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第八十話 Leriche症候群4

 囲まれたという事を気づいたヴェールの表情が曇る。それは怒りというよりも戸惑いと悲しみと表現した方がいいかもしれない。


「君がどんな存在で、何を目的としているのかというのを聞きたい」

「気づいていたの?」

「あいにく、僕は医者という職業でね」


 ヴェールの体中に魔力が巡った。いままでは押さえていたのだろうか、その量はレナよりも多いかもしれなかった。

 僕は常に心眼を発動し続け、彼女の体の中にある魔道具から魔力が出続けているのを確認する。


「そうね、私が人間ではないという事を知っていたならばこういう反応をするのが当たり前だわ」

「ユグドラシルの町で何をしていたんだい?」

「それはあなたたちを観察していたのよ」

「僕たちを?」


 ヴェールはそれ以上は話すつもりはないとでも言うかのように僕には返事をしなかった。


「観察してどうするつもりだったんだ? その先の目的はなんだ?」


 アレンが長剣を抜いた。いつでも飛びかかれるような距離にいる。魔法使いのヴェールはアレンの剣をよけられないだろう。それでもヴェールは余裕の笑みを絶やすことはなかった。


「さあ、なんでしょうね」

「教えるつもりはないという事か。お前は我々の敵ということだな」

「敵……そうね、そうかもね」


 ヴェールが笑う。だけど、その笑いというのは少しも楽しそうではなかった。


「ノイマン、ジャック。まずは拘束を試みる。だが、もしも危険と判断したならば躊躇なく殺せ」

「物騒なことを言うのね。一緒に戦った仲だというのに」

「だったらお前が我々の味方であるという証拠を出せ」


 風が強く吹く。レナとジャックは魔法の準備に入り、ノイマンとアレンはすでに武器を抜いていた。シルクも槍斧ハルバードを構えている。対してヴェールは何も動こうとしない。いや、少量ではあるが魔力が流れているのが心眼で分かった。


「残念ね、本当に楽しかったのよ」

「目的はなんだ?」


 ヴェールは答えない。代わりに、草原に巨大な影が差した。


「まさか!?」

「ガルーダかっ!?」


 巨大な鳥の魔物が僕たちめがけて滑空してくる。とっさにレナとジャックは電撃サンダーボルトを準備したが、それを唱える前にガルーダは足にヴェールを引っかけて上空へと飛び去ってしまった。


「さよなら」


 最後に、ヴェールがそう言った気がした。




 ***




「結局、追いかけるわけにもいかなかったがヴェールの正体というのは分からなかったな」

「ジャック、ギルドへの連絡をお願いできるかい? アレンはランスター様へ伝えてくれ」

「ああ、分かった」


 逃げられた。少なくともヴェールはガルーダを使役してユグドラシルの町を襲ったのだろう。そこで死人はでなかったが、あれは町に溶け込むための行動だったに違いない。


「ガルーダなんていう大型の魔物を使役することができるなんて、聞いたことがないぞ」

「そもそも彼女が何なのかが分かっていないんだ。だけど、ヴェールはガルーダを呼んでいたんじゃないかな? 少量の魔力が漏れ出したのが心眼で分かったから」

「ねえ、シュージ」

「なんだ、レナ?」


「もしかするとあのアンデッドたちを操っていた男も同じなんじゃないの?」


 そうかもしれない。その場にいた誰もがレナの仮説を否定できずにいた。あれだけの魔力を持ち、あれだけのアンデッドをユグドラシルの町にけしかけた白い男は、もしかしたらヴェールと一緒の魔法人形なのかもしれなかった。

 レナを上回る魔力を持ち魔物を操るという共通点からしてほぼ間違いないだろうと思う。


「これは、思ったよりも重要な案件だったようだな。私はすぐにでも父へ連絡しに行くとしよう」

「ああ、お願いするよ。僕らはほかにもやらなければならない事があってね」


 アレンたちは町へと帰って行った。


「さて、ガルーダが帰ってくる様子もないし、僕らは当初の予定どおりにゴブリンを探すとしよう」

「ねえ、本当にやるの?」

「仕方ないよ。人工血管が使えるかどうかを確かめないとマスターの治療が行えないからね」

「いや、そうじゃなくてね。ヴェールがまたガルーダを使って襲ってきたりするかもしれないから対策をたてる必要があるんじゃないかと思って……」


 人工血管の実験どころではないというのはもっともだったけど、ヴェールに対する対策をたてようにもできることなんてほとんどないのだ。だから、僕は人工血管の実験をするんだとレナには言ったけど、実のところはヴェールは僕らを襲ってきたりはしないのではないかと思っていた。


 ガルーダの襲撃の時に感じた違和感、それは誰も死んでいないということだった。あれだけの魔物が襲ってきて、死人が誰もいないというのはおかしなことだったのである。

 もし、本気でユグドラシルの町を襲おうと思っていたならばアンデッドの大群が襲ってきた時のように容赦のない攻撃となるだろう。いくらあの時のヴェールの目的が潜入だったとしても、誰も死なないようにするという意味がない。


 ヴェールは誰かが死ぬのを見たくなかった。僕は、そう思ったのだ。だから、対策なんていらない。でも、それをレナに言うとなんか機嫌が悪くなりそうだったから言わないでおくことにした。




 ***




 昏睡コーマをかけられたゴブリンの右の足の付け根を切り開いた。ここには人間であれば総大腿動脈があり、皮膚の上からでも拍動を触れる部分である。

 出てくる血を電気メスで焼いて止血すると、血管の周囲の組織を剥離した。


「やっぱり、人間とそこまで変わらないね」

「なんだか色が違うところがあって気持ち悪いわね」

「まあ、仕方ないよ」


 血管遮断鉗子けっかんしゃだんかんしという血管を傷つけずにつぶして血を止めるクリップのようなものを用いる。これがなければ血管の手術はできない。そのクリップの力加減というのが重要で、強すぎれば血管を傷つけてしまうし弱ければ血が遮断できないのだ。

 クリップの強さはちょうどよかった。両側をこのクリップで遮断して、途中の血管を切ってみるがきちんと血流は遮断されており、血が出てくることはなかった。


「よし、縫ってみるよ」


 極細の針糸を使って総大腿動脈と人工血管を吻合ふんごうする。消化管のように一本一本縫合するのではなく、連続吻合といって一本の針糸でぐるっと縫っていくのだ。最後にクリップの遮断加減を調節して血液を流し込み、中の空気を抜いてから糸を結んで吻合は終わる。数センチメートルだけ取り除いた血管は、人工血管に置換ちかんされた。


「遮断解除……、よし、血は流れているね」

「ちょっとにじみ出るくらいの出血があるわよ」

「うん、大丈夫。回復ヒール!」


 回復ヒールをかけると、人工血管のまわりの組織が治り始め、じわじわと少しの出血をしていた部分からも完全に出血がなくなる。これは人工血管に組織が癒着していく治癒機構にも回復ヒールが効くことを証明できたわけで、つまりは魔法が効く。

 アマンダ婆さんの手術の時みたいに、自分の血管ではなくても魔法が効くならば、これほど手術に有利にはたらくことはない。僕は手応えを感じた。


「レナ、うまくいきそうだよ」

「良かったわ」


 あとはゴブリンを焼いてしまって実験をしていたという証拠をなくした。変な噂を立てられても良くない。


 さて、次は酒場のマスターの診察と、大きさを調整した人工血管の作成をサントネ親方に依頼しなければならない。


 僕はいつのまにかヴェールの問題を忘れてしまっていた。

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