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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第荷夜 裏ギられた少女
13/30

13.悪夢と向き合って

 気がつくと、真名は寮の部屋に一人で立っていた。風呂上がりの制服姿のままで、ポケットにはスマホが入っている。女子寮の、公子に助けて貰った部屋だ。ベッドが二つに傍机には紅茶を飲んだティーカップ。窓の向こうには妙に赤っぽい色の夜空と濃い霧が広がっている。いや、どうやら、霧とは少し違うのかもしれない。


 「……これは、煙……みたいな?」


 霧にしては、妙に白っぽいような気もする。そしてそれ故に、奥が全く見通せない。春美の話では、夢は学校の敷地内しか行けないはずだから、窓の外、道路には出られないはず。仮に出られたとしても、かなりの霧の濃さに道に迷ってしまうだろう。


 真名は耳を澄ましてみた。しんと死んだような空気が広がっているだけで、近くには誰もいないようだった。


 思い切って扉を開けてみる。軋むような音に内心で怯えながら、周囲を伺ってみた。学校と同じように真っ暗であるが、見える範囲で動くものはない。


 「……ふぅ」


 いつのまにか固く握っていた拳を緩め、一息つく。そして前を見た。


 「……詩織さんは成仏した。そして、公子さんの言っていた赤鬼は学校の3階にいるはず。だから、今の寮には危険な悪霊はいないはずなんだ……」


 少なくとも、真名の知る限りは。いるとしたら、由香を呪い殺した春美だろう。だが、耳をすましても聞こえるのは自分の息づかいだけ。


 「……行こう。どうにかして、剛田さんの未練を見つけて正気に戻す。それで、呪いを肩代わりする代わりに、私達の弱みを取り返す。それで次は由香ちゃんを助けてあげて、清水先輩にも呪いを蔓延させるような真似を止めさせる」


 ……そう決意したとき、不思議と気持ちが楽になった。きっと、自分は損な役割を選んだと。だけど後悔はしなくて済みそうだと。それだけは確信している。それに、上手くいけば春美の悪霊に脅かされることもなくなるのだから。


 だが、その表情が凍りついた。ポケットに入れていたスマホに着信があったのだ。もちろんマナーモードだから、大きな音は響かない。しかし、それが鳴ったということは、誰かが真名を探しているわけで……。


 「……凛子ちゃん?」


 スマホを起動した真名は、今度こそ目を丸くして飛び上がりそうになっていた。送り主は確かに凛子だったのだ。内容は短い。


 ”女の子から呪いを移して貰ったの。部屋に来て。一緒に呪いを解こう”


 混乱から立ち直った真名の頭脳がフル回転する。おそらく、寮監が連れてきた女の子は、耀子に呪われてしまったのだろう。そして不安になって、寮監に相談した。筋は通る。


 真名はまずスマホをサイレントモードに変えてから、たっぷり5分ほど部屋の入口の所で耳を澄ませていた。雨音のない夢の世界はシンと静まりかえっている。それに少なくとも見える範囲では、動く者はなかった。


 「……よしっ」


 小さく気合いを入れると、真名はおそるおそる扉を閉めた。古い木造の廊下はひんやりとしていて、どこか肌寒い。しかも校舎と違って窓が少なく、闇が濃かった。電灯をつけることを前提に設計してあるのだろう。


 ぺたり、ぺたりと一歩一歩進んでいく。不気味な雰囲気とは裏腹に、寮には一切の生き物の気配がなかった。靴下越しの廊下の冷たい感触を感じながら、廊下を進んで階段を降りていく。念のため2階で立ち止まってみたが、やはり気配はない。


 そして、あっさりと自分の部屋の前まで辿り着くことができた。


 「………………」


 音もなく立ちはだかる部屋の扉。どことなく不吉な感じの空気に、真名は思わず手を止めていた。1階においても、霊の気配はない。静かなものだった。


 真名と凛子の部屋からも、一切の気配がなかったのだ。光が拡散しないように覆いながら、改めてスマホを見てみた。凛子からのメッセージが追加されている。


 ”今どこ? 私は部屋の所だけど”

 ”真名? 返事してよ”

 ”もしかして怖い? だったら私から行こうか? 今どこにいるの?”

