第六十三話:悪性胸膜中皮腫2
ルコルの滞在していた村というのはそれはそれは質素な村だった。おそらく村民は全部で数十人という規模だろう。
「本当にこんな所で魔道具の作製なんかできるの?」
レナの言う通り、魔道具に必要な物資すら補給できなさそうな所である。基本的には自給自足なのだという。村の中には店などはほとんどなく、たまにやってくる行商人にほとんどの物資を依存しているというのだ。
「たしかに、あんまり便利なところとは言えねえがよ」
そう言うとルコルは指を指した。その先は村の門である。門番らしき人物は立っておらず、治安がいいのか人手がないのかの判断はつかなかった。
「あれが何なのよ?」
「まあ、見てなって」
そう言うとルコルは馬車を進ませる。すると門の上に取り付けられていた何かが弱く光る。すぐさま門の近くの家から人が出てきた。ルコルはその人物に向かって手を振っている。
「あれは魔道具だよ。ある一定の距離に生物が入ったら家の中で音が鳴る仕組みになっている。他にも村の至る所に魔道具が使われているんだ。ただ、魔石は貴重だからそんなに大掛かりなものがあるわけじゃないがな」
なるほど、それならば門番は四六時中村の外を見張っている必要はなさそうだ。
門をくぐると、少しだけであるが暖かく感じた。気候を調整する魔道具でもあるのだろうかと思っていると、本当にあるそうだ。極端な温度の管理はできないそうであるが、この空間の中の温度が逃げないようにする何からしい。
「ここまで高度な魔道具なんて見た事がないよ」
「たしかにね、ルコルの店では見た事ないわ」
「出力を極力抑えるために秘伝の技術が使われているらしいんだよ、俺には分からんが」
僕らの皮肉も通用しないほどに、ルコルは師匠と兄弟子の事を尊敬しているというのが伝わってきた。これ以上いじるのはよそうと思っているとルコルはある家の前で止まった。
「ここだ」
それはみすぼらしい小屋だった。大きさはそれなりにあるけど、明らかに隙間風とかで寒そうである。庭には少しだけ菜園があり、自給自足しているというのは本当なのだろう。凄腕の魔道具師の家とはとてもではないけど思えなかった。
「兄弟子、いるかい?」
ルコルが扉を叩いてからあける。返事を待たないのかと思っていたが、中を除いたルコルが渋い顔をした。
「いねえ……」
「外出中かな」
「あまり外出することはないんだが……」
そう言ったルコルには少し心当たりがあるようだった。
「とにかく、俺は兄弟子がどこに行ったか聞いて来る。それに今夜の泊まる場所も必要だしな」
なんだかんだ言って僕らを泊めることのできるような宿はこの村にはないらしい。誰かの家に泊めてもらうように交渉してくるから中で待っててくれといってルコルは出て行った。この兄弟子の小屋に泊めさせてもらう事はできないのだろうかとも思うけど、ルコルはそうさせたくないみたいだったので言及はしなかった。
あの様子を見ると、ルコルは兄弟子のことを尊敬はしているけど苦手とも思っているのではないだろうか。なんとなくだけど、そんなルコルの心情は分からなくもない。そういう人物というのはいるものだ。
「中で待っててと言われても、なんとなく入りづれえな」
「外で待ってようか。そんなに寒くもないし。馬車もあるし」
ノイマンの提案をくみとって僕らはルコルの兄弟子の小屋の前で休憩することにした。小屋の前は菜園がある。どれもそこまで量があるわけではないけど一人暮らしには十分な菜園だった。家畜はいないようであるけど、他の家にはちらほらと見える。村の中には他にも畑があって、のどかな農村という印象だった。
「ぱっと見は普通の村なんだけどな」
「確かに暖かいですし、風が気持ちいいです」
ノイマンとミリヤも違和感というのを感じているのだろう。自然の気候ではない、安定した何かがこの村には満ちている。
「魔力の流れが安定し過ぎなのよね。快適すぎて逆に気持ち悪いわ」
