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第五十六話:尿管結石6

「死霊術?」

「死者の遺体を動かす忌むべき術として伝わっていたのを研究していた魔術師が、ダリア領にいたのだ。そいつは討伐されたのだが、その研究結果にラッセン様は目を通していた事があったらしい」


 死者の遺体を無理矢理に動かすという魔法は、回復魔法と似通ったところがあると言う。僕はまったく知らない知識ではあるのだけども、無理矢理に治癒能力を上げているのと、無理矢理に動かすというのでは確かにそうなのかもしれない。


「他にも数人がその研究結果に目を通して、ダリア領主の厳重な管理のもとに封印したとのことだった」

「本当に、きちんと封印できたのかい?」

「それは聞かないでくれ。私たちには封印されたという事しか聞かされていない」


 行間を読んだ結果、その研究結果というのは誰かに盗まれたかラッセンが管理していたかという所だったのか、コープスが視線を逸らす。ともかくもラッセンがその死霊術とやらをできるようになっているかもしれないという予想のもとに、コープスは派遣されてきていたという事だった。


 いわゆるアンデッドというやつだろう。ゾンビだとかグール、スケルトンなどの魔物がこれに当たる。よっぽど環境が悪くなければ発生することのない魔物であるけれども、大昔に大きな戦いがあって、それ以降誰もそこに入ったことのない平原などに大量発生したとかいう記録があるらしい。

 その発生を人為的に起こし、さらには魔法の術者の支配下に置くというのが死霊術だというのだ。魔法であるために原理はよく分からないけども、人体に影響を及ぼすということから回復魔法に似通う所があるらしい。


「僕はそんなことしようとは思わないんだけどな」


 死んでしまったらもうそれ以上は何もできない。だから死んでしまわないように頑張るのである。


「ラッセン様は回復魔法に限界を感じていたのかもしれない」

「とことん、ラッセンに対して好意的に解釈するんだね」


 コープスは昔の恩義があるからラッセンの肩を持つ発言が多い。捕縛の対象であるのに、いまだに「様」をつけて呼んでいることもそれを表している。ダリア領は人選を間違えたとしか思えないのだけども。


「私が扱う「気」の力は死者にはよく効くのだ」

「なるほど、それでか」


 魔力で作り上げられた魔物であるアンデッドには「気」の力に対抗する力が乏しいのだという。そのために「気」を使う事のできるコープスが今回の任務を与えられたという経緯だった。どちらにせよ、人手が足りていないというのはどの領地でも同じであるようだ。


 それからコープスは僕の警護をするわけではなくラッセンを追うのだといって診療所を出て行った。基本的には冒険者ギルドを中心として関係のありそうな依頼を受けながら情報を収集するという。ダリア領から連れてきた仲間がいるようで、パーティーとして動けば問題ないのではないかという事と、今回の騒動の詫びとして依頼料は最低限で受けるという取り決めがあるらしい。冒険者ギルドとしてはBランク相当のパーティーをこき使えるという事で、死霊術に関係していそうな依頼を押し付けるのだろうと思う。本当の意味で今回の事件の被害者はコープスたちではないだろうか、実行犯だけど。


 結局、すこしばかり話し込んでしまった僕は二階に上がったときに魔力が枯渇しそうになったローガンを発見するのだった。



 ***



「その「気」の出し方っていうのが気になってね」

「また何かの治療に使えるとか言うんじゃないでしょうね」

「そうなんだよ。よく分かったね、レナ」


 小石を粉砕できて体の中にだけ衝撃を与えられるなんていうのは日本にあった治療器具にそっくりである。


「今度カジャルさんがまた結石で傷みだしたらコープスを呼んでこよう」

「どういうこと?」

「えっとね、尿管結石は外側からの衝撃で割れることがあって、コープスが使うことのできる「気」ならば小さく粉砕できるんじゃないかって思うんだ」


 日本で尿管結石の治療を行う時に、一つの選択肢となるのが体外衝撃波による破砕である。どうしても排出されない結石は放置しておいても痛みが続くし、腎臓にもよくないために壊すという手段を取ることがある。

 使用されるのは超音波であり、対外からの衝撃波がちょうど尿管や腎臓の結石の部分で集積するように位置を調整して当てることで重なり合い、結石が砕けるほどの衝撃となる……というのだが、僕はいまいち原理が分かっていない。衝撃波をどうやって集めるのかだとかを再現しろと言われても無理であったのだが、コープスのいう「気」であれば、もしかしたら代用できるかもしれないのである。


「本当は僕が教われば一番早いのかもしれないけど、あまり弟子はとらない流派なんだって」

「本当に、どこでそんな知識を仕入れてくるのよ」


 すでに僕が医学のことを知っているのは何故なのかというのを聞くことを諦めたレナは、冒険者ギルドの職員がもってきたラッセンの目撃情報が書かれた紙を読んでいる。もしもラッセンが僕に何かをしようとおもったら許さないと言ってくれたのは地味に嬉しかった。

 早めに帰ったローガンにマインがついて行ってしまい、診療所にはレナの他にはサーシャさんしかいない。サーシャさんも明日の診療の準備が終わったら早めに帰ってもらおうと思っている。


 しかし、真面目な話をすると僕の身辺警護というのに少しは気を配らなければならない。ラッセンが本当に死霊術に手を出して僕を攻撃してくるとなるならば、町の中心部で襲撃されると周囲に被害まで出てしまう。

