第五十三話:尿管結石3
兵士の一人を拉致して、僕が拉致された理由を聞き出そうとしている。
拉致された人間が拉致し返すというとんでもない事になっているのだけれども、被害者である僕は自重なんかしない。とりあえずは大発生の危険性がほとんどなくなり、人員が大幅に減っているこの砦の中であれば、比較的自由に動くことができた。特に大空洞に面している城壁以外は見張りの数がかなり少なく、砦の外に出ることすら余裕だったのである。意識のない兵士を担いで、誰にも見つからないようにコソコソと城門を越えるのだ。尋問するのなら砦の外にでなければ音が漏れるかもしれない。
「意識のない人間というのは重いなぁ」
体重のバランスを取ってくれない人間というのはそのままの体重が重さとなり、柔らかさとかいびつな形だとかで思った以上に担ぎにくい。自然と安定する場所を探していると肩に担ぐという恰好になって、それこそ人さらいそのものになる。
しかし、そう文句も言っていられないし、これが一番運びやすい。大の大人を一人担ぐというのはかなりの重労働なのである。
西のユグドラシル方面と、東の大空洞方面は見張りがいる。僕は北の城門をばれないように抜けた。そのまま森の中を移動して砦が見えない距離まで行く。ちょっとした窪地になっている場所を見つけた。樹々が障害になってくれて、砦の方面からは全く見えないだろう。
「よし、ここまでくれば大丈夫」
この兵士はすでに紐で拘束してある。砦から見えなくなるまで歩いた僕は兵士を地面に降ろすと回復をかけて兵士を起こした。それでも意識がもどらないから頬をぺちぺちと叩く。するとようやく兵士は反応をしだした。
「うーん」
「さあ、起きたかい?」
今の僕はかなり悪い顔をしているのだろう。自重する必要がないこともあって、楽しんでいるのはたしかだ。勝手に自分をさらうような奴らに同情はいらないし、少しくらい楽しむ権利があってもいいと思う。さあ、少しくらい脅しても文句はないだろう。
「お、お前っ」
自分の状況を把握したのか、数秒おいてから兵士がそう言った。ここなら叫ばれてもすぐには兵士がやってくるわけない。そして笑っている僕の顔を見て、兵士はぞっとした蒼い顔をしている。これから何をされるのか、想像をしているのだろう。でも僕はサディストじゃないから拷問をするつもりはないんだけどな。
「手短に言おう。僕は他にもやらなければならないことがある。質問には簡潔に応えてくれると嬉しい」
手の中には採取用に持ち歩いていたナイフがあった。だが拘束された状態でそれを見た兵士には拷問器具にしか見えない。コクコクと頷いた兵士を見て、意外にもすぐにしゃべってくれるのだなとちょっと拍子抜けした。
「まず、なんで僕をさらったのかな? 誰の指示かということと目的が聞きたい」
「え、えぇと、お前をさらうように指示をだしたのはラッセン様だ。その後の目的というのは聞かされていないが、多少は傷を負わせてもいいと言われていた」
「ラッセン……」
どこかで聞いた名前だった。そしてこの場所である。ダリア領から派遣されていた兵士の治癒師にそんなやつがいたというのはすぐに思い出せた。彼が足の切断に反対したために筋腎障害性代謝失調症候群で死んでしまった兵士がいたことは僕の中でも忘れられない出来事となっている。まあ、大人げなく彼が悪いと言うつもりはないのだけれども。
「なんでラッセンってやつに僕がさらわれなきゃならないのさ」
ただ、あまり仲が良くないことは確かであるにしても、拉致されて害されるというような事をされる覚えはない。治療方針の違いなんてよくある話だし、大発生が終わったあとに接触したことはなかったはずだ。どちらかというとあまり覚えていないといったほうが正しいくらいの関係なのである。
「ラッセン様は、お前が治せると言った兵士が死んだ責任をとり、この砦に常駐しておられる」
「左遷されたんだね、そういうことか」
逆恨みじゃないか、と叫びたくなった。いや、実際にちょっと叫んだ。何故か兵士が僕を憐れんだ目で見ているというのが本当に辛かった。
***
「はー、なんでこうなるかなぁ……」
「いや、すまん」
「よりにもよって白昼堂々と馬車に連れ込むもんだから、絶対に向こうでは大騒ぎだし、これでも僕は領主様とか冒険者ギルドのギルドマスターとかと仲がいいんだよ」
「う……外交問題にはなるよな」
「確実にね……」
あらかた聞きたいことは聞けたので兵士の拘束を解いて愚痴っていると、意外にもその兵士は聞き上手だった。ついつい僕は愚痴を言うのが加速してしまう。兵士の名前はコープスというらしい。
しかし、逆恨みで誘拐されたという怒りよりも面倒臭いというのが本音だった。すくなくともユグドラシル領の人間たちは激怒するだろうし、当事者である僕が巻き込まれないわけないし、すでにかなり面倒臭い状況に陥っているし、おうちに帰りたい。
「なかったことにしたい」
「ラッセン様は何かおかしくなってしまわれたのだ。昔はあんな人ではなかった」
コープスは以前自分の母親を治療してもらった時の話をした。その時はこんな風に部下を蹴り飛ばすような人物ではなかったのだと顎をさすりながらいった。僕はそこに回復をかけてやると、これからどうしようかと思案する。
「これからユグドラシルの町に帰ろうと思うと夜になっちゃうしな」
馬を調達できたとしても夜に走らせるのは危険である。魔物が出る可能性も含めて転倒するかもしれない。どこかで朝まで待つのがいいと思われた。レナがいたら転移ですぐに帰れるんだけどなと思っても、いないものは仕方がない。
