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第十二話:破傷風4

 ポイズンアロートードと呼ばれるカエル型の魔物がいる。その魔物は体はそこまで大きくなく、強いわけでもない。あまり人に害をなさない。ある地方の森の中に生息すると言われている。


 肉には毒素が含まれていて、一口でも食べると死に至ると言われている。そもそも、そのオレンジと黒の斑点模様からして食用にしようと思う人はいなかった。そして、このカエルの魔物は、その内臓の中に毒袋を抱えていた。


「向こうでいう、ヤドクガエルかな。まさか、使うことになるとは」


 僕の見たところ、現在ソアラの痙攣は治まっているけど、絶対に再発してしまうだろう。毒除去アンチドートが効いている自信はなかった。破傷風菌自体はデブリドマンと抗生物質の投与でなんとかなったかもしれないけど、毒素がまだ体に残っている。筋緊張がほぐれていないのがその証拠だった。


 ポイズンアロートードの毒というのは誰でも使うことができてしまう。ちょっとした切り傷でも人を死に至らしめることができるこの毒を、冒険者ギルドが中心となって大陸中で流通禁止としている。ポイズンアロートードの目撃情報があるとギルドの職員が撲滅依頼を出すほどだった。僕らも、その撲滅依頼を受けたことがあって、森の中のポイズンアロートードの討伐というか駆除に向かったことがある。


 だから、この瓶は所持しているのが分かっただけで処罰の対象となりかねない。だけど、毒は時として薬にもなった。



 痙攣を落ち着かせるために、麻酔とか神経抑制の薬だけではなく、筋緊張を解かなければならない。そのために筋弛緩薬きんしかんやくというのが必要となる。現代日本では様々な筋弛緩薬があり、それも全て厳重な管理下で使われている。その筋弛緩薬のはじまりともいうべき薬がヤドクガエルから抽出した矢に塗った毒だった。血液中に投与されたその毒は、全身の筋肉の緊張を解いてしまい、呼吸ができなくなって死に至る。


 逆に、筋緊張を取り除きたい麻酔をかけている手術中に投与されるのが筋弛緩薬だった。これは痙攣の治療にも使うことができる。特に破傷風で筋緊張が亢進している時には必要だった。


「できた」


 初めての製薬である。濃度のことなど詳しいことは分かっていない。そのためにデータも欲しい。このくらいの体格の男性にどのくらい投与すれば筋緊張をほぐすことができるのか。

 人体実験のようで嫌であるが、データがなければこの薬を有効活用することもできない。


 ノイマンとミリヤにも休憩をとってもらい、サーシャとソアラの仲間しかいなくなった病室で少しずつポイズンアロートードの毒から作った筋弛緩薬の投与を開始した。かなり少量から始めたけど、予想の半分くらいの量で効果が出始め、ソアラの筋緊張が解かれていく。バッグを揉む力が明らかに少なくなったと、ソアラの仲間は言った。


「明日の朝まで、交代で頼むよ。睡魔との戦いになるから二人ずつ残して休憩を取ってくれ」

「はいっ!」


 病室にはあと三つのベッドを用意してある。僕はそれをソアラの仲間たちに提供した。サーシャは本日は徹夜でソアラの事を診てくれると言ってくれた。その代わり、朝からは他の人を雇う必要がありそうだった。看護師は最低でも二人は必要だ。



 実はこんな薬が何種類かある。持っているだけでも処罰の対象となるそれを、今までは分かるほどは所持していなかったけど、これからは治療に使っていかなければならない。レナには後で説明しとかなければならないだろうと思う。


 医療は綺麗ごとだけではできないものだった。そのうち生きたオーガかオークなどの人型の魔物を使ってワクチンなどができないかを調べなければならない。だけど、それを見た人がどう思うかは分からなかった。僕は薬の知識を今のところは流通させようとは思っていない。レナを始め、治療に協力してくれる人だけに伝えるつもりでいる。だけど、人手が足りないのも事実だった。とくに製薬魔法が使える人間に仲間になって欲しい。


