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第九十五話 鎖骨下動脈盗流症候群3

「牙の依頼が一個で助かったな」

「いや、途中で気づいていたんだがな。他に落ちてる首がなかったんだ」


 ユグドラシル冒険者ギルドの中で物騒な話をしているのはジャックとシグルドだった。

 シグルドがなんとか回収してきたアッシュファングの首は、ゴアが斬り落としたものである。土と泥でぐちゃぐちゃだったそれを洗浄して使える部分をはぎ取りした査定の結果が出たのだ。思ったよりも金にならなかった。


 依頼の途中、一度ラチェットが致命傷に近い傷を受けた。左肩から胸にかけて噛みつかれた時はまずいと思ったが無理に引き離そうとせずにラチェットは首に短剣を刺した。力が抜けて引き下がったアッシュファングの首をゴアが切り落としているうちにシグルドはラチェットへ回復ヒールをかけたためにそれほどに血は出なかった。


(あれは大きな血管を傷つけていたな)


 アッシュファングの灰色の牙は随分と細長い。そのために牙が欠けている個体もそれなりにいた。かなり深くまで噛みつかれていたために、出血具合からして回復ヒールが効かなければ死んでいた。タイミングが良かったのだろう。それにかなり多めに魔力を込めた。その判断は間違っていなかった。

 他のアッシュファングは基本的にニナが魔法で止めを刺していたために、死体はあまり近くになかった。首が飛んでいるものは一つだったし、剥ぎ取りなんて時間があるわけが無かった。

 ランクの低いものたちを引率している身としては当然、最低限の依頼成功はさせてやりたい。他のメンバーにはまったく余裕がない中でシグルドは仕事を果たしたのだ。


「左の牙はひびが入っている」

「右は無事だ」


 査定額が下がってしまうなとシグルドはため息をついた。自分がついて行っていたからこそあいつらを生還させたという自負はあるものの、これでは赤字が過ぎる。


「ふはは、めずらしい。お前がそんなに後輩の事を想っているなんて」

「馬鹿野郎、俺だってここの職員だ」

「なるほどな。では、次にあいつらが来たときにはお袋が考案したBランク養成コースでも見繕ってやることにするか」

「アマンダさん発案か……すげえスパルタなんだろうな……」

「たいしたことない。というかめんどくさいけど危険は少ない」

「げっ」


 シグルドはジャックが抱えている羊皮紙の内容をのぞき込んで声を上げた。これは詰め込み過ぎだろうと思うと同時にたしかに命の危険は少ないものが多い。命の危険は。


「こんだけこなしたら、そりゃBランクになるわな」

「だろ? それに終わった頃にはBランクにふさわしい装備を買ってるって寸法さ」


 それは身体と心は保たれていればの話だとシグルドは言おうとしてやめた。




 ***




「くそう、まただ……」


 Cランクの依頼であればそこまで危険ではない。魔物に見つからないようにしていれば、ゴア一人だけでも殲滅が可能なはずだった。それにこれは副ギルドマスターが自分たちの実力でも十分にできると判断したもののはずだ。だとしても油断していいわけではない。

 斥候としてラチェットは魔物よりも先に場所を特定し、奇襲をかける準備をしなければならない。


 木の上に登る。そして合図を出す。合図と言っても、魔物たちに気取られてはいけない。炎や音などを使うわけにも行かないために手信号を多用していた。木にしがみついた状態で左手を数回振る。振る事でゴアやニナにも視認できるようにした。音を立てていないために、上を見ていなければラチェットの存在には気づかないだろう。魔物たちがこちらに気付いた様子はなかった。


 だが、またしてもあのふらつきがある。必死で木の幹にしがみつくが力がはいらない。


「やばい……」


 意識が完全に戻ったのは木から手が離れて落下している最中だった。

 なんとか途中の枝を掴む。バキバキと折れる枝を何本か捨てては掴み、ようやく地面に着地しても怪我を負わない程度に衝撃を吸収できた。しかし、その音というのはそれまで隠密行動をしてきた全てを無に帰すものだった。

 着地と同時にゴアとニナが近寄ってくる。魔物たちがこちらに気付いたのは明白だった。


「何やってんだ!」

「すまん」

「それよりも、逃亡」


 他の冒険者を募る暇もなかったから三人である。三人でも十分にやり遂げることのできる依頼のはずだった。だが、さすがに正面突破はきつい。一旦撤退するべきというのが満場一致で決まると、あっと言う間のその場から離れることにした。依頼の期日は一日ほど余裕がある。明日に再度挑戦する。次は失敗しないとラチェットは決意するしかなかった。



「なあ、なんかおかしくねえか? あのアッシュファングに噛まれてからだろ?」

「でもよ、シグルドさんがきちんと回復ヒールしてくれたんだぜ」

「明らかにおかしい」


 野営地での反省会ではそんな話題も出た。本当ならばそろそろユグドラシルの町への帰路についているはずなのである。自分のせいで任務が失敗なんてことになるのはラチェットとしてはなんとしても避けたい思いで一杯で、他の二人もそんなラチェットの気持ちを汲んでいた。


「なんか、ふらつく条件とかあるんじゃねえのか?」

「いや、分かんねえよ。じっとしていてなるわけじゃねえけどよ」

「前はシグルドさんの真似、次は酒場で踊ってた時、今回は木に登って合図した時」

「おお、ニナ。全部覚えてるのか?」

「他にも武器屋で買いもしないのに二刀流を試してた時とか」


 ニナに指摘されて、ラチェットは自分でもふらつく時の事を思い出す。特に二刀流を試していた時には完全に意識がなくなったはずだった。明らかにおかしいが、共通点が分からない。


「普段戦っている時には何もないんだぜ? 動いているのが原因ってわけじゃなさそうだが」

「何か気づかないのかよ? お前の体のことだぞ?」


 ゴアにそう言われても分からないものは分からなかった。


「まさか、呪いじゃねえよな?」

「呪いなわけあるか。何もしなかったら何もないんだ」


 ラチェットはそう言いつつも不安で一杯になった。明日はあまり無理をしないようにしようと思ったにもかかわらず、ラチェットはまた戦闘中に意識を失った。

 

 

 

 ***



「右腕に傷を負ったようだね」

「まあ、そうなんですが、それは最後の時で……それまでに木の登っていた時とかにもふらつくんですよ」

「そうか……普段はどうという事もないと……」


 ラチェットが診療所に来たのは日暮れが近い頃だった。ゴアとニナという他の二人のメンバーは冒険者ギルドに行って依頼達成の報告をしているのだという。できれば一人で話を聞きたかったとラチェットは神妙な顔をして言った。


「そうか。他にふらついたって時は? 完全に意識がなくなったことも?」

「ええ、酒場で踊っていたり、武器屋で二刀流を試していたりした時ですね」

「左手使ってたでしょ」

「え? ……そういえば」


 僕はすでに心眼を発動させてラチェットを覗きこんでいた。そしてつぶやく。



「これは、……なんだか僕が試されているような気がしてきたなぁ」

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