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カフェを出て沖原沙織さんと別れた後、兄と共に搭乗手続きとセキュリティチェックを経て北海道行きの飛行機に足を踏み入れた私は窓際の座席に座った。隣の座席に座った兄は大きく息を吐いた。
「ああいう、ヒステリックな女に痴情のもつれを聞かされるのが嫌なのもあって、ウチは男女間トラブルじゃなく、迷子ペットの捜索依頼を専門でやってるっていうのに……」
「うん。沙織さん、恋愛のことになると豹変するのビックリしたわ」
「まぁ、沖原沙織の依頼目的がはっきり分かって良かった。兄妹でペンションに宿泊して沖原沙織の婚約者であるペンションのオーナー金森実紀夫と従業員、笹野絵里子が恋愛関係かそれとなく観察する。そして死んだ犬の死因も出来れば調べるってことだな」
「沙織さんが私に北海道旅行をすすめた理由に納得出来たわ……。確かに兄妹で卒業旅行なら笹野絵里子さんって女性従業員も怪しまないものね」
依頼と関係ない私に北海道旅行をタダで用意するなんて恐縮だったが、沖原沙織さんの狙いが分かって納得出来た。兄妹の旅行という名目にした方が、笹野絵里子の捜査がしやすいというなら確かに私がいた方が一石二鳥だろう。
普通ならお金がかかるから妹を同行させるなんて提案はしない筈だが、沖原沙織さんは資産家でお金に困った事が無さそうなお嬢様のようだし、その辺りの心配はしなくて良さそうだ。
「沖原沙織は笹野絵里子のことを嫉妬で犬を殺したとか言っていたが……。俺が見た所、沖原沙織の方が嫉妬で被害妄想に陥っているように見えたな」
「うん。沙織さん本人の前では言えなかったけど、まかないでラーメン食べてたから怪しいって、あんまりだと思うわ……。豪勢なディナーよりも、ラーメン食べたい日だってあるだろうし従業員が必ずしもお客さんと同じ物をまかないで食べるとは思えないわ」
特に客が高級ディナーを食べていた場合は、まかないで同じ物を食べていたら従業員の食費がかかって仕方ない。資産家のお嬢さまと一般人は感覚が違うのだろうかと、私たちは兄妹でぐったりと肩を落とした。
「しかし、ペンションを経営しているオーナーが住み込みの若い女従業員と……。というのは状況的に婚約者である沖原沙織が二人の仲を疑ってもおかしくない。というか、仲を疑うようなそぶりが色々とあった可能性もある。まぁ、従業員女性が嫉妬で犬を殺したというのは沖原沙織の思い込みによる事実無根の濡れ衣である可能性も高い訳だが……。念の為、その線も疑うべきだろうな」
「依頼者である沖原沙織さんが一番、疑ってる点だし調べない訳にはいかないわよね」
「尤もおまえはあくまで卒業旅行でやってきたということになってるし事実、そうなんだから旅行を満喫してくれればいい」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、協力できることがあれば協力するわよ?」
「まぁ、怪しいことがあればコイツが反応するだろう」
兄は視線を自身の肩に向ける。肩の上には赤茶色い仔犬のコロちゃんが相変わらず、べったりと貼りついて自分が注目されたことに気付き嬉しそうに尻尾を振り出した。
「コロちゃん。鼻が良いものねぇ……。それにしてもやっぱり重いの?」
「重くて仕方ない」
「これって、やっぱり付いてるというより『憑いてる』って状態なんでしょうね」
兄の言う事をよく聞いて探偵業務の捜査に役立ってくれるコロちゃんだが、兄に言わせれば地縛霊だか浮遊霊だかよく分らない存在という仔犬のコロちゃん。
人間の役に立っている使役されている状態なんだから私は犬神だと思うのだが、こうして移動中は頑なにへばりつき兄にダメージを与えている所を見ると、もしや悪霊的な要素もあるのだろうかという疑念も生じる。
しかしコロちゃんの顔を見れば『悪気はまったく無い』と言わんばかりの無邪気な様子なのでやはり悪いモノには見えない。
「コロちゃんは不思議ね。生きてる頃はどんなだったのかしら?」
「さぁな。何しろコイツは喋ることが出来ないからな。意思疎通の出来るタイプもあるが、この犬っコロは違うようだ。まぁコイツが四六時中、ベラベラと耳元で喋るようなモノだったら例え探偵事務所の業務が滞ることになっても全力で除霊するけどな」
「キューン……」
コロちゃんは兄の言ってる事を理解したようで耳を伏せて悲しそうにプルプル震え、つぶらな瞳をうるませ涙目になっている。
「ちょっと! 可哀想なこと言わないでよ! コロちゃんが怯えてるじゃないの! 大丈夫よコロちゃん。何も悪いことしてないんだし、ちゃんとおりこうさんにしていたら問題無いわ」
「クゥーン」
落ち込むコロちゃんをなだめていると機内アナウンスが流れ、飛行機はゆっくりと動き出して離陸と共に私たちは機上の人となり暫し、雲の上から見下ろす景色を楽しんだ。