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呪われ少女は夢を見る  作者: 中上炎
第荷夜 裏ギられた少女
11/30

11.暗い月曜日

 どれだけ布団の中に隠れていただろうか。朝とも夜とも判別できない世界の中で、真名は一人真っ青になってガタガタと震えていた。耳を塞いだ両手の震えが収まらない。だが、心なしか静かになった気がした。


 意を決して掛け布団から頭だけを出してみれば、窓には誰もいなくなっていた。


 その瞬間、真名は自分でも驚くほどの俊敏さで飛び出すと、一気呵成にカーテンを引いて窓を隠してしまう。


 ……はーっ、はーっ、はーっ。


 周囲に音はない。……真名自身の荒い息づかいを除けば、だが。既に時刻は朝を迎えているようで、カーテンからは淡い光が漏れている。ほとんど眠っていないせいか、頭がズキズキと痛み、白目が真っ赤に充血していた。


 それでも、ひとまず安全だと分かり、真名は大きく息を吐いていた。悪夢は終わった。どんな幽霊だって、昼間には現れない。それゆえ、今真名がいるのは現実であり……学校へ行かなくてはならない。


 そう、学校に行って、またこの部屋に帰ってきて眠る。当然、夜になれば再び春美が現れるはずで……。それを考えると、どうしようもないほどに気が重かった。


 半ば習慣的に制服に着替えようとクローゼットの方を向き……何故か動いているドアノブに目線がいった。


 「……っえ?」


 それが予想外すぎて、思わず間の抜けた声を漏らしていた。幽霊は昼間には出ない。ずっとそう思っていた。にもかかわらず、ドアノブは当然のように回されると、鍵がかかっていたせいでガタンと音をたてる。


 予想外の出来事に、真名は混乱のあまり立ち尽くしていた。


 鍵のかかったドア。その向こうからは何かを漁るような音が聞こえてくる。真名は動けない。次の瞬間、無慈悲にもドアの鍵が開けられる音が響いた。


 ……なんで? どうして? 誰がいるの? まさか、そんなはずは!?


 無数の疑問符が沸き上がる。震えて動かない身体。それとは対照的に扉が勢いよく開かれ――


 「――真名ぁぁっ! ひっさしぶりー!!!」

 「凛子ちゃん!?」


 満面の笑みを浮かべた凛子が力一杯真名を抱きしめていた。暖かくも頼もしいその感触に、真名は少しだけ泣きそうになった。






 「手紙を読み忘れるだなんて、真名はうっかりさんだなぁ」

 「ご、ごめん」


 昼休み、真名は凛子にこれまでの事情を説明しながらテラスでサンドイッチを食べていた。古い校舎の一角にあるテラスは、しかし林立するパステル調のカフェパラソルもあって校内随一のオシャレスポットである。だから凛子は積極的にここを利用し……逆に大人しい真名は避け気味だった。なんというか、空気が合わないのだ。


 「でもま、仕方ないよね。なんにしろ、あんなことがあったばかりじゃ……」


 もそもそと豆サンドイッチを頬張る真名、大して凛子は豪快に牛肉サンドイッチに齧りついては、美味しそうに目を細めている。


 「……ご、ごめんね?」

 「おー、よしよし。わたしゃちっとも気にしてませんよっと」


 凛子はニコニコ笑って三個目のサンドイッチに手を伸ばし……その手が止まった。


 「しっかし、そうなると問題は一つだね」

 「え? 問題?」

 「そ。呪いは真名から由香って子に移って、その後春美に行ったんでしょ? それじゃあ、誰が由香に呪いを移したの?」

 「え、それは剛田さんじゃ……」


 明るい陽光を遮るパラソルの下に、不穏な空気が流れ始めていた。聞き返す真名に対し、凛子は頬に手をあてながら言った。


 「それはおかしいわ。だって、春美が由香を呪ったのなら、その時点で呪いから解放されて成仏したはずでしょ?」

 「あ……」


 つまり、由香を呪ったのは春美ではない。別の誰かが由香を呪い、由香はそのまま夢の中で力尽きた。


 「由香を呪った相手がいるはずよ。そして……そいつはなんらかの目的で呪いを利用している」

 「そんな!? 何のためにそんなことを!?」

 「……春美はさ、真名や他の生徒の弱みを握っていたんでしょ?」


 その先は言われなくとも分かる。真名は思わず真っ青になり、その拍子にサンドイッチの豆が零れてスカートの上を汚してしまう。


 「誰かを呪うのは悪霊だけじゃない。人間もよ」


 凛子の言葉に真名は何も言えなくなってしまう。正にその通りだった。確かに寮監は春美の部屋から生徒の弱みを回収したと言っていたが、あの狡猾な春美のことだ。それが全てだとは限らない。この学校の何処かに、バックアップがあるかもしれないのだ。


