第六十話:心室細動3
「雷撃!!」
レナの雷撃はリッチに直撃したかに見えたが、直前で魔法障壁を張られたようだった。それでもその魔法障壁をゴリゴリと削っていっているようである。
前線はノイマンが倒れたことによって、そこに低位のアンデッドたちが詰めかけようとしていたが、レナの魔法の通り道でもあり、その直線上へと向かうアンデッドたちは次々に蒸発していくしかなかった。それでも、アンデッドたちはそこに殺到しようとするのをやめない。
「嫌ぁぁぁぁ!!」
一瞬遅れてミリヤの絶叫が聞こえた。目の前で恋人が倒れたのである。当たり前の反応だったけど、僕はそんな彼女の心情を汲み取るわけにはいかなかった。
「ミリヤ! 手伝って!」
僕はその時にはすでに倒れたノイマンの側にやってきていた。そしてそのノイマンの体を引っ張って後方へと引きずっていく。なんだかんだと言って体格のかなりよいノイマンは装備も含めるとかなり重く、一人では大変だったのである。
「こっちは任せなさい!」
「レナ、頼んだ!」
リッチの魔法障壁はかなり削られ、下半身の一部が雷撃によってえぐられたようだった。これ以上魔法を食らうわけにいかないと判断したリッチが後退していくのを、レナが追撃する。周囲の兵士や冒険者たちもその勢いに乗って城壁の下から湧いてくるアンデッドたちを押し戻し始めた。
「せ、せんせ……せんせぃ……」
「鎧を外すんだ!」
僕はミリヤに向かって叫んだ。ノイマンの鎧には金属が使用されている。全てではないが、胸部に使われている金属は外さなければならなかった。
動くことができなかったミリヤだけど、怒鳴られたことでなんとかノイマンの鎧を外すのを手伝ってくれた。他の部分の金属はまあ問題ないだろう。
「離れて!」
僕の指示どおりに、ミリヤが寝かされたノイマンの体から離れたのを確認して、手に持っていた魔道具を両側の胸に当てる。僕は魔力を込めた。
ドンッ! と音がするとともにノイマンの体が痙攣した。
***
「ここだっ!」
ランスター領主の号令で、総力戦へと移行した。ほとんどのアンデッドたちが一点に集中するように殺到していたにもかかわらず、そこにレナが放った雷撃がかなりの数のアンデッドを城壁の下へと押し戻したのを好機と取った。
幾人かが一斉に氷の魔法を唱える。城壁を乗り越えるようにして「坂」を形成していたアンデッドごと、押し返して突撃を行える氷の「坂」を作り上げた。
いつの間にか、増えるアンデッドの数が減っている。リッチが後退するとともに圧力の軽減を感じ取った兵士たちはその「坂」を駆け下りてアンデッドたちを倒していった。
「レナ、前に出過ぎだ」
「アレン。ここが正念場なのよ」
「分かっているが、君だけが頑張ればいいというわけではない」
「あんた、何を見てきたのよ?」
アレンは前へと出ようとするレナを押しとどめる。それはさきほどまで最前線で戦っていた仲間のノイマンの死がアレンにとっては衝撃的なものだったからだ。どうしても追撃の手を緩めないレナが同じように見えた。それは仕方のない事なのかもしれない。
だが、レナはあっけらかんと言い放った。
「シュージが走ってたでしょ?」
「む、……いや、たしかに」
「なら、ノイマンは大丈夫よ」
もうこれ以上は話す必要もないと言いたげに、レナはアンデッドたちの追撃へと戻った。だが、アレンの中では死を受けて倒れたノイマンが生きているとはどうしても思えない。しかし、レナのあの自信は何なのだろうか。それを信じたいが、信じられない。苛立ちをどこにぶつければ良いか分からず、アレンは最終的に長剣を抜きはらってアンデッドの集団へと突っ込んでいった。
「犠牲はそこまでではないが……」
ランスター領主はこのアンデッドの集団との戦いで犠牲となった兵士や冒険者たちの数が思ったよりも少ないことにほっとしていた。しかし、さきほどリッチが出てきた際には息子であるアレンと同じパーティーの剣士が死んでいったのを見ている。少ないが、ないわけではなかった。
