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第六十六話:仮性脾動脈瘤1

「本当はセキあたりが行くはずだったのに、あの子たちったら仕事が遅いんだから仕方ないわね」


 青い服に身を包んだ女がユグドラシルの町に入ろうとしていた。その姿は一見すると貴族かと思われるほどに洗練されていたが、周囲には護衛の一人もいない。長い黒髪は腰まで伸び、その黒目は道行く人を見とれさせるほどだったが、今はどちらも旅装で隠している。


「即戦力があれだけ手に入るというのにここを落とせないなんて、何か理由があるのかしら」


 実は自分の使い魔をすでに町の中に放っていた。それによると興味深い人物が数名いるようである。ハクがアンデッドたちとこの町を襲撃した際にそれを阻んだ魔法使いに加えて、呪いを治してしまうほどの治癒師。この二人は要注意だと思っているのだが、そんな個人の力でどうこう出来るほどの規模の襲撃ではなかったはずだ。何か、自分の想像もつかない力がこの町には働いているのかもしれないと女は思った。


 普段、このように一人で行動することがある。それは彼女の配下というのに人間は一人もいないからだ。一人で行動すれば自分は人間と見分けがつかないと思っている。

 セイはユグドラシルの城壁を見上げてこれからの事を思った。


「時間は、あるわね」


 おもったよりも早く仕事が片付いた。他の三人に邪魔されることはない。それは幸運だったのだろう。


「とりあえずは情報収集ね」


 そういうとセイは城門をくぐる。こうやって人間に化けて町に入るのは、もう、慣れたものだった。



 ***



「最低でもパーティーに二つは持たせたいって言ってもそんなに材料があるわけじゃないし、そう簡単に作れるものでもないと思ってたんだがな」


 診療所に腕の治療でやってきたのはルコルだった。なんでも冒険者ギルドから植え込み型除細動器(ICD)の大量生産を受注したらしい。ルコルだけでやっていた時は断っていたのだけど、メルジュが師匠としてそれをやり切れと命令を下し、二人でなんとか注文にあった大量のICDを生産したのだった。それでルコルは右手が腱鞘炎になって治療に来たというわけだった。


「メルジュさんは大丈夫だったのかい?」

「うう……兄で、師匠はなんてことない顔して俺の倍は作っていたよ。歩くとあんなに苦しそうなのに、なんであんなに作れるんだ……」


 魔道具師としての年季が違うらしい。ルコルよりも随分と効率のよいやり方で量産していくメルジュを見て、ルコルは心が折れそうになったとか。それでもメルジュの半分を作り上げた根性は見上げたものである。


「でも、これで本格的にリッチの捜索に入ることができるんだからありがたいよ」

「そう言ってもらえると嬉しいぜ……」


 診療所のベッドにぐでーっと横になったルコルは治ったはずの腕をさすりながらため息をついた。これから帰ってからも様々な魔道具を作る訓練が待っているのだとか。なにやら魔法陣の書き方に根本的な無駄が見つかったらしく、基礎の基礎からやり直しをしているらしい。


「技術や知識は、一朝一夕では身に付かないから」

「いっちょういっせき……ってなんだ?」

「習っただけですぐに身に付くものじゃなくて、長い年月をかけてゆっくりとできるようになるって意味だよ」

「まあ、それは身に染みている」


 自分では一人前のつもりだったんだがな、とルコルはぼやいていた。あまり帰りたくないらしく、最終的にレナに追い出されるまでルコルは診察室のベッドに突っ伏していた。


「なんだか、楽しそうね」

「あれは、忙しいと愚痴を言ってる自分が好きなタイプなんじゃないかな」


 意外にも仕事人間なのだ。そしてその愚痴を言って発散させる場所をさがしているのだろう。ちょっとくらいならば喋りにきても許してあげることにしよう。


「用意ができたら行くわよ」

「ああ、ちょっと待って」


 用意というのは世界樹に登る用意のことである。最近、アレンにたのんでローガンを世界樹の第七階層へと連れて行ってもらうことが多かったが、Sランクのアレンに護衛を頼むとどうしても費用が掛かり過ぎてしまう。アレンも知り合いという事で大幅に値引きをしてくれるのだけど、それでもSランクを護衛に付けるのである。安いわけがない。


 だから、できるだけ時間が空いているときには世界樹に登ることにしていた。レナがついてきてくれれば第七階層まですぐである。それに、理由はそれだけではなかった。


「いつもありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」


 ローガンと、その父親も同行するのである。ローガンの父親が製薬した世界樹の雫は魔力回復においては僕が作るよりも随分と効力が高い。最近になって手術に魔法を多用するようになって魔力不足が深刻となってきたのだ。魔力回復のための世界樹の雫が必須というわけではないけど、前回の手術のようにならないためにも常備しておきたかった。そのためにローガンの父親に同行してもらって魔力回復薬を分けてもらうのだ。ローガンの父親の薬屋としても世界樹の雫が常備されていれば嬉しいのでこの関係はwin-winというやつである。


「ローガン、魔力の抽出も勉強してくれよ」

「げっ、なんで俺は両方ともしなくちゃならないんだよ。先生も父さんもどっちかしかできないじゃないか」

「こらっ、先生になんて口をきくんだ」


 ローガンが父親にげんこつを落とされるのを見ながら僕らは世界樹を登り始めた。とはいってもロンに聞いた近道を通るためにすぐに根っこの上に出る。


「今日はグリフォンがいないわね」


 レナがつぶやいた。世界樹の第一階層から第六階層までは世界樹の根をかいくぐる階層となっている。その近道として冒険者ギルドのギルドマスターであるロンが若い頃に見つけた近道は根っこの上を通るルートだった。しかし、そこにはグリフォンたちが飛んでいて並みの冒険者たちならば餌にされてしまうのである。高火力の魔法を使ってグリフォンたちを追い払える者たちだけが使うことのできるルートだった。


