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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第荷夜 裏ギられた少女
15/30

15.零の残滓

 「話は後よ」


 公子の勇ましい声に、真名は全ての感情を飲み込んでいた。そしてそれは赤鬼の方も同じだったらしい。箒を構えてピタリと動かない公子に対し、赤鬼もまた竹の薙刀を構えたのだ。不思議なほど両者の構えは似ていた。


 「あなたは下がってなさい!」

 「はいっ!」

 「はいぃぃぃ!」


 公子の声に反応したのは真名だけではない。そこで真名は教室内で抱き合って怯えている少女達と目が合った。


 それにつられたのか、赤鬼がゆらりと真名に背を向け、公子と向かい合う。


 「こ、公子さん! どうしてここに――」

 「――あなた、この娘達を守ってあげて」


 公子は赤鬼から一切視線を逸らさずにそれだけ言うと、箒を構えたまま姿勢をグッと低くした。真名の目には、それが獲物に飛びかかる直前の猫に見える。


 「…………アナタモ、箱ニイレテシマイマショウ」

 「……これは、厳しいわね」


 だが、問題は相手が悪すぎるということだった。元々公子と赤鬼では赤鬼の方が背が高い。なにより、赤鬼が持っているのは競技薙刀用竹刀なのに対し、公子が持っているのはただの箒だ。獲物の長さが違う。


 公子は辛うじて笑みを浮かべているものの、厳しさを感じさせる瞳を前に、真名は息を飲む以外に何もできなくなっていた。


 狭い廊下で互いに武器を構えて動かない両者。だが、その均衡はあっさりと破られた。赤鬼が一気に踏み込むや、公子目がけて突きを放ったのだ。あまりにも速く、真名には目で追うことすらできない。


 真名に分かったのは、公子がかろうじて箒で受け流したことだけ。しかし、それによって隙ができてしまい、間髪いれずに放たれた赤鬼の追撃を公子は防げず、その手から箒が転げ落ちた。そして同時に赤鬼が気勢と共に竹刀を公子の胴へと振り下ろす。公子にそれを防ぐ手立てはなかった。


 「……ッッ!」

 「公子さん!」


 真名の目には、竹刀が公子の柔らかい身体にめり込んだように見えた。公子は苦悶の音を漏らすことしかできなかった。公子が庇っていた女生徒が悲鳴を上げる中、赤鬼は容赦なく竹刀を構え……公子の頭へと振り下ろした。


 その瞬間、真名は思わず目を閉じていた。耳に残る鈍い音。絶望的な気分で再び目を開けると、そこでは公子が頭から血を流しながら崩れ落ちていた。真名の喉が勝手に悲鳴を上げる。赤鬼は竹刀の返り血を振って払うと、倒れた公子の腕を無造作に引っ掴み……


 「……道を……開けなさい」

 「良かった! 生きて……!」


 ゴミを引きずるようにしながら、歩き始めたのだ。そしてその正面には真名がいる。だが、真名は震えて動けなかった。そうしている間にも、廊下に血の線を描く赤鬼が悠々近づいてくる。


 「……大丈夫よ。この霊には……習性があるの……竹刀では、絶対に人を殺さない」

 「…………!?」

 「殺さないで……犠牲者を職員室の……箱に詰めるのよ……もっとも、詰めた後までは……分からないけど……ね」


 真名は涙を浮かべながら震えていた。恐怖に負けた足が、悪霊に道を譲る。公子を見捨てた罪悪感と、目の前を素通りしていく凶悪な悪霊への安堵感で心が真っ黒に塗りつぶされていた。


 「……あの娘達を……お願い……もう、犠牲者を……出したくないの……」


 死にかけの公子は無抵抗のまま闇に引きずり込まれていき……流れ出る赤い血だけが廊下に線を残していく。公子は殺さないと言ったが、そうであればあの悪霊が全身を血に染めている説明がつかない。