「ロン、どう見る?」
「なんとか、押し返せそうな気はしないでもない」
ギルドマスターをしている親友は、借金のために失っていたはずの愛用の杖を一時的に返却してもらって業火球を唱えた。その巨大な火の玉がアンデッドの集団のど真ん中で炸裂すると、かなりの数のアンデッドたちが燃え上がる。しかし、少しでも魔法は効率よく使うように言ってあるが、それでもアンデッドたちの数は無尽蔵ではないかと思われるほどだった。それが徐々にであるが減ってきているのかもしれない。
「あと二時間もすれば朝日が昇る。これからはいかに犠牲を少なくするかが肝心だ」
「あまり深追いはするなと伝えよう」
城壁の下ではまだ激闘が続けられていた。騎兵も入り乱れての乱戦になってはいるが、ほとんどが低位アンデッドである。その中に上位のものも含まれているのだが、冒険者たちを中心として実力のあるものがそれらに対応しているのが上からだとよく分かった。
「この町は本当に彼らに助けられているな」
「当たり前だ。俺の所の組織であり、お前が昔に所属していた組織だ」
アレンの戦い方を見ていると、かつて駆け出しのころに仲間を一人失った記憶が蘇った。ランスターはそれでも領主として犠牲を数字として見るしかない。この状況は予想よりも良いのである。
リッチが後退していく方向にむけてレナが雷撃を放った。それは周囲のアンデッドごとリッチを吹き飛ばす。魔法障壁にかろうじて守られたリッチは体勢を立て直すと叫んだ。
「マタシテモ邪魔ヲスルカッ!?」
「またしてもって何よ? 申し訳ないけど、あんたみたいなアンデッドに知り合いはいないわ」
「オノレッ! オノレッ!」
リッチはその両腕を前に突き出して「死」を唱えた。その右腕には銀製と思われる腕輪が光っていた。しかし、レナにはナインテイルズの白マフラーがある。レナの魔法障壁にかき消されて死は空中に霧散した。
「無駄よ」
「マタシテモッ! ユグドラシルメ」
このリッチはユグドラシルの町に恨みでもあるのだろうか。レナが追いつめたリッチの周辺には低位アンデッドがリッチを護るかのように集まってきている。逆に、密集するような形になったアンデッドたちは魔法で効率よく倒されていった。特にレナが雷撃を唱える度に、面白いようにアンデッドたちが倒されていく。スケルトンはバラバラに、ゾンビたちは焼けた肉片を飛び散らし、周囲には焦げたような悪臭が漂った。
「俺ヲマモレッ!」
リッチはすでに正気ではないのかわめくのみだった。しかし、それでも周囲のアンデッドたちはその指示に従う。二体のデュラハンがリッチの前に出た。
「まだこんな高位のアンデッドがいたのね」
盾を構えた首なしの騎士は、その乗馬も含めて骨である。意外にも魔法耐性が高く、近接戦闘は言うまでもなく強く、かなり厄介な相手だった。単独ならばAランクの冒険者パーティー以上でなければ対処できないだろう。それが二体もである。
「一体は任せてもらおう」
レナの後ろからコープスたちが出た。気の力が使える彼らはアンデッドたちにたいしてかなり優位に戦うことができる。リッチの死に対して魔法障壁を使わなければならないレナにとって、近接に長けた彼らの援護はありがたい。Bランクの彼らは一人では対処に困るかもしれないが、常に四人一組で戦っていた。
「レナさん、もう一体はこっちで受け持とう」
そう言ったのはヴァンだった。かつて護衛依頼でシュージとレナと共に行動したことのある彼は、体の調子が治ってからというもの積極的に高位の依頼をこなしている。先ほども騎馬を乗り捨てて城壁の上へ登ってきたデュラハンを屠ったばかりだった。
他にも兵士や冒険者たちが集まってきている。アンデッドたちが集まってきているのだから当然と言えた。
「レナ」
「アレン」
アレンもここに集合する形となる。その表情がまだノイマン生存説に納得がいっていないというのが明らかだったためにレナは嘆息するしかなかった。もちろんリッチを睨みながらであるが。
