第七十七話 Leriche症候群1
「ほあー、こんなものが」
リントの手にはユンから摘出された胆嚢から取り出した胆石があった。手術は無事成功し、抗生剤の入った世界樹の雫を投与した今、ユンの体調は急速に回復している。リントとノモウも来ており、病室であるというのにうるさくやっていた。
「こんなん体の中に作る人なんて、信じられんわー」
「作りたくて作ってたわけじゃねえよ」
やや黒色に近い茶色といったところだろうか。胆石にも色々とあり、ビリルビンが主体となるものやコレステロールが析出するものなどで色が違う。ユンの場合はビリルビンが主体となった胆石だった。
「記念にネックレスでも作ってやろか?」
「ふざけんなよ、俺はこのせいで死にそうになったんだぜ」
「だからこそ!」
ペンダントトップにしても脆いからすぐに壊れるだろうなと思いつつ、僕は二人の会話に加わる元気もなかった。隣でノモウが仏頂面して座っている。このパーティーはいつもこんな感じなのだろう。
「それじゃ、退院だ。おめでとう」
「ありがとうございました。本当に」
回復があるから入院の期間はものすごい短い。手術の翌日にご飯を食べても問題ないことを確認してしまえば、もうやることもないのである。
「脂肪分の多いものを食べ過ぎると、下痢をするかもしれない。注意するところはそのくらいかな。お腹が痛くなったらまたおいで」
「はいっ」
ユンはリントとノモウと一緒に出て行った。すぐにでも冒険者ギルドへと向かうようである。世界樹の第十二階層でなんとか依頼はこなしたけど、他の採取などはほとんどできなかったから治療費と経費を考えると赤字だったそうだ。すぐにでも上がって稼がなければというリントの声が昨日からうるさかった。
***
「さすがはサントネ親方」
「素材が良かったんだ。生成魔法自体が高度なわけじゃねえ」
サントネの工房にユグドラシルスパイダーの糸を持って行くと、翌日には僕の欲しかったものができていた。あとはこれが本当に使えるかどうかを試す必要がある。
「しかし、なんて発想だよ」
「回復魔法では治らないので、仕方ないですよ」
僕はできあがったものを握りしめると、さらに医療のレベルが上がったことを実感する。本当の本当にやりたい医療は、もっと魔法のレベルを上げる必要があったが、それでもこの進歩はかなりのものだった。
「材料さえあれば、思いどおりの大きさにできるぜ」
「今回手に入れた材料でいくつくらいできそうですか?」
「あと十個ってところかな、サイズにもよるが」
ならば十分である。僕はそれを握りしめて診療所へと帰ることにした。
「というわけで、ゴブリン狩りだよ」
「本当にゴブリンでやるわけ?」
「仕方ないよ、人間でやるわけにはいかないんだから」
レナがものすごく嫌そうな顔をしている。それはそうだろうけど、これが本当に使えるかどうかを検証するために動物(?)実験は必要だった。
「それで、それができあがったジンコウケッカンなのね?」
「そうだよ、人工血管だ」
サントネ親方に無理を言って作ってもらったのは人工血管である。地球の人工血管はポリエステルなどの人工的につくられた線維の素材でできている。様々な種類があるけど、血管の病気で取り替えが必要になると基本的にかなりの強度をもつそれらを使わない限り、例えば他の動物の血管などでは代用できないのだ。
「例えば、血管が詰まってしまったり、逆にぺらぺらに薄くなってしまって拡大しはじめたり、または真ん中の層が裂けてしまったりなんて病気に対しては血管を取り替えてあげることしかできないんだよ」
回復魔法で治るものではないのは確認済みだった。小さい血管が生えてくることはあっても、大きくて太い血管の病気が治るわけではない。
「とにかくさ、ゴブリンじゃなくてもオークでもオーガでもいいからこの血管が血管として機能するかどうかを確かめたいんだよ」
「う、分かったわよ」
「それに、できればこの事は他の人には知られたくないから、結構遠くまで行こう」
