞬間、さっと室内の気温が下がったように感じられた。お腹を押さえて蹲る春美ではない。無表情になった耀子が真名を睨み付けたのだ。視線こそ真名を睨み付けたままなものの、両手が周囲を探っている。何か凶器になりそうなものを求めて虚空をふらついたのだ。


 「だとすれば、この赤さは剛田さん自身の血ということになります」


 春美は傷を負っている。それが分かったからこそ、真名は春美の傷口に指を突っ込んで痛めつけたのだ。


 「誰かが夢の中で剛田さんを刺し殺した。恨みの募った滅多刺しです。おそらく包丁でしょう。そして、夢の中で一緒にいたということは、剛田さんが呪いを受けたことを知っている人間なはず」

 「ふうん? それで?」


 いらだたしげな顔のままの耀子は凶器を探すのを諦めたのか、そのまま崩れ落ちている春美の背中を思い切り踏みつけた。同時に春美が悲鳴を上げる。どうやら背中にも傷があるようで、耀子はそこをぐりぐりと、傷口を広げようと抉っていた。


 「……でも、そんなことはどうでもいいんです。剛田さんの自業自得な面もありますし……なにより、犯人は……もう……」

 「………………」


 気がつけば、真名も耀子もやるせない顔をしていた。容疑者が一人では、推理にすらならないのだから。真名は床に落ちていた秘密箱を手に取った。既に仕掛けは壊れてしまい、裏面から無数の写真が覗いている。真名、耀子、由香、そして名も知らない少女達。


 だから真名は……秘密箱をひっくり返した。


 「え?」


 その瞬間、耀子は思わず呆気にとられて春美から足を離してしまう。秘密箱には無数の仕掛けがある。開けたときには何もなかった表面。だが、裏面が開いた状態で開いた表面には……写真が出てきたのだ。


 ……半裸でカメラに向かって恐怖と絶望を浮かべる少女は、春美だった。


 「そう……それが、私の未練」


 同時に春美がゆらりと立ち上がるのを、真名も耀子も阻止できなかった。理性を取り戻した春美は、文字通りの致命傷を負いながらもお腹を右手で庇いながら、壁にもたれるようにして立っていたのだ。


 「……そんな、馬鹿な!? それじゃあ、こいつも……こいつも犠牲者だったっていうの!?」

 「もちろん……違う。今更……偽善者ぶる……つもりはないわ……」


 死者は、永遠に死んだ瞬間にとどまり続ける。つまり、刺し殺された春美は、死の苦痛を永遠に味わい続けるしかない。だから、必死で誰かに呪いを移そうとしていたのだ。


 「これが……神秘倶楽部の実態よ……」

 「…………剛田さん」

 「私だって……分かってた。先輩にパシリの金蔓にされて、金がなくなれば酷い目に遭わされて……だから、こんなのは私の代で終わらせてやるって……そう思ってた……」

 「なら、なんで……私や由香に……」

 「でも……! 分かったのよ!」


 死の苦痛を受けて尚、ギラギラとした春美の眼光に真名も耀子も完全に飲まれていた。


 「どいつもこいつも、約束を守りゃしないッッ!! あんた達なら分かるでしょ!? この呪いはッ! 全員で持ち回りにしないとッ! 持たないのよッ! その為には……倶楽部に固い結束がいる。そう……命を助けられたという……恩が。でもッ! 私は何度も裏切られたッ! 世の中クズばっかり! どいつもこいつも、助かるためならなんでもするって言った癖に、助けた後は急に知らん顔ッ! お陰で私が、なんど死にそうなことになったことかッ!!!! だから、私が生き延びるには、恩ではなく恐怖しかなかった……」