 そして、それを握られれば真名は……。


 「そんな顔しないでよ、真名。犯人は分かってる。多分弱みの存在を知ってる……神秘倶楽部の奴だよ。私に任せて。必ず見つけ出して、とっちめてやるんだから」


 暗い顔になった真名を励ますように凛子は言った。そして、実際彼女の行動は速かったのだ。




 真名が凛子から連絡を貰ったのは、その日の放課後のことだった。真名があれこれ悩んでいる内に、凛子は自分の知り合いに片っ端からメールを送り、神秘倶楽部とやらを調べ始めたらしい。この学校は閉鎖的であるが故に狭い。


 そして、凛子は放課後が来ると同時に真名の手を引っ張ると、相手を呼び出した屋上へと向かったのだ。


 「……いないね」

 「大丈夫、待ってれば来るよ」


 屋上と言ってもそれほどの物でもない。四方を森や丘に囲まれているので開放感はなく、また給水タンクや空調機器類に、そこから伸びる配管が大量に設置されているので広くもない。周囲を金網に囲まれたそこは、嫌でもここが閉ざされた所なのだと実感させられる。


 凛子が扉の近くの壁に寄りかかって入口を睨んでいるのに対し、真名は周囲を回ってみた。屋上だからか、近くの山から吹き下ろす風が冷たい。翻りそうなスカートを抑えながらぐるりと一周する。


 「……あれ?」


 そこでふと気づいた。西側の金網の一カ所が縁取られていて、扉のように南京錠がぶら下がっている。それ自体は別に驚くほどのことではない。金網の向こうには後付けされたらしい空調の室外機やソーラーパネルが立ち並んでいるだけだ。真名が疑問に思ったのは、その向こう。室外機とパネルの向こうに、古びた小さな社が佇んでいるのを見つけたのだ。


 小さいながらも鳥居までついている。戦前の洋風建築である学校の屋上に、和風な鳥居。そこに違和感を覚えたのだ。


 「真名、来たわよ」

 「あ、うん。今、行くね」


 だが、それだけだった。真名を呼ぶ声に意識が向いてしまう。振り向けば、確かに屋上に新たな人影があったのだ。どうやら上級生らしく、学校の目指す古風なお嬢様を体現するようにセーラー服をきっちり着こなし、顔に化粧もない。素朴な感じの顔立ちは、笑えばそれなりに美人になるのだろう。ただ、今の表情はそれとは似ても似つかない、立ち振る舞いとは真逆の、やさぐれた顔をしている。


 「私は川井凛子、単刀直入に聞きますけど、由香って子を呪ったのは先輩ですか?」


 それに応じるように凛子が腕を組んで仁王立ちしながら応じる。周囲に漂うピリピリした空気に、真名は思わず凛子の陰に隠れそうになってしまっていた。


 「……だったらなに?」


 相手は平然と答えた。真名の隣で凛子の表情が険しくなっていく。


 「…………誤解しないで欲しいんだけど、私と由香は合意の上で呪いをやりとりしたの。全てはあの屑の写真を取り返すためよ」

 「……やっぱり、予備があったんですね」

 「それは間違いないわ。私を脅してきたときに、その場で叩き壊してやったもの。だけどあの女、平然とニヤついていたから、間違いないわ。お陰で……まぁ、過ぎたことだけど」