「灯りを十分に足しておこう」


 この世界には光属性の魔道具による電灯がないわけではないが、基本的にはそんなコストのかかることはできなかった。手術室に一つだけ導入されているけど、病室は基本的に蝋燭か獣油の灯りで対応している。

 治療のために、どんな些細な変化も見逃してはならず、特に医学的知識のないソアラの仲間やサーシャではよく見えない状況は不安だろう。僕も何かあったらすぐに対応できるように、診療所の中の灯りは絶やさないようにした。薬や器具が必要であれば二階まで駆け上がらないといけない。


「レナが起きてきたら、サーシャさんも寝て下さい。先は長いですから」

「分かりました」


 サーシャは人数分のスープを作ってくれた。まだ、ギルドの酒場が開いているから、ソアラの仲間に行かせて僕らの夕食を作ってもらうように言う。レナが起きてきた時にも食べてもらわないといけない。


「命を救うのって、大変なんですね」


 ソアラの仲間がバッグを揉みながらそう言ったけど、僕は返事ができなかった。回復魔法は、簡単だから。



 翌朝に世界樹の雫の投与が終わり、僕は仮眠をとることにした。すでにレナは起きてきてくれていたし、アマンダ婆さんやノイマンにミリヤまで診療所に駆けつけてきてくれている。


「この呼吸をもっと簡単にできる魔道具ってないのかよ?」

「今度、魔道具屋さんに聞いてみましょう」


 バッグの係をしているノイマンとミリヤは二人で楽しそうにしていた。



 僕は朝の内にソアラの血管に針を刺してその血の様子を調べていた。血液検査などできないけど、その血の赤さというのは血液中の酸素の濃度を示すものでもある。呼吸が足りなければ、動脈からとれた血液はあまり赤くならない。ソアラの動脈血は色鮮やかな赤だった。濃さも十分ありそうで貧血はない。これならば、問題ないだろう。十分胸の動きもあって呼吸も問題ない。


 針を刺した所に回復ヒールをかけて止血した。現代日本での医療では、この止血に数分かかるけど、これで終わりというのは魔法の便利な所である。

 ついでに昨日デブリドマンした部分の診察も行ったけど、特に問題なさそうだった。


 破傷風に感染して第三期まで進行してしまうと、一週間以上の集中治療と一カ月以上の入院が必要となる。気管切開した部分の治癒にも時間がかかる。時間がかかりすぎて穴があいたままになってしまう人もいるくらいだった。だけど、その人は治ったわけだからまだマシである。治療が遅れれば簡単に死に至る病だった。


「何かあったら起こしてね」

「分かったわよ」


 疲労がひどい。治療を行って、世界樹まで行って、そのまま徹夜で看病していたのだ。この疲労感は久々だったけど、日本で医者をしていた時にも同じような事はたまにあって、仮眠室でよく寝たものだった。


 ベッドに入り込むと、レナの匂いがした。若い女性の匂いでちょっとクラクラする。そう言えば、さっきまでこのベッドではレナが寝てたんだっけ。


 何故かちょっとだけ幸せになった僕は昼過ぎまで寝てしまった。



 ***



「今回の治療費は私が払うさね」


 遅めの昼ごはんを病室の横の診療室でレナと一緒に食べているとアマンダ婆さんが唐突にそう言った。いや、でもあんたは自分の治療のためにこの前ロンさんが杖を手放したばかりで金が足りないんじゃなかったか? と思っていると、ソアラの仲間たちももじもじしながら僕の前にやってくる。


「経費だけでもそれなりにかかったろう」

「まあね、それにマグマスライムのチューブ一つとってもかなりの額になるし、世界樹の雫には値段がつけられない」


 ここで同情なんかしていられないから僕は正直な話をした。器具を作製した金額をそのまま請求するわけではないけど、使い捨てせざるをえないものだとか薬の値段だとかはこちらが出すわけにはいかない。


