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第九十四話 鎖骨下動脈盗流症候群2

 やはり少し背伸びをし過ぎた依頼だったようだとシグルドは思う。

 内容はアッシュファングという名前の狼型の魔物の牙の納品である。一匹狩ればよいためにこのパーティーも受ける気になったようだが、アッシュファングはそこまで甘い相手ではない。


「まあ、狼の魔物が単独で行動なんてしているわけないよな」

「シグルドさん! そんなこと言ってないで、逃げますよ!」

「馬鹿野郎、群れで動いている狼から逃げられるわけねえだろうが。こっち来い」


 陣形を組ませつつ、崖がある部分を目指して移動する。陣形が崩れないように注意を促すのも忘れない。


「ほら、魔法使い君を中心にしてさ。よし、戦士君が先頭に立って、両サイドを斥候君と僕で固めようか」

「え? シグルドさんが前に出ることになりますよ!?」

「大丈夫大丈夫、その代わり帰る前にちょっとだけお酒飲んでもいいかな? ジャックには黙っといてね」


 手頃な崖を背に陣形を組みなおした。若干、戦士が斥候の方をカバーできるようにずれてもらう。アッシュファングはBランクの魔物であったが、一体だけであればシグルドに対処できないわけではない。この手の魔物の脅威というのは群れることだった。


「さて、戦いながら少しあっちの方へと移動しようか」

「なんでそんなに落ち着いていられるんですか!? 三十頭はいますよ!?」

「三十頭が全部一気に襲ってくるわけじゃないんだよ。三頭を十回ってところだな。夜までに終わらせよう」


 そう言うとシグルドは襲い掛かってきたアッシュファングの首に短剣を突き入れた。


「さあ、戦える治癒師の有用性ってのを見せてやろう!」




 ***




「それでボロボロになって帰ってきたわけだな」

「ああ、帰ってきたんだよ。誰一人欠けることなくな」

「依頼の牙は?」

「ああ、一個だけ回収した。あとは無理だった」


 ユグドラシル冒険者ギルドにまで命からがら逃げてきた一行は疲労を隠すこともできなかった。なんとかシグルドが脱出の際に戦士に切り落とされたアッシュファングの首を取ってきたために依頼としては成功だが、それまでに討伐した十数頭分の素材はその場にほっぽり出している。

 群れの半数がやられたアッシュファングたちの勢いがなくなった時点で逃げることを選択したのだ。被害が多すぎたためにアッシュファングたちも本気では追ってこなかったのが功を奏した。


「もう、魔力がねえよ」

「先生のところに行って回復ヒールをかけてもらえ」


 ジャックは、何度も噛みつかれる度に回復ヒールをかけ魔力の切れたシグルドの代わりにシュージの診療所で回復ヒールをかけてもらえるように木札を冒険者たちに渡した。この札があればギルドの紹介という事で安く回復ヒールをかけてもらえる。身体が資本の冒険者たちにとって、明日も依頼を受けることができるように傷を治しておくというのは基本的なことだった。


「ありがとうございます、副ギルドマスター」

「まあ、ちょっと早かったな」

「シグルドさんがついてきてくれて、本当に助かりました」


 実際に他の治癒師であれば死んでいただろう。前衛ができる治癒師なんてそうそういないのである。パーティーの中で二人しか前線に立てず、しかもそのうち一人が斥候となればあの状況では確実に魔法使いが襲われ、そして遠距離攻撃ができなければじわじわと回りを囲まれながら体力が落ちていくのを待たれていたに違いない。


「治癒師と、もう一人戦士を募集しようぜ……」

「ええ、そうね」

「それよりも、やっぱり依頼のランクを下げよう。まだBランクの上の方は無理だ」


 反省会が行われつつも、冒険者たちはギルドの建物を出て診療所へと向かうのであった。その装備はボロボロになり、今回の依頼の報酬を考えたところで赤字に違いない。


「まあ、ああやって学んでいくんだろう。命があっただけでも幸運だ」

「おい、特別手当に酒をよこせ」

「おいこらてめえこのシグルド野郎、酒はだめだと何度言ったら分かるんだ」

「くそ、帰りにこっそり飲む余裕もなかったぜ」


 悪態をつきながらもシグルドはあの冒険者パーティーたちを無事に連れて帰れたことに少し満足していた。




 ***




「シグルドさん、すごかったんですよ」


 僕はギルドの木札を持ってやってきた冒険者パーティーの話を聞いていた。すでに回復ヒールはかけ終わったというのに診療所を出ていこうともせずに、今日の依頼でシグルドに助けられたという話を興奮気味にしている。


「いや、本当に無事でよかったね」

「シグルドさんのおかげです。それに僕らにシグルドさんをつけてくれた副ギルドマスターにも感謝しかないですよ」


 リーダーである戦士はそう言った。その装備はすでにボロボロになっているが買いなおす金もないのだと言う。明日からランクを下げた依頼をこなして新しい装備品を買うのが目標になったと斥候業の男と話していた。魔法使いの女の子は随分と疲れたようで、待合の長椅子で寝てしまっている。


「さあ、回復ヒールは終わりだよ」

「あ、すいません長居しちゃって」

「いや、構わないさ。それよりももうこれに懲りて身の程に合わない依頼には手を出さない事だね」

「はいっ、分かってます」


 彼らは魔法使いの女の子を起こすと診療所を出ていった。


 実際のところ、回復ヒールはそこまで必要じゃなさそうだった。そのほとんどはシグルドが治してしまっていたんだろう。斥候の男の左肩の装備には大きく噛まれた跡が残っていたが、傷は完全に治っていた。擦り傷と打撲を少々治して、僕の仕事は終わりである。




「それにしてもシグルドさん、すげえな」


 診療所を出たところで斥候の男がシグルドの真似と思われる動きを始めた。


「治癒師なのに、こうやってアッシュファングの噛みつきをかわしてな」

「うん、私はずっと見てた」

「俺は反対側だったからあんまり見てられなかったんだけどさ、ちょっとだけ見えたよ」

「そう、すごかった。もしかしたら斥候職のラチェットよりも動ける」

「そ、それがシグルドさんのすごい所だろう」


 斥候と魔法使いの会話に戦士の男が笑う。斥候がラチェット、魔法使いがニナ、戦士がゴア。彼らは三人ともにユグドラシルの町で育った幼馴染であった。

 今までは三人の固定パーティーで助っ人を足しながら依頼をこなしてきた。だが、今回に至っては三人以外にも誰かを入れた方がいいというのを痛感した依頼であった。一人も死なずに帰れたというのはシグルドのおかげであると三人ともに分かっている。この中の誰かが死んでしまうなんていうのは耐えられない。 


「こうかわして、左手にもった短剣で何度も首の所をさ……」


 ラチェットはまだシグルドのことを語っている。その動きは斥候職であるラチェットにとっても勉強になるものであり、実際にシグルドが斥候職のラチェットよりも動けるというのはラチェット自身がきづいていた。


 しかし、次の瞬間にラチェットがふらついた。


「あ、あれ?」


 急に膝をついてしまう。目のところを押さえ始めた。


「お、おい、ラチェット。どうした?」

「な、なんか急に目の前が真っ暗に……」



 少し休むとラチェットは普通に起き上がることができた。だが、その症状はそれから度々起こることになったのである。

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