「転移使う?」
「いや、何があるか分からないしさ。魔力は温存して馬車で行こう。荷物も多いし」
「ふ、二人きりでは何があるか分からない……そ、そうね」
なにかレナがブツブツ言い出したけど、よく聞き取れない。まあ、そこまで重要なことではないのだろう。
今日はヴェールも出没していないし、診療も終わった。
「明日は臨時休業にして、朝から出よう」
「わ、分かったわ」
休業の時にはシグルドが替わってくれることになっている。本当にありがたい。回復魔法が効かない病気と思われる患者は、サーシャさんが判断してくれることになっている。よほど緊急でなければ翌日でもかまわないのだ。僕も二十四時間診療を行うわけにはいかないし、僕がいない時に来た患者の責任まではとれないという考えを、この世界の人たちは普通に受けいれてくれていて助かる。これが日本だと理不尽なクレーマーが一定数いるのが現実だった。
「いいこと聞いちゃった、私も行きたいんだけど」
そんな時に診療室の扉が開いた。入ってきたのはヴェールである。僕は頭を抱えるしかない。よりによって、まだ人間の味方かどうかの判断がついていないヴェールに聞かれるとは。
「だめよ、診療所のことだから私とシュージだけで行くのよ」
「あ、ローガンも連れて行こうかな」
「え? 二人きりじゃないの?」
「ほら、べつにいいでしょ?」
少なくとも今のところはヴェールが僕たちに不利益な行動をしたという痕跡はない。むしろガルーダの防衛戦や世界樹に昇るときの補助など手伝ってもらってばかりだった。
今の状態のままで様子を見ておくというも選択肢の一つだけど、いつかは心眼が使えるアマンダ婆さんあたりと出会ってしまって騒ぎになるかもしれない。それにヴェールが魔法人形でそれを使役している黒幕がいるとしたら、その考えというのを知っておくべきだろうとも思う。
しかし、ヴェールの実力も分からない。下手に刺激して戦いになったときに犠牲なく押さえられるかどうかも分からない。
「で、どこまで聞いてたんだい?」
「よく分からないけど、明日出かけるって話から」
「申し訳ないけど、あまり診療所の外の人間に立ち入って欲しくないことなんだ。遠慮してくれ」
「そうよ、遠慮しなさい!」
「え~、そんな事言わないでよ。これでも役に立つのよ?」
役に立つかどうかの問題ではないのだが。
「じゃあ、分かったわ。私もここで働く!」
「はぁ!?」
「それなら部外者じゃなくなるでしょ?」
「ダメよ、そんなの!」
「なんでダメなのよ? 理由は?」
むしろ、問い詰めるならば町中よりも被害の少ない郊外がいいかもしれない。
「分かったよ、ローガンのかわりについてきてもらおうかな」
「シュージ!?」
「やった!」
「診療所で働くかどうかはまた話が別だからね」
「分かってるわよ」
「ちょっと、どういうこと?」
なにやらレナの剣幕がすごい事になっているけど、僕はヴェールの問題を今回で解決させることにした。レナがいれば僕の安全は確保されたも同然だし、僕もSランクであって危害を加えられるつもりもない。それに危害を加えてくるつもりならばこれまでに何回かチャンスはあったはずだ。
「明日は早めに出るから、ここに集合してね」
「分かりました~」
「ちょっと、私は反対よ!」
ヴェールは言質をとるとすぐさま診療所を出て行った。レナが反対を続けているけど、かえって僕には助かる行動である。
明日は一応、ゴブリンを使って人工血管の動物実験をする準備はするけど、どちらかというとヴェールの問題を早めに解決する方がいいと思う。
「レナ、アレンたちをギルドの酒場に呼んでくるようにローガンに伝えてくれ」
「え、ええ。分かったけど」
「明日、この問題は解決してしまおう。郊外なら戦いになっても町に被害はないし」
「あっ、そういう事ね」
それ以外にどんな事があるんだよ、と思ったけどレナの機嫌がなぜか良くなったから僕は何も言わずにおいた。