「これも魔道具のおかげなのかな」
しかし、その魔道具がどこに設置してあるのかは見えない。もしかしたら魔道具とは思えない見た目をしているのかもしれなかった。
そんな事を話し合っているとルコルが帰ってきた。隣人に兄弟子の行先を聞いてきたらしい。
「兄弟子は工房になっている洞窟にいるようだ。ちょっと行ってくる」
「僕らもついていこう、魔道具の使い方とかの説明もしたいし」
ああ、とルコルは返事をして歩き出した。僕らは荷物は馬車の置いてそれに続く。こんな村で盗まれることはないから心配はいらないとルコルが言った。
洞窟はすぐに見えてきた。村の隣を流れている小川を渡った所にある。周囲には木などが生えていないために村からでもすぐに場所が分かるところだった。
「この中で魔道具の研究をしているんだ。入り口まではいいけど、それから奥に入ろうとしないでくれ」
「分かったよ。秘密にしたいものも多いだろうしね」
「いや、違う。単純に危ないからだ」
え? 危ないって、中で何をやっているのだろうか……。そう思っていると洞窟の中から小規模な爆発音が聞こえてきた。
「爆発……?」
「あぁ、やっぱりか……」
驚いて洞窟を覗く僕らとは違い、ため息をついているルコルは落ち着いているようだった。という事はこの爆発みたいな音というのはこの洞窟では日常なのだろう。何をしているのかというと魔道具開発の実験なのだという。
「ちょっと待っててくれ、兄弟子を連れてくる……時間がかかるかもしれないけど」
そう言うとルコルは洞窟の中に入っていった。入る時に洞窟の入り口の一部を指差して言う。
「これの内側は魔力が流れてないから、とくにレナは入らないでくれな。気分が悪くなると思うから」
洞くつの入り口には何やらふさふさした物がとりつけられていた。それは入り口の周囲を全て多い、扉の枠のように張り付いている。一見したところは柔らかそうだったが、レナが近付いて触ってみて驚いた声を出した。
「これ、堅いわね」
指でかるく押しても曲がらない。崩れてしまうのではないかというくらい脆いのかもしれないが、形が変わらなかった。
「これが魔道具なんだわ、魔力を遮断している……」
周囲の魔力を全て吸い取っているのだとレナは言った。それによって洞窟の中は外からの魔力の干渉がない状態となる。魔道具の製作にはこれが必要なんだろうが……。
「繊維状の鉱物でできている……のか」
ああ、もういやだ。嫌な予感しかしない。とりあえずレナにはそこから離れてもらうようにして、ノイマンとミリヤにも近づかないように言う。
自分でもその魔道具を触ってみた。硬い繊維状の、鉱物。その通りだった。これは何かに溶かして吹き付けたのだろう。この洞窟に入るためには必ずここを通らなければならない。
ルコルの師匠は呪いで死んだと言っていた。確認しなければならない事がある。
「待たせたな」
そうこうしているうちにルコルが出てきた。後ろにはひょろっと背の高い男がついてきている。シンプルなベージュ色の上下の服を着た短いブラウンの髪の男だった。
「メルジュと言います。弟弟子がお世話になっているそうで」
「シュージです。こちらはレナ、ノイマン、それにミリヤです」
握手を交わして心眼を発動させる。初対面の人に対して、これはもはや癖になってしまった。しかし、それにメルジュが反応した。
「おや、魔力の流れを読むことができるのですね?」
「……分かるんですか?」
「ええ、職業柄魔力の流れには過敏で」
じっとルコルの方を見ると、さっと目をそらされてしまった。多分、ルコルはそこまで過敏ではないのだろう。失礼にあたるのではないかと思い、心眼でメルジュを見るのはあとで許可をもらってからにしようと思う。
「それで、こちらへはどのような目的で?」
「ああ、兄弟子。ある魔道具を作って欲しいんだが、俺には無理でな」
「そういう事ですか。とりあえずここではあれですので、家の方へどうぞ」
