第五十四話:尿管結石4
雷の轟音がして、光とともに砦の西門がガラガラと音を立てて崩れていった。門を攻めているはずなのに門を壊して通れなくしてどうする、と思ったけど指摘する箇所はそこじゃない。
「敵襲! 集合しろ!」
大混乱の最中、ベテランと思われる兵士が門の近くに兵士たちを集めて陣形を組んだ。門が吹き飛ばされでもしたら討って出るつもりなのだろう。兵士の多くは槍と盾を構えてさながら動く要塞のような気配を漂させている。周りであたふたする新兵たちを一喝しては隊列に組み込んでいく手際の良さは歴戦のそれである。
「いいか、相手は魔物ではないかもしれないが全力で突撃すればいい! 普段、大空洞の中の狭い場所でしか暴れてない分、思いっきり……い……」
隊長と思われる男が演説中に、頭上からキラキラとした何かが降ってきていた。アマンダ婆さんっぽい声で「睡眠雨!」と聞こえていた気がするのだけれども、集合したことが裏目にでてほとんど兵士たちがその場で眠り始めてしまっている。あれだけの広範囲に睡眠雨を降らせるというのも大したものだと思うけど、そのほとんどに効果が出ているというのは魔法の精度がかなり高いことを示していた。
「あぁ……」
僕はなんでこんな事になっているのかは分からなかったけれど、なんとなく何が起こっているのかは把握してしまった。なんてことをしてしまったんだ。外交問題どころか戦争じゃないか。
「こ、これってもしかして……」
「うん、十中八九僕の仲間の仕業だね」
僕の隣にいたために隊列に組み込まれることのなかったコープスが震えながらいう。なんていう集団に手を出してしまったのだろうかと後悔しているのだろう。僕も昨日の時点で砦を出なかったことに後悔しているけど、もうどうすることもできない。
「うおぉぉぉぉ!!」
ノイマンが剣を担いで突進してきていた。なんとか眠ることなく迎撃にでた兵士たちを足蹴にして蹴散らすと、剣を崩壊した門に叩きつけている。あれは剣が曲がるんじゃないかな? 正気にもどった後に後悔するんだろう。
ふと気配を感じて、コープスを突き飛ばした。次の瞬間には上空からアレンが降ってくる。その手には長剣が握られており、コープスが死ぬところだったけどなんとか避けさせることができたようだった。どこに忍んでいたのかは分からないけど、混乱していてもさすがな身のこなしである。でも、その顔は僕の知っているアレンの表情ではなかった。
この状況に加えて、アレンのこの様子を見て僕は回復魔法を唱える。
「毒除去!」
着地して隙がでたアレンを掴んで毒除去を唱えた。普段はあまり効くことの少ない毒除去だけれども、この症状はどうやらあれだ。どうせノイマンあたりが食事に混ぜたのだろう。
幻覚興奮作用のあるマジカルマッシュルームの毒素を除去すると、アレンが正気に戻ったようだった。やっぱりそうだったか。何故僕がこの症状をすぐに見極められたかというのはまた後の話だ。
「はっ、シュージ……無事だったか!?」
「こっちのセリフだよ」
この様子だとほぼ全員がマジカルマッシュルームを口にして混乱しているのだろう。正常な思考を保つことができずに、砦への攻撃を敢行したに違いない。早いところ全員に毒除去をかけないとマズイことになる。というかもうすでになっている。
「まずはレナを、どうにかしないとね。あれだけ暴れていると、できるかどうかは分からないけど」
「すまん」
アレンをじとっと見ると目をそらされた。彼も同じことを思ったようである。とりあえずはノイマンとミリヤ、そして余力が残っていたらアマンダ婆さんをアレンに任せて僕はレナのところに向かうことにした。
「雷撃ぉぉ~ふっふっふ」
機嫌よく魔法をぶっ放すレナにはとてもじゃないけど近づけない。レナの周囲には雷撃で燃え尽き焦げてしまった所が何か所も出来上がっている。地面がえぐれて穴になっている場所もあることからあの魔法の威力の高さというのを見せつけられたような形だけど、なにもこんな状況じゃなくてもいいと思うのは僕だけじゃないはずだ。
「アレン! 援護を!」
「無理だ! アマンダが!」
アレンの方をみるとアマンダ婆さんもかなり混乱中らしく、状態異常の魔法を所かまわず打ちまくっている。魔力が尽きるまで手がつけられそうにないけど、そのうち死人が出てしまうかもしれない。そうなる前にどうにかして止めなければならないのだけど、方法が思いつかない。
「あぁ~、シュージだぁ~」
完全におかしくなっているレナがようやく僕の事に気づいた。まあ、気づいたからといって事態が好転するかといわれると微妙なところだけど、僕はこれを隙ととらえてレナへと突っ込んだ。
「土壁!」
しかし、レナは条件反射なのか僕との間に土壁を放って行く手を遮ろうとする。混乱しているのに、なんでこんな事は正確にできるのだろうかと少し疑問に思いたいくらいだけど、マジカルマッシュルームで以前にレイヴンが大変になった時に比べるとまだマシなのかもしれない。
僕は土壁で出来た壁を乗り越えると、次の魔法を放とうとしているレナの手首をつかんだ。関節を決めて投げる。地面に転ばせるような形で投げるから痛みはほとんどないはずだ。