 ”大丈夫だよ。私が怖いものは全部追い払ってあげるから。早く来て”

 ”真名、私だって怖いんだよ。今どこにいるの?”


 その瞬間、ゾワリと背筋に冷たい物が走り、真名は思わず扉の前から飛び退いていた。真名にも理解できない。ただ、その場にいるとまずいというのが本能的に分かったのだ。


 慌てて周囲を伺うも気配はない。廊下は前後とも闇に飲まれて、音一つない。いや、一つだけあったのだ。真名が違和感を感じた原因が。


 ――部屋の中に誰かいる。


 扉に埋め込まれたドアスコープが、ほんの少しだけ暗くなったのだ。まるで、誰かが扉の向こうにべったりと張り付いて、外を覗こうとしていたように。


 …………………………。


 嫌な沈黙だけが過ぎていった。相変わらず室内からは一切音がしない。ただ、アプリにメッセージが追加されている。


 “探しに行くね”


 反射的に真名は扉に手をかけ、引いていた。ギィィと蝶番が音をたてて開き……


 「………………凛子ちゃん?」


 部屋の中には誰もいなかった。不審半分安堵半分でそのまま中に入る。よく見れば、凛子のベッドサイドのスマホスタンドからスマホがなくなっているではないか――


 「――真名ァ」

 「えっ!?」


 同時に、真名は後ろから勢いよく突き飛ばされて転んでいた。そして、その首にしゅるりと死人の手が回される。


 「会いたかったわァ、真名ァ?」

 「ご、剛田さん!?」


 真名にのし掛かって首を絞めてるのは、全身を赤く染め上げた春美だったのだ。驚愕した真名の視線がそれを捉える。春美はスマホを持っていた。他でもない、凛子のスマホを使っていた。真名にメッセージを送っていたのは、春美だったのだ。そう、春美も真名の部屋を知っている。それゆえ、凛子のスマホがあるのも知っている……!


 ギリギリと首が絞められた。


 「あ、ぐっ!?」

 「馬鹿ね、本当に馬鹿な子ねェ。自分がこっちに来るのと同じタイミングで、お友だちが来たと思った? んなわけねーだろおおおぉぉ!?」


 真名は慌てて春美を振り解こうとし、それができないでいた。既にマウントを取られている上に、春美の力は凄まじく、絞められた喉が悲鳴を上げていた。真っ赤に染まった視界に痙攣しかけた腕で必死に引きはがそうとしてもびくともしない。ただ、気味の悪いニタニタ笑いが視界いっぱいに広がるだけ。いや、それも徐々に視界が暗くなっていき……


 「り゛、り゛ん゛こ゛ちゃ゛ん゛……!」

 「死ネ」


 ――助けて。


 その叫びを発することもできない。ぽたりと何かが頬をうった。それは、春美の血だったのだ。春美は傷を負っていて全身が赤く染まっている。それはてっきり悪霊化して由香を殺したからだと思った。だが、そうではないらしい。……それが真名の思考の限界だった。気道が圧迫されたことによって真名の思考が散り散りになっていく。真名が最後に見たのは、歓喜の笑みを浮かべて首を絞めている春美、そして……


 「真名をいじめるなッッ!!!!」


 バットをフルスイングする凛子だった。


 瞬間、スイカを粉砕したような嫌な音が響き渡り、春美がはね飛ばされる。喉が解放されると同時に、真名はえづくように呼吸を再開していた。身体が勝手に蹲って、涙を流しながら呼吸だけを続けていく。


 その間も、何かを叩きつぶすような音は止まらなかった。それどころか、音がする度に何か暖かい液体が真名に降りかかっている。


 「うわぁ……。えっと、これ、大丈夫だよね? 春美は既に死んでるって聞いてるし……あはは。真名……ごめん、ちょっと目を瞑って貰ってていい? これはちょっと真名には見せられないかなぁ、なんて……」


 言われるまでもなく、真名は目を開く気にはなれなかった。僅かに見えたそれは、砕けた骨と血の海に沈む春美の姿だったのだから。


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