「いや、もうなんとかなるだろう。考えるのがめんどうになってきた」
どうせ冒険者ギルドとかが大騒ぎになってくれているはずである。外交的に正式に抗議をするために使者が訪れるかもしれない。僕はこんな状態で物事を考えるのが嫌になったし、今日は屋根のある所で眠りたかった。
「戻るよ」
「え?」
「今日はあの治癒師の小屋で寝るんだ。あ、ラッセンに僕がいることをばらしたら、というか僕に危害が加わったらSランクの魔法使いがこの砦を吹き飛ばすかもしれないから注意してね」
レナならやりかねないと思っている。あの大発生の時に魔物の大軍を吹き飛ばした雷撃の噂はダリア領にまで広がっていそうだった。ユグドラシルの町で情報を収集していたコープスはまたしても蒼い顔をしてコクコクとうなずいた。
本当だったら、こんな人間を信じるというのはおかしな話だけど、この時の僕はなんだか自暴自棄になっていたし、コープスが嘘をついたり僕を陥れたりしそうにないというのが何故か分かった。とりあえず治癒師に今日一日は安静にしておけと言われたと言って、コープスは他の仲間たちをユグドラシルの町へ向かわせ、僕と一緒に小屋に泊まってくれるそうだ。
そのため、今から考えるとあり得ないのだけれども、僕はあの馬小屋の横の臨時の治癒師小屋へ戻って朝まで寝ることにしたのである。これがまずかった。
***
「吹き飛ばしましょう」
「ひっひ、正面突破は嫌いじゃないぞ」
「待て、時間をかけると援軍がくるかもしれん。まずは砦の指揮官の部屋に潜入してだな……」
野営をしながら、ノイマンとミリヤは他の仲間たちの討論についていけていなかった。
「なあミリヤ」
「なに?」
「この辺りがAランクとSランクの違いだと思うんだけどよ、なんかあれを見ているとAランクのままでもいいかなと思っちまうな」
「ええ、そうね。さすがに五人で砦に正面突破とかね」
なかなか情報が手に入らないまま、夜を迎えてしまった。砦の中では連れてこられた人物というのがいるかどうかはまだ分からないが、表立って何かをするような気配は感じられなかった。アレンは地下室にまで侵入したが、特に牢屋に入れられている人物や拷問にかけられているような者もいなかったのである。
「警備はザルだった。あと調べていないのは馬小屋とかくらいだな」
「さすがに誘拐してきたやつを馬小屋に寝かせるわけはないわね」
「さっきロンが通信魔法で明日の朝には正式に抗議の使者が到着するって言ってたさね。やるなら夜のうちさね」
正式な使者が来る前にやってしまえという論調のSランクたちに、ノイマンが唖然としている。ドン引きする二人を放置したまま、Sランク三人は攻撃の順序まで考え始めていた。
「考えていてもシュージが帰ってくるわけじゃないわ! もうとりあえず攻撃しましょう!」
「ああ、なんかそれでいいと思って来た」
「いーひっひ、血がたぎるねえ」
何かおかしい、ノイマンはそんなことを思う。
「ノイマン、キノコ残しちゃだめよぉ」
「いや、俺がキノコ苦手なの知っ…………」
自分のスープからキノコを取り出して箸であーんとしてくるミリヤを見てノイマンは違和感を覚える。ミリヤは人前ではこんな事しないはずだ。人前では。とろんとしたミリヤの目を見てノイマンはある仮説にたどり着いた。
「これっ!?」
レナが採ってきたキノコ。見た目は食用の一般的なキノコであるが、幻覚作用や混乱をきたすマジカルマッシュルームではないか? キノコで腹を壊してからというもの、ノイマンは基本的にキノコは食べない。今回の食事の担当がノイマンとミリヤであったこともあって、ノイマンだけキノコを抜いた状態でスープを作っていたのである。キノコの味がどうしても体に受け付けなくなっていた。
この状況は最悪だ! そう思いながらもノイマンは口に突っ込まれるマジカルマッシュルームを吐き出そうとするものの、ミリヤに何かをあーんしてもらうという貴重な体験を逃してもいいのかという葛藤にて一瞬の隙が生まれる。次の瞬間にミリヤがノイマンの顎を軽くたたき、その衝撃でノイマンはマジカルマッシュルームを飲み下してしまった。
いや、他の奴らも全員食っちまったし、俺だけのせいじゃないよな。正気を保っていた時のノイマンの最後の思考はこれである。
***
轟音がしたのは夜明けだった。
「何!? 何!?」
飛び起きた横で、コープスはベッドから落ちてしまっている。外から聞こえてきたのは魔法により何かが破壊されたような音。僕はその聞きなれた音に嫌な予感しかしなかったために、こんな所で夜を明かしたことを心から後悔した。
「雷撃ぉぉぉぉぉ!!!!」
聞き覚えのある声で西側の城門を破壊しているのはやっぱりレナだった。後ろにアマンダ婆さんとかノイマン、ミリヤの姿も見える。どこかにアレンもいるんだろう。
砦は大混乱に陥っていた。もともと人数がすくない上に、完全に警戒なんてしていなかったのである。吹き飛んだ城門のところへ集合すればいいのか、指揮官の許に集えばよいのか、分からずあたふたしている練度の低い新兵が多かった。ベテランは、すでに城門のところに集合しているようであるが。
「に、……」
「え?」
立ち尽くす僕の横にコープスが来ていた。彼もベテランの領域にあるのかもしれない。すでに鎧をつけている。彼ならば僕の想いを受け止めてくれるかもしれないと思った。
「に、二度寝してきていいかな……」
もう、現実逃避しかない。




