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「増えすぎた鹿によって環境破壊がそんなに深刻になっていたなんて……。何か解決策はないの?」
「環境保護だけ考えるなら、有効だと思える手段はあるんだがな……」
「えっ? どんな方法があるの!?」
私が弾かれるように顔を上げれば、兄は自身のアゴを手で触りながら黒い前髪の奥で黒曜石色の目を細めた。
「参考になる例として……。アメリカのアイダホ州、モンタナ州、ワイオミング州にかけて存在している広大なイエローストーン国立公園では1926年にオオカミが殺された記録を最後に、現地ではオオカミが絶滅した。そしてその後、大型の草食動物であるワピチというアメリカ赤鹿などの個体数が増加して森林の環境被害が深刻になっていった」
「天敵のオオカミがいなくなったことで、鹿が増えて森林の食害が大きくなってきた。日本と同じ状況だったのね……」
「ああ。そして、アメリカ赤鹿の個体数が増える半面、アカギツネの個体数は減少した。さらに、水辺に生息していたビーバーは絶滅寸前になった」
「なんでアメリカ赤鹿が増えたからって、アカギツネやビーバーの数が減るの? 直接、関係があるとは思えないけど?」
アメリカ赤鹿が草食動物ならアカギツネやビーバーが直接の被害を被るとは思えない。それなのに何故、アカギツネとビーバーの個体数が減少したのか皆目、見当がつかず私は首をひねった。
「オオカミは家畜を襲う害獣として駆除され絶滅したが、オオカミと同じイヌ科のコヨーテは絶滅していなかったんだ。そして、生き残っていたコヨーテは自分より体長が遥かに大きいアメリカ赤鹿を襲わず、狙いやすいサイズのアカギツネを捕食していった。さらに言えば、コヨーテの天敵はオオカミだ。人間によって天敵のオオカミが完全に駆除されたことでコヨーテの個体数も増え、被害に遭うアカギツネの数も増加したことから、アカギツネの個体数減少に繋がったんだろう」
「コヨーテに捕食されたアカギツネの個体数が減ったのは分かったけど、ビーバーは? 水辺に住むビーバーがどうして絶滅寸前になったの?」
「ビーバーの天敵はコヨーテなんだ。やはり、増加したコヨーテに捕食されてビーバーも数を減らしたと考えられる」
「オオカミが絶滅した余波が、アカギツネや水辺の生き物であるビーバーにまで及んでいたのね……」
「当時の人間は家畜を襲う害獣であるオオカミさえ駆除すれば丸く収まると考えていた訳だが、実際にオオカミが絶滅するとオオカミが捕食していたアメリカ赤鹿の増加による森林の食害、環境破壊。コヨーテの増加。アカギツネやビーバーの深刻な個体数減少と次から次へと問題が噴出した」
「今起こってる日本の状況とすごく似てるわね」
「ああ。そこで、このまま手をこまねいていては状況が悪化する一方だと危機感を持った関係者たちは、イエローストーン国立公園の生態系を以前の正常な形に戻すのが最善だと考えた」