メルジュはそういうと僕らを小屋へと誘導した。ゆっくりと歩くメルジェに続いて、僕らは馬車をおかせてもらっていた小屋にまで戻る。小屋に入るとメルジュは人数分のお茶を用意してくれた。いつの間に湯を沸かしたのだろうか。
「これも魔道具なんだ」
ルコルがそっと耳打ちをしてくれる。小屋自体は質素なつくりなのだが、中には多数の魔道具が置かれており快適に過ごすことができそうだった。
「たいしたもてなしもできなくて申し訳ない」
「いえ、こちらこそ急に訪ねてしまい……」
「それより、その依頼の魔道具というものについて詳しく聞かせていただけませんか?」
「その前に、僕はシュージ=ミヤギ。ユグドラシルの町で医者をしています」
僕はリッチの魔法である死についてと、それによって引き起こされる心室細動について話した。少量の電気を流す事によってその心室細動が治るということをメルジュは驚いていたけど、途中からなるほどという言葉とともになにやら納得してくれたようだった。魔道具の構造を考える上で身体の構造や生理に関しての知識があるのかもしれない。
「なるほど、それでその魔法が発動した場合に小規模の雷撃が自動で発動する魔道具が欲しいと」
「ええ、手動のものはルコルに作ってもらいましたから」
おずおずとルコルはその魔道具をメルジュに手渡した。それを手に取ったメルジュの顔が渋くなっていく。
「ここの術式があまい、ここも無駄が多いな」
「いや……その……すいません」
あまり複雑な構造はしていないと言ったルコルだったが、それでもメルジュの目で見るとかなりの無駄があるようだった。このままではちょっとした説教が始まってしまうのではないかと思うくらいにメルジュがルコルを見る目は厳しく、ルコルも何も言えないという状況になってしまっていた。
「しかし、イシャという職業は初めて聞きました。それに魔道具師以外でそこまで体のことに詳しい方にも初めてお会いしましたね」
「という事は、魔道具師は人間の体についてある程度の知識を持っているのですか?」
「ええ、と言っても体の仕組みではなく、流れる魔力のことですが」
メルジュの作る魔道具というのは基本的にはオーダーメイドであり、その使う人物に合わせた術式を選ぶという。それは魔力の出力であったり性質であったりするのであるが、僕らの理解の及ぶ範囲を超えていた。
「今まで、人を治す魔道具というのはあまり作ったことがないのですが」
と言うメルジュであったが、自動で回復が発動する魔道具ならば特に問題なく作ることができるという。
「発動の条件は死を受けたことでも、心臓が心室細動を起こしたと認識したことでも構いません。大きさはリッチや他の魔物との戦闘に支障のない程度であればなんでも良いです」
「分かりました。少し検討してみましょう。ただし、その死という魔法を使うことができる人はいないのですよね?」
「ええ、少なくとも人間で使うことのできる人は知らないです」
「ならば、その心臓が震えてしまうという呪いの方面からなんとかしようと思います」
そういうとメルジュは席を立った。ルコルの作った除細動魔道具を持って、また洞窟へと戻るようである。
「ルコル、皆さんにはこの家に泊まっていただきなさい。それから食事などもお前が作るんだ」
「あ、…はい」
逃げようとしていたルコルが捕まえられ、僕らはとりあえず泊まる所を確保した。ルコルには悪いが、数日はここにご厄介になるとしよう。
それに、僕はメルジュに伝えなければならない事があった。
「メルジュさん、貴方のお父さんはお亡くなりになる前に胸の痛みを訴えていませんでしたか? もしそうならば、僕に診察をさせてもらいたい。貴方もその呪いにかかっていると思われるし、その理由も僕には分かります」
メルジュと、ルコルがこちらを振り返った。その表情は驚きと、戸惑いがあるはずだった。だけど、僕はほとんど確証を持っていた。