 顔面蒼白になって立ち尽くしていた真名はそこで我に返ると、慌てて教室へと駆け込んでいた。切れた糸が繋がり始める、暖かい感覚を覚えたのだ。身体が目覚めようとしている。


 「私、1年1組の朽葉真名です!」

 「ひゃい!」


 さいわい、中にいた少女達は怯えながらも、真名の言うことを聞いてくれていた。少ない時間で必要なことを伝えようと、必死で口を動かすしかない。


 「1階の生徒指導室に行って、中から鍵をかけて立てこもってください!」

 「ひぅぅぅ!? で、でも、私達3階の南の教室に――」

 「――それは嘘なんです! いや、う、嘘じゃないけど、とにかく目覚めるまで逃げて」


 真名は元々内気な少女だった。しかも迫る目覚めに焦っていた。怯える少女が驚いたような顔で真名に何か言っている。それが上手く聞き取れない。そして真名が言った言葉も溶けるように消えていってしまう。魂が身体の熱を思い出しかけているのだ。


 「大丈夫……これは、悪い夢だから……」


 その言葉が届いたかも分からないうちに、真名は寮で目を覚ましていた。一瞬だけ呆然となるものの、真名は慌てて立ち上がった。昨夜は公子の部屋に泊めて貰ったのだ。そう、公子。真名は慌ててもう一つのベッドを見る。そこには……誰も眠っていなかった。


 公子のことは心配だったが、それと同じくらい凛子のことも心配だった。ベッドから立ち上がった真名は、昨日から制服を着っぱなしで、それゆえ即座に行動することがでいた。朝のざわめきに包まれた廊下を一直線に駆け下りていく。


 「凛子ちゃん……」

 「真名!? 無事で良かったッ!」


 真名が扉をノックするや、即座に凛子が鍵を開けてくれる。慌てて駆け込んだ自室では、同じく目を覚ましたパジャマ姿の凛子が起き上がるところだったのだ。






 「真名ってさぁ。引っ込み思案なところもあるけど、結構いい度胸してるよねー」

 「そ、そうかな……」


 その日の昼休み、真名が教室で待っていると凛子がサンドイッチを買って戻ってきた。その顔は……どこか呆れたように苦笑いしている。


 「そうだよ。だって、今この時も春美が来てもおかしくないのにさ。寮監に事情を話して、一日お休みしても良かったんだよ?」

 「……でも、昨日の夢の女の子が来るかもしれないし」


 だから、真名は今日も登校してきたのだ。幸いなことに、今のところ春美が現れる気配はない。縁以外にも何か条件があるのだろうか。それに仮に現れたとしても……既に呪われている真名は覚悟を決めている。


 朝礼からこれまで、他のクラスの人が来た試しはなかった。無理もない。もしあのまま無事に朝を迎えられたのであれば……あれはただの悪夢でしかないのだ。まして、真名と違ってあの少女は生きた人間に呪われている。冷静になれば、夢で会った相手に現実で会いに行くというのは、中々に勇気がいる行為だ。


 「すみません! 朽葉さんはいますか!?」


 その言葉に真名はお昼のサンドイッチを零しそうになっていた。どうやら、悪夢の少女達は真名に匹敵する度胸の持ち主だったらしい。思わず振り向いた真名に気づくなり、満面の笑みを浮かべ――


 「――びぇぇぇ! 良かったですぅぅぅぅ!!!」


 猛烈な勢いで泣き始めた。どうやら感情豊かな子らしい。もう一人の子も呆れてしまっている。妙な空気に包まれていく教室に、真名は耐えられなかった。やむなく場所を移すことにしていた。真名には一つだけ心当たりがあったのだ。しかも、理解者までいる。そう、生徒指導室だ。