 怒っているような、それでいてどこか投げやりな態度に壁を感じてしまい、真名は何も言えなかった。聞かなくては、それが分かっているのに気後れしてしまう。


 「……2年の清水耀子(しみずようこ)よ。そっちの子、言いたいことがあるなら、言ったら?」

 「す、すみません。1年の朽葉真名(くちばまな)です。あの、……先輩は今呪われているんですか?」

 「……私の呪いは――」


 耀子はそこで押し黙った。おそらく耀子の呪いは、由香が持っていたのだろう。そして由香が亡くなり悪夢に囚われてしまった以上、耀子もまた自由の身だ。そこで真名は言った。


 「……あの、手を組みませんか?」

 「真名?」


 その瞬間、凛子の表情がきつくなる。だが、それより真名の方が少しだけ速かった。


 「この広い学校の何処かに隠された写真を見つけ出すなんて、無理です。私達の写真を取り返すには、直接聞くしかないと思うんです。……そう、夢の中で剛田さんに。でも、その為には、誰かに呪いをかけて貰う必要がある。そうですよね?」


 もちろん、何も知らない第三者を利用するわけにもいかない。自分の弱みなんて知られたくないのだから、関係者は少ない方がいい。真名はそう思ったのだ。凛子もすぐにそれを理解したのか、渋い表情のまま。そして耀子は……


 「お断りよ」

 「え?」


 敵意と共に強い拒絶を真名へとぶつけていた。真名の表情に怯えが宿る。


 「私だって、馬鹿じゃないの。剛田にはめられたときに誓ったわ。二度と自分に都合の良いことを言ってくる奴のことは信用しないって」

 「いや、でも――」

 「――真名って言ったわね? あなたが裏切らないって保証がどこにあるの? あんただけじゃない、そっちのお友だちもよ! 手を組む? 自分の命運を他人に委ねるだなんて冗談じゃないわ! それくらいなら、何も知らない馬鹿な奴を騙して呪って、脅した方がマシよ!」


 物凄い剣幕で詰め寄る耀子に対し、思わず凛子が割って入っていた。その凛子の視線も冷たい。真名が説得しようと口を開きかけ……しかし、凛子が真名を強引に背中に隠していた。


 「……先輩、自分がその春美と同じになってるって自覚あります?」

 「黙れ小娘ッ! あんた達に、私や由香の気持ちは分からないでしょうね……!」


 睨む凛子。怒る耀子。真名は二人の醸し出す険悪な空気に、ただオロオロとするしかなかった。


 「だいたい最初からおかしいと思っていたわ。あんた達、生徒の弱みを握って春美の後継者になるつもりでしょう? 呆れた。神秘倶楽部の業ね!」

 「ふざけないで下さい。私達はそんなことしません」

 「なら、なんで弱みを追いかけているの? 欲しいからでしょうッ!」

 「違います! 私は……純粋に真名のことを思って――」

 「――それじゃあ、どうして私のことは信じないの?」


 疑問を覚えた真名は、思わず耀子の方を見ていた。その時視界に映った凛子の顔は、失敗したといわんばかりの物で……


 「あんた達、自分らを信用して手を組めって言う割に、私のことは信用して任せてくれないじゃない!」

 「いや……それは……」


 強い剣幕に凛子は呻いてしまっていた。そして、それは耀子に対して更なる勢いを与えてしまったようだ。


 「やっぱり! この世の中、信じられるのは自分だけね! いいわ、同じ被害者同士、あなたの弱みを見つけても悪用しないと誓ってあげる。でも、絶対に破棄もしない! そして、ちょっとても私の邪魔をしてみなさい! 必ず報復して地獄に落としてやるわ……!」


 耀子の心の底から噴出した計り知れぬ黒い感情に、真名は完全に圧倒されてしまっていた。遅ればせながら、真名はこの先輩が自分よりも前に呪われていたこと、そして助けを春美に求め……その対価に相応の物を支払っていることを悟っていた。真名はギリギリの所で助かっていたのだ。


 もし、真名もまた春美の毒牙にかかっていたならば、きっと耀子は親身になって真名のことを守ってくれただろう。しかし、真名はギリギリで逃れている。耀子の瞳に宿る黒い感情、それは綺麗な真名への嫉妬だった。


 踵を返して校舎に戻る耀子に対し、真名達は何も言えなかった。頭の上のまだ青い空を無数のカラスが飛び越えていく。再びの夜が少しずつ近づいて来ていた。

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