「とてもじゃないけど、新人の冒険者に払える額じゃないのは分かってるよ」


 多分、赤字になるのは十分に理解できていた。それでも世界樹の雫とかマグマスライムのスライムゼリーとかは僕らが手に入れてきたものだし、無料とはいかないまでもかなり安くできる。


「だから、私が出すって言うんだよ」


 アマンダ婆さんは新人の借金の肩代わりをすると言っているのだ。だけど、僕にはそのつもりはない。


「まあ、アマンダさんに請求するのはおかしな話ですから。でもサーシャさんの賃金とかは絶対に必要ですしね」


 解決策がないわけでもなかったけど、急なことだ。


「お金の話は治療が終わってからでいいです。それにここは冒険者ギルドの診療所として開業するつもりのところなんですよ。ギルドを通して請求ってなると思いますので」


 まさか初日以前からこんなに重症な患者がやってくるとは思いもよらなかった。僕は診療報酬のことをまだロンさんと話し合っていない。すくなくとも経費は必要で、そうでなければ治療もできないのである。


「だれか、スポンサーが必要だよね」

「スポンサーって?」


 昼ごはんを僕が起きるまで待っててくれていたレナが聞いて来る。お腹すいてたんなら先に食べてたらよかったのに。

 

「冒険者とかの治療費をある程度だしてくれる人だよ。その分、そのスポンサーは治療を受けた人とか受けることになるかもしれない人から名声を得るんだ」

「それに何の価値があるの?」

「例えば、ギルドがある程度治療の費用を出してくれるとするよ? そんな冒険者ギルドはないから、ここのギルドは評判がよくなって冒険者の数が増えるかもしれない。結果、この診療所にお金を出した以上の額を本業で稼ぐことができるかもしれないんだ」

「つまりは宣伝ってこと?」

「もちろん、診療所の評判がよくないといけないけどもね」


 単純な怪我ならば回復魔法で治ってしまう。病気になるのは高齢の人間が多かった。そのために冒険者だけを相手にしていても評判は上がらないだろうけど。


「ふむ、ちょっと考えておこうかの」

「すくなくとも新人の冒険者から巻き上げようなんて思ってませんよ。代わりに素材を調達してきてもらおうかな」


 以前ジャイアントスパイダーの依頼を出したのを思い出したのだろう。他にも新人でも採りに行くことのできる素材は多い。アマンダ婆さんが引率につくというのなら安心でもある。


「おっ、それがいいさね」

「ふふふふ」

「いーひっひ」

「ちょっと、二人とも笑い方が怖い」


 新人教育の一環にしてしまおうと考えたアマンダ婆さんが悪い顔をしている。おそらくは依頼料が少ないものでも利益を上げるために依頼以外でいかに収入を増やすかを叩きこむつもりなのだろう。憐れなソアラとその仲間たちに祈っておくこととする。



 数日後、ソアラの容態が改善し、徐々に筋弛緩薬の量を減らしても問題なくなった。昏睡コーマにこめる魔力量も減らすと、自分で息をするようになってきたのである。


「ようやく、解放か」

「長かったねえ」


 ソアラの仲間たちと交代で二十四時間呼吸の管理をしていたノイマンとミリヤがほっとしたようだった。自分で息ができるようになればもう大丈夫だろう。あとは意識がでるのを待ってご飯をたべたり排せつが問題なかったりとかを確認するだけである。


 結局最後はサーシャさんだけに任せても問題なくなり、気管切開部も回復ヒールであっという間に治ったソアラは二十日間の入院生活を終えたのだった。なまった筋肉はアマンダ婆さんと依頼に出かけることで少しずつ戻していくという。最後まで自分が助かったというのが信じられない様子だった。



 そして僕らの問題も浮き彫りとなる。


「これ、全然儲からないね」

「レナ、そんな事言わないで」



 さて、次に向き合うのは医療費の問題かな。その辺りは現代も異世界も変わらない。今回はほとんど儲けにならなかったけど、それはどうにかして解決していこうと思う。


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