 ここ数回でローガンの父親も慣れたようだった。レナが雷撃サンダーボルトで威嚇しながら通るこのルートではほとんど魔物に襲われることはない。それでもいつもはレナがいるかいないかを確認するために数頭のグリフォンが上空を飛んでいた。それが、今日はいない。


「ちょっと警戒しておこう」

「そうね、それがいいわ」


 違和感というのは馬鹿にならない。いつもいるはずのものがいないのは理由があるかもしれないのだ。僕らはいつも以上に慎重に世界樹を登ったけど、結局何のトラブルも起こらずに樹液が出ている所につくことができた。


「樹液の量は十分だね」


 魔物に吸われてほとんど樹液が採れないこともある。数箇所回る必要がある場合もあれば、第八階層にまで足を延ばしても世界樹の雫が足りないこともあった。今日は運がいい。


「もう一か所回って、多めに採取しておこう。今日は魔力回復用の分もしっかり採れそうだ」

「ありがたいです」


 ローガンの父親も遠慮せずに魔力抽出の製薬魔法を使うことができている。冒険者をやとってここまで来るとなると経費がものすごくかかるために世界樹の雫は高価だ。それをローガンの父親はできるだけ安く売っているらしい。もちろん人を選んでであるが。


「私たちには実感がないのですが、依頼から帰ってくる冒険者の中には薬のおかげで命拾いしたという人も多くてですね」

「それ、凄い分かります」


 一つの魔力回復薬が生死を分けることもある。いざという時に魔法が使えるのと使えないのでは大違いなのだ。上級の冒険者たちは薬を切らすことはなく常に携帯している。


 もう一か所、樹液が出ている場所を回って帰ることにした。ローガンは魔力が尽きる寸前まで製薬魔法を使ってもらった。抗生剤を抽出する魔法も、魔力を抽出する魔法も、どちらも徐々に上達している。フラフラになったローガンは僕が背負い、できた薬はローガンの父親に持ってもらった。


「すでに僕と遜色ないくらいの製薬魔法になってきたなあ」

「いえ、そんな事はないでしょう。まだまだです」


 ローガンの父親はローガンに厳しい。特に礼儀作法なんかはやりすぎではと思うくらいなのだが、このくらいがちょうどいいのだろうか。子供のいない僕にはよく分からない感覚だった。


「ねえ、シュージ」

「ん?」


 帰り道を歩いていると先頭のレナが言った。帰りも根っこの上を通るから、レナは軽装で魔法が撃てるように動いてもらっている。


「やっぱり、グリフォンがいないわ」

「本当だね」

「ちょっと、嫌な予感がする。転移テレポートを使うわね」

「うん、それでいいと思うよ」


 魔力の温存のためにも転移テレポートは急いでいる時にしか使わない。だけど、レナの言う嫌な予感・・・・というのは何故だか僕にも感じることができていた。肌にビリビリとくる何か・・がある。見たところ、この周囲に何かがあるわけではないけど、グリフォンもそれを感じて出てこないのかもしれない。


転移テレポート!」


 ローガンの父親がテレポート酔いをしてしまうんだろうなと考えながらも、僕らはユグドラシルの町へと帰った。



 ***



 結局、僕らの感じた違和感の正体は全く分からないままに日々が過ぎた。その間にも冒険者ギルドによる周辺の調査というのは続いている。


「仕事のし過ぎは駄目です。先生からも言ってやってください」


 ついにギルドの職員がギルドマスターのロンを引きずって僕の診療所にまで連れてきた。ここ最近、リッチと白い男に対する周辺の調査という大仕事が続いており、ギルドマスターは寝る間も惜しんで仕事をしなければならない日が続いている。神経性胃炎も完全に悪化しているようだった。


「……ええと」

「私は副ギルド長補佐のシルクです」


 いつもロンの秘書のように動き回っていたのはシルクという女性だった。僕はてっきり彼女が副ギルド長だと思っていたのだけど、副ギルド長補佐・・なのだという。では、誰が副ギルド長なのだろうか。名前の通りに絹のような白い綺麗な髪を肩のあたりでくくっているシルクはロンをむりやりに病室のベッドに寝かせると、アマンダ婆さんに連絡をするために出て行ってしまった。


「部下に心配かけてちゃ駄目でしょう」

「めんぼくない」


 今回はこってり怒られたようでロンも大人しい。それでもICD型の魔道具を冒険者たちのパーティーに貸し出すにあたっての金策が終わったとかのタイミングまではシルクも待ってくれたとかなんとか言っている。


「でも、本当にシルクさんの言う通りで、このままだといつかは本当に身体を壊して仕事できなくなってしまいますよ」

「うむ、分かっているんだが……」

「若い人を信用して仕事を回すなんてこともできないんでしょうか?」

「……」


 部下を信頼していないわけではないと、ギルドの雰囲気からは分かる。だけどロンはかたくなにギルドマスターの職以上のものを一人で抱え込んでいた。


「……待っているんだよ」

「え?」


 十分に時間をおいて、ロンは言った。


「だ、誰をですか?」



「息子だ。今はどこで何をしているのか分からんが、昔は副ギルド長をしていた」



 ……子供おったんかい!?

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