「毒除去!」
上から押さえつけて動けなくしたあとに毒除去をかけた。徐々に正気を取り戻していくレナ。ばたばたともがいていた手足の力がゆっくり抜けていく。
「あ……あれ?」
「ようやく戻ったかな」
「え……えと……」
後ろから抱き着いた形で動きを抑えていた手を放す。まだレナだけじゃなくて他の三人にも毒除去をかけてあげなければならない。向こうでアレンがノイマンを気絶させたのが見えるけど、アレンも頭から血を流しているように見える。大丈夫だろうか。
「さあ、レナも手伝って。皆に毒除去をかけなきゃならないんだ」
アレンはすぐに状況を把握できた。おそらくは記憶もあるのだろうと思う。だったらレナは協力してくれると思っていたけども、うずくまったままレナは起き上がろうとしない。
「大丈夫? まだ顔がずいぶんと赤いな」
「う……うあ……」
顔が紅潮している。循環動態と自律神経系に何かしらの異常が出ているのかもしれない。だとすると今無理をして動かすのは得策ではないと判断して、僕はレナの協力なしで動くことを決意する。
「ちょっと行ってくるよ、レナは無理しないで!」
仕方なく、僕はまずはアマンダ婆さんの正気を取り戻させることにした。アレンがあっちで魔法を受けて寝てしまっているのだ。ノイマンと二人重なった状態になっており、それを見てミリヤがなにやらポカポカとノイマンを杖で叩いているのは放っておくとしよう。
「毒除去!」
アマンダ婆さんは動きが鈍かったから、すぐに背後を取ることができた。魔法を使おうとしていたというのも隙ができていた理由だと思う。その後にミリヤとノイマンにも毒除去をかけることができて、アレンをなんとか起こした後に離脱することとした。
「とりあえず逃げよう。顔をみられたかもしれないけど、もとはと言えばあっちが悪いしね」
「そ、そうね。はやく転移で逃げましょう」
「あ、レナ。だいぶ良くなったみたいだね。顔色が元にもどってる」
「う、うるさいわよ! さっさといくわよ!? 転移ぉぉ!!」
まだちょっとマジカルマッシュルームの影響が残っているのか、レナはまたしても顔を真っ赤にさせながらも転移を使って僕ら全員をユグドラシルの町にまで戻すことに成功したのだった。
***
「いや、大変だった」
「僕の責任ではないですからね」
診療所に帰ってきて僕らが直面したのは、昏睡から回復したけれどもまだ激痛と戦っていたカジャルさんだった。ローガンが痛み止めの製薬を成功させるまではずっと苦しんでいたようで、恨みがましい目で見られてしまった。その痛みも尿管の狭い部分を石が越えたようで、かなりマシになったのだとか。狭い部分は全部で三か所あると教えたら、げんなりしてしまったようである。
「助けにいったつもりが、助けられてしまったよ」
アレンは苦笑いをしながらカジャルさんと事の顛末を話している。僕が誘拐されたというのはすぐに広まってアレンが馬車を追い駆けてくれたようだった。砦の前でレナたちと集合した後、アレンが中心となって砦の様子を伺っていたのであるが、周囲から採取してきたマジカルマッシュルームを誤って鍋の中に入れたのだとか。それを食べた全員が幻覚混乱などをきたして奇行に走ったらしい。
「しかし、シュージは私たちがマジカルマッシュルームを食べてしまったということにすぐに気が付いたな」
「ああ、あれね。元いたパーティーのリーダーが食べたことがあってね。同じような表情を皆していたから」
「そう言えば、あの時のレイブンは大変だったわね」
しみじみと思い出す。レイブンがマジカルマッシュルームを食べた時には魔物の巣を全て破壊しつくまで僕らは手出しすらできなかった。ブラッドが「とりあえず逃げるぞ」と言ってレナを抱えて走り出さなかったら、レイブンのハンマーの犠牲になっていたかも分からない状況だったのである。
遠巻きに様子を見て、翌朝まで待機して、力尽きて寝ているレイブンを簀巻きにしてレーヴァンテインまで戻ったのだ。正気に戻っているかどうかが分からなかったから、レイブンはレーヴァンテインに帰りつくまで簀巻きにされた状態だった。
「とにかく、誰も死ななくて良かった」
「シュージが誘拐されていったと聞いたときにはどうしたものかと……」
その後、領主館から正式に抗議の使者が派遣されたようである。かなりもめたようだったが、最終的には僕個人と、ユグドラシル領への賠償という形で落ち着いたようだった。
しかし、当事者であるラッセンは行方をくらましており、ダリア領内での目撃証言が得られないと知らされた。
「もしかしたら逆恨みのままユグドラシルの町に来ているのかもしれない」
ラッセンは犯罪者として、指名手配された。そもそも治癒師である彼がどうやってこれから生きていくのかは分からないが、すっきりしないものを抱えたまま、事件は収束へと向かったのである。
けど、やっぱりこのまま終わるわけがなかった。
数週間経ってから、ユグドラシルの町の中でラッセンを見たという目撃情報があったのである。