 血を吐きながらの告白に、真名は痛ましい顔をするほかなかった。耀子に至っては筆舌に尽くしがたい表情のまま拳を握りしめることしかできていない。


 「……皮肉よね。でも、思い起こせば、初代神秘倶楽部だって同じ……私は……そんな姿が嫌いで……だけど、結局同じ事しかできず…………同じ目に遭うのも当然だわ……」

 「何を偉そうにッ!! あんただって、結局金が欲しかっただけじゃない! 当然の報いだわッ!」


 春美はどっかりと空いている椅子に座り込んだ。真名が、そして耀子が抉った傷からはいっこうに血が止まらず、苦痛に染まった顔は真っ白だった。しかし、既に死んでいる春美は、これ以上死ぬことはできない。今日も明日も明後日も、未来永劫ここで苦しみ続けるのだ。


 それを、怒り狂った耀子が蹴り倒した。悲鳴を上げて倒れる春美に対し、耀子は一切の容赦がない。真名も止めようとは思わなかった。怒れるのは、生きている人間だけなのだから。自分がどんな顔をしているのかも分からない。だから、せめて初志貫徹しようと思ったのだ。


 「剛田さん、私に呪いを移してください」


 その言葉に耀子がジロリと睨み付けるものの、何も言わなかった。いくら春美を痛めつけたところで、過去は変わらない。変えられるのは未来だけ。


 「真名ぁぁ、アンタ……正気? 私は……アンタだって売っぱらっちまうつもりだったんだよ?」

 「だからです」


 真名は静かに深呼吸をした。


 「由香ちゃんは必死になって私を助けようとしてくれました。だから、私は同じように由香ちゃんを助けてあげたい。剛田さん、由香ちゃんを夢で呪い殺したのはあなたですね? だから、私は由香ちゃんを救うために、あなたも助けます」


 その言葉に耀子も頭が冷えたのか、うってかわってばつが悪そうな表情になっていた。二人で協力し合っていたとはいえ、写真を取り戻すために由香を呪ったのは他でもない、耀子なのだから。


 春美は自虐的な笑みを浮かべながら真名を見て、それから少しだけ、安らいだような表情になった。


 「……いいこと教えてあげる。あの呪いは……一言一句同じじゃなくても発動するのよ……重要なのは……認識させることだから。むしろ……今の呪いは元のものとは原型がとどめないほど変わってしまっている……聞いて、この学校は……夜になると霊がさまよい出す……神様が昔、そう決めたから……」


 その瞬間、真名は戦慄していた。春美の言葉は、たしかに真名が以前使った言葉とは全く違うものだった。だが、そこではない。真名が驚いたのは……


 ぺたり、ぺたり。ぺたり、ぽたり、ぽたりぽたりぺたりぽたぽたポタッ。


 バクンと心臓が跳ねる。


 ――見つかった。不吉な音が恐ろしい勢いで近づいて来ていたのだ。見れば耀子もぎょっとなっていた。考えてみれば、悪霊化した春美は凄まじい絶叫をあげている。凛子が引きつけた赤鬼はともかく、校舎を捜し回っていた由香なら気づいて当然なのだ。


 「霊達は鏡に映らないし、自分の名前も言えない。そして……」

 「と、扉を閉めて下さい!」

 「分かったッ!!?」


 耀子が猫のように俊敏な動作で扉に手をかける。だが、それは僅かに遅かったのだ。


 「痛ッッッッ!!」

 「清水先輩!?」


 扉を閉めようとした耀子だったが、合間を縫って蛇のように白い手が潜り込むなり彼女の腕を切りつけたのだ。思わず右手を庇ってしまった耀子。既に扉を閉められるものはいない。


 「見つけたああああぁぁッッッ!!!!」


 血濡れの包丁を掲げた悪霊が、ゆっくりと室内に入ってきた。痛みに呻きながらゆっくりと後ずさる耀子に、慌ててそれを助ける真名。だが、二人にできた抵抗はそれだけだったのだ。


 「耀子先輩……酷い人、死んじゃえ! 真名ちゃん……酷い人、死んじゃえ! 春美……ああああ!!! お前が一番酷い人ッ!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッ!!!!」