 真名は生徒指導室で寮監に話を通すと、あっさりと使わせて貰うことができた。しかもお茶まで出して貰った。自己紹介がてらとりあえず口をつけると、とても渋い味で、思わず変な顔になってしまう。そして、田村明里(たむらあかり)と名乗った少女もお茶の飲むや、渋さを感じさせない猛烈な勢いで喋りはじめた。


 「まーちゃん昨日は本当にありがとう。私どうしたらいいかって朝からずっと悩んでたんだよ。でも、同じクラスののサクラちゃん……あ、昨日私やふーちゃんと一緒にあのヤな奴に呪われた子ね? がなんだか本当にヤバそうだからどうにかした方がいいって言ってくれて……それで私いてもたってもいられずにうろうろしてたら、それでふーちゃんが気づいて夢の話をしたら同じ夢を見ていてこれはただ事じゃないと――」

 「――つまり、私達に会いに来たって事よね?」

 「そうなんだよりっちゃん! それでそれで……」


 マシンガンのように続いていく会話に、真名はポカンとしたまま置いてきぼりを食っていた。どうやら明里はかなり、いや相当賑やかなタイプの少女らしい。真名の知る限り最も賑やかな凛子ですら、明里には押されているのだ。反対に、明里の友達の木城文香(きじょうふみか)と名乗った子の方は寡黙なタイプらしく、これまで一言も喋っていない。……単純に明里が喋りすぎていて口を挟む機会がないだけかもしれないが。


 「それで……昨日のカッコイイ先輩は無事だったのかな?」


 明里はたっぷり5分は喋り続けた後、ようやく部屋が静かになっていた。……できれば、にぎやかなままの方が良かった、そう思った。


 「真名……何があったの?」


 真面目な顔つきになった凛子に対し、真名は昨日会ったことを全部話していた。赤鬼を相手に、公子が自分たちを庇って戦ってくれたこと。そして返り討ちにあってしまい、そのまま職員室の箱にいれられてしまったこと。


 「箱女か……」


 短い沈黙の後、最初に口を開いたのは寮監だった。


 「なにか知ってるんですか?」

 「いや、なにも知らない。だから危険だ。お前達の話では、悪霊は人を殺せば殺すほど強くなるのだろう? 私が知らないということは、大昔の人間のはずだ」


 つまり、車椅子の詩織とは比べものにならない数を殺している可能性があるということだった。その危険度は春美や由香とは比べものにならないだろう。


 「……あの、そもそも職員室に箱なんてあるんですか?」

 「む……ないな。少なくとも、私が働き始めてからは。一応調べてみよう。ただ、人を詰められるサイズの箱なんて、あるとは思えないがな」

 「……ということは、”箱”は、あの箱女の持ち物ということなんですね」


 真名の考えに凛子も寮監も頷いた。あの執着の仕方を考えれば、当然と言えるかもしれない。……つまり、未練に関係していると考えて良いだろう。


 「伊藤……公子……か……。そうなると……非常に困ったことになるな。少なくとも”公子”に関しては悪霊化している可能性が高い――」

 「――そんなぁ!? うわぁぁん! 私が呪いなんて移されたせいだ、どうしようまーちゃんりっちゃん!?」

 「あんたは取りあえず落ち着きなさいって。死ぬ前に目覚めた可能性だってあるし、もし悪霊化したって、助ける方法はあるんだから。問題は耀子の方よ」

 「ふむ。そちらの方は把握した。私の方で探りを入れると同時に、放課後になり次第捕まえてみよう。それで呪いの拡散はある程度防げるはずだ。なにしろ、我々大人には呪いが移らないからな」


 心強い大人の言葉に、真名は自然と胸をなで下ろしていた。その隣では悲鳴を上げる明里を文香が宥めている。和やかな光景に。なんだか姉妹みたいだなぁ、とほっこりしてしまった。


 だが、この時、真名は箱のインパクトに負けて忘れてしまう。箱女は生徒ではなく教員(・・)であったことを。そして、この呪いは、大人にはかからないはずのことを。

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