 本格的に自分や周囲の人間の身を護るとなると、逆に相手の情報を掴みに行った方がいいのではないだろうか。コープスたちにばかり任せていてもいけない。


「とりあえずは誰かに頼んで、ユグドラシルの町の周囲で死霊術が行えそうな場所を調べてもらおうか」

「そこにラッセンがいたらその人たちが危ないわね」

「じゃあ、それなりに高位ランクの冒険者だね」


 本当はノイマンたちに頼むのが一番いい。アレンがいればもしかしたらラッセンに気づかれないように情報を取ってくることも可能なのかもしれなかった。だけど、いくら仲がいいからと言ってもそこまで甘えてしまうのはよくないと思うし、Sランクが二人もいるパーティーに依頼を出せば依頼料もそれなりの金額となってくる。


「お金が余ってるわけでもないしね」

「そうね、一時期はあったけど、あれは領主様からの報奨金に近かったし」

 

 僕の診療所は冒険者ギルドの管轄となるので、家賃を免除してもらう代わりに冒険者の診療はかなり安く行っているのである。それでも冒険者以外の人間が来ることもあったし、手術などを行えばそれなりの収入にはなったので赤字というわけではない。経営に関してはサーシャさんがかなり手伝ってくれたこともあって価格設定というか経費というか、なんとかやってきている。


「じゃあ、二人で行く?」

「そうだね、それがいいかもね」


 レナは巻き込むことになるけど、もはやレナは家族みたいな仲間だし甘えることにしよう。



 僕らは診療所が終わる午後から、二人でラッセンの情報を集めることとした。



 ***



「肉体ハ……イラナイ……」


 黒衣に身を包んだ人型の何か・・がそこにはいた。

 場所は墓場であり、その姿が見えたのはすでに深夜である。


 周囲には本来墓があったと思われる場所に、「穴」があった。墓石はそのあたりに無造作に倒されている。その主は自分の墓石には何の興味も示していなかった。


「ひっ……ひぃぃ!!」


 墓守の叫びというのは城壁の向こう側には届かなかった。


 いつもは魔物の襲撃などがあってはいけないために城壁の中で夜を過ごすのであるが、掃除に時間をかけてしまったために墓の近くの小屋で一晩過ごすことにしたのだ。よくあることで、そのための寝具も持ち込んでいた。最初のころは気味が悪くて寝つきが悪かった墓守も、最近は慣れたものでむしろ静かな墓の近くでぐっすりと眠ることすらできていた。


 そんな墓で物音がしたのだ。起きてしまったのも無理はない。火は灯していなかったから、小屋の中は真っ暗だった。窓から月明かりが差し込んでいたために、外の方が明るいほどである。


 そんな窓の外にはもちろん、墓場が見えていた。いつもと同じ墓場ではあったが、なにやら動く者がいる。墓守は、墓泥棒に荒らされるのは御免だと、立てかけてあった古い槍を持ち出して墓へと向かった。



 そこで、実体を持たない何か・・に出会うとは思いもせずに。



「というのが昨日の情報ですね。すでにコープスとかいうやつが仲間を連れて墓に向かいました」

「僕らもそこに向かいます」

「依頼料は出ませんよ?」

「ええ、大丈夫です。情報ありがとうございます」


 冒険者ギルドではすでに死霊術と思われる情報がいくつかあった。その中でも城壁の外の郊外に作られた共同墓地でアンデッドと思われる霊体が目撃されているということと、墓が荒らされて中の遺体がごっそり消えていたという事件が起こっていた。ラッセンであるかどうかは別としても、死霊術である可能性は非常に高い。


「その遺体とやらがどこに行ったのかが問題よね」

「墓守を襲ったわけではないらしいから」


 墓守は命からがら逃げてきて、城門のところで門番に助けを求めた。その墓守を追ってくるアンデッドがいなかったことから門番はとりあえず墓守を城壁の衛兵の詰所に押し込んで事情を聞くことにしたのであるが、墓までは行かなかったらしい。朝になって部隊が派遣された時には共同墓地のほとんどの墓から遺体がなくなっていたという状況だという事だった。


「さすがに夜遅くにアンデッドが発生している墓地に突撃する馬鹿はいないわよ」

「まあ、そうだよね」


 その時に衛兵たちが墓地に行っていれば何か分かったかもしれない。だけど、それは衛兵たちが危険にさらされるということでもあるために、行かなかったことを非難することはできなかった。むしろ、判断としては正しいと思う。朝になればアンデッドの力は弱まると言われているからだ。


「僕らも日が暮れるまでには帰ってこようね」

「夜しか出てこないんならいつまでたっても出会えないわよ?」

「それならそれでいいよ。僕には近づけないし」


 もし夜だけ活動できるタイプのアンデッドであったならば、昼間は墓場で寝ているのだろうし、城門のところの衛兵さんたちが仕事をすればいいだけだと、僕は思っている。自分から好き好んで危ない所に行きたいわけじゃない。僕の周りの人間に危害が加えられないなら放置でも構わないくらいだと思っていた。


 城門を抜けて、墓所まで歩く。距離は思ったよりも短かった。これならばアンデッドが墓守を追い駆けたらすぐに城門の衛兵に目撃されてしまう距離である。 

 隣を歩いていたレナがいい事を思いついたという顔をして言った。


「なら、昼間の内に焼き払っておく?」



 それはありかもしれない。レナの言ったことを真剣に考えているうちに、僕らは墓場についていた。そこにはすでにコープスたちが現場の検証を行っている最中だった。



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