「隙を見て、私が仕留める」
「……まだノイマンの仇だとか考えているんじゃないでしょうね?」
「……」
沈黙は肯定だととったレナはアレンに危うさを感じた。そんな相手ではないのだ。冷静になって、確実に仕留めなければならないとレナは思った。
「一度、頭を冷やして来なさい」
「意外にもシュージがいなければ、はっきりとものを言うのだな」
「当たり前よ、シュージがいれば私が何か意見をする意味なんてないわ」
もはや信頼を通り越して妄信ではないかとアレンは感じる。それほど、ノイマンが生きているという主張は受け入れられなかった。死の直撃を受けたのだ。死なないわけがない。
「シュージは神ではないぞ」
「知っているわよ」
二体のデュラハンはコープスたちやヴァンのパーティーと戦闘を始めた。そのためにレナとリッチの間には低位のアンデッドしかいない。これは好機なのではないかとレナは感じる。残り少なくなってきた魔力を使ってリッチを仕留めさえすれば、このアンデッドの大軍を指揮するものがいなくなり、烏合の衆と化すのではないか。
「あんたが冷静になるってんなら、とどめは譲ってもいいわ」
「随分な言い方だな」
「お坊ちゃまはそろそろ現実を知ればいいのよ」
あまりにも自信たっぷりに言うレナに対して、アレンは信じてもいいのではないかと思って来た。アレンとしてもノイマンが生きているというのを信じたいのである。レナがシュージをどれだけ信頼しているかは知っていたつもりだが、シュージのやることには必ず納得できる理由があった。
今回も、後からで良いからそれを説明してもらえるのだろうか。
「分かった、ノイマンは生きているかもしれない」
「かもしれないじゃなくて、シュージが生き返らせるのよ」
「ああ、分かったよ」
少なくとも冷静さは取り戻したと判断したレナはリッチに対して雷撃を放つ準備に入った。その動作はもちろんリッチにも見えている。あきらかに動揺したリッチであったが、逃げ場などはない。
「これで終わりよ」
魔法障壁を突き破る雷撃を放てば、体勢は崩れる。少なくとも、そんな隙を晒した状態でアレンの魔法が付与された長剣を避けることができるとは思えなかった。周囲にはもう高位のアンデッドはいない。
「雷っ……」
「ちょっと待たれよ」
レナが雷撃を放とうとし、アレンがリッチへと距離を詰めようとしたその時、明らかにリッチよりも強力な魔法障壁が、それも周囲広範囲に敷かれた。それによってアンデッドたちと戦っていた兵士や冒険者たちも戦闘を中断させられている。
「な、なにっ!?」
魔法の質を感じ取ったレナの背筋が凍った。魔法が使えるアレンもその存在の大きさに脅威を感じているようだった。
「せっかく作り上げたリッチなんだ。ここで殺されたらもったいない」
その存在はそう言った。
白い衣服に身を包んだ人、そういう表現しかできないが確実にただの人ではなかった。
「何者?」
「何者って、それっぽくて好きな表現だな。でも、残念ながら教えてやるわけにはいかぬ」
いつでも雷撃をその男に対して放てるように身構えながらレナは言った。だが、その魔力量の差から考えると、この男を倒すことはできそうにもないと理解ってしまう。それがくやしかった。
「今日の所は退散させてもらうよ。こんなに多くのアンデッドたちを使ってもここを落とせないとなると、別の方法を考えなきゃ……ならないでござる」
「逃がすと思ってるの?」
「逃がすも何も、君には僕を阻止することはできないでござるよ」
異様な言葉遣いに加えて、アンデッドを使役しているかのような口ぶり。その男が指示を出すと、リッチを含めたほとんどのアンデッドたちが後退していった。それを阻もうとしても魔法障壁は消えない。ここまで長く障壁を張るためにはそれだけの魔力が必要であるということをレナだけではなく、その場にいたほとんどの者たちが理解していた。