 その瞬間を、真名はまるでスローモ-ションのように見ていた。怒り狂った由香は包丁を振り回しながら春美を睨むと、一目散に突進し包丁を春美の胸に突き立てたのだ。


 真名は思わず目を瞑ってしまった。だが、暗闇の中でも響き渡る人を刺し殺した音は、この先二度と忘れないだろう。それが一度や二度では終わらないのだ。隣で耀子が凄惨な光景に恐怖して息を飲む気配が伝わってくる。肉を切る音と、液体が飛び散る音。肉と液体の嵐の中を、真名は必死の想いで目蓋を開いた。


 「死ね死ね死ねェッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ」

 「ほんと……アンタには叶わないわね――」


 馬乗りになられ、滅多刺しにされている春美は、苦痛にあえぎながらも笑っていたのだ。


 「死ね死ね死ねェッ! 耀子先輩の仇だッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねッよくも真名ちゃんまでッ!!!」

 「――そして、誰かにそれを渡すことができる」


 その瞬間、真名はたしかに呪いが移されたのを肌で感じ取っていた。真名の目の前では、春美はズタズタにされて内臓が寸刻みになって周囲に飛び散っていたが、それでもどこか満足そうに笑っている。


 「死ね死ね死ねェッ! うぅ、どうして死なないの!? 死んでよぉぉぉぉッッ!! 私が殺さないと、耀子先輩がこれ以上の汚名を背負ってしまうのに!! 死ねよ死ね死ね死ね死ねェッ!」

 「安心しなさい。こいつの未練は間違いなく、私を殺すこと、よ」

 「剛田さん!?」


 春美が成仏してしまったら、由香の呪いは永遠に解けなくなってしまうかもしれない。今更になって真名はその考えに行き着いたのだ。徐々に春美の身体が透き通っていく。同時に肉を切り裂く音が、床にぶつかる音に変わっていき……


 「真名、コウコを追いなさい……あいつが……私達の……最初の元凶……」

 「公子さんは――」

 「――違う」


 春美は絶叫していた。少なくとも、真名にはそう見えた。だが、聞こえてくる声は既に蚊の鳴くような微かな物でしかない。


 「――四ノ原紅子(しのはらこうこ)……あいつが……まじないを……」


 カランと包丁が音をたてて床に転がった。もはやそこに春美の姿はない。床や壁に飛び散っていた血痕や肉片もなく、ただ綺麗な身体の由香が蹲って泣いているだけだった。


 「うぅぅぅ!! 耀子先輩……助けて……助けてよぉぉ。私……」

 「由香! 本当にごめんなさい! もう……もう大丈夫だからッ!!」


 春美の読みは当たっていた。由香の未練はたしかに春美だったのだ。泣きじゃくる由香を耀子は優しく抱きしめて宥め、そして謝っている。


 抱きしめながらも、同じように涙を浮かべた耀子が真名を見た。真名は小さく頷いてから少しだけ外の様子を確認し……


 「凛子ちゃんを探してきます」


 返事も聞かずに部屋を出ると、扉を閉めた。






 「……凛子ちゃん、私ね? 頑張ったよ」


 翌朝、開き直った真名は清々しい気分でベッドに腰掛けていた。カーテンの開け放たれた窓からは、暖かな初夏の日差しが差し込んで、眠る凛子の顔を優しく照らしあげている。


 「剛田さんは無事成仏したし、由香ちゃんだって……しばらく外で待ってたら、耀子先輩が来て、終わらせたって」


 時刻は5時を少し過ぎたくらい。学生達はまだ眠っているのか、真名の耳に聞こえるのは、明里と文香のたてるくかーという寝息だけ。……凛子は、寝息一つたてずに死んだように眠っていた。


 「だから、必ず凛子ちゃんを助けてあげる。暗い箱の中から、すぐに出してあげるね?」


 ……凛子は、目覚めなかった。真名がどれだけ身体を揺すっても。


 「だから、ちょっと待ってて」


 これで、夢に囚われているのは赤鬼を除けば、公子と凛子だけ。真名とは因縁のある相手であり……だからこそ、負けられなかった。

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