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「ここで鉛弾を使っていた奴にはクギを刺しておいた……。二度と鉛弾を使用しないように、関係各所にも目を光らせるように連絡も入れる」
そういえば兄はエゾ鹿に仕込まれた毒によって、鳥獣たちが死んでいることを以津真天に訴えられ、鹿の遺体に毒を仕込んでいる相手に毒のせいで生き物が死んでることを伝えると約束していた。
ペンションを経営している金森さんにしてみたら妙な噂が立ったり、警察などから目を付けられたくはないだろうからこれ以上、鉛弾を使うのはきっと辞めてくれるはずだ。それに調理担当の笹野絵里子さんも念押ししてくれると言ってたから、鉛弾に関しては大丈夫だろう。
「もう、この山で鉛弾が使われることはないはずよ! つまり、エゾ鹿に鉛の毒が仕込まれることもないわ。良かったわね!」
「……シカシ、他の場所では変わらずに鳥獣の屍肉に鉛の毒を仕込んデ、人間は無為に生き物を殺し続けるのダロウ?」
「それは……」
以津真天に問いかけられ、返答に窮する。鉛弾を使っていた金森さんは、この場所で鉛弾を使用するのをやめてくれると思うが、確かに他の場所では変わらず鉛弾を使用するハンターがいるのだろう。
そしてまた死ななくて良いはずの生物が鉛中毒になり死んでいくのを分かっていながら、私にはどうすることもできない。言葉に詰まった私たちを見据えた怪鳥、以津真天は遠い空の向こうに視線を向けると大きな翼を羽ばたかせ周囲に冷たい風を巻き起こす。
「イツマデ……。イツマデ……!」
怪鳥、以津真天は高い声で鳴くと巨大な翼を広げて、傾いた日差しを浴びながら蒼穹の彼方へと飛び去っていった。私と兄は以津真天の翼から落ちたいくつもの黒い羽が風に吹かれて舞い上がるのを視認しながら、徐々に遠くなっていく怪鳥の姿を茫然と見送った。
初めて会った時、以津真天は、鉛の毒で死んだカラスやオオワシの死骸を見ながら嘆いていた。また、どこかの空の下で鉛弾の二次被害で鉛中毒になり苦しみながら死んでいく生き物たちの死体に寄り添い「イツマデ、イツマデ……」といつになったら鉛の毒で生き物が死ななくなるのかと鳴き続けるのだろうか。
前に兄が『太平記』や江戸時代の妖怪絵師、鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』について話してくれた時、以津真天という妖怪は、打ち捨てられたままの遺体の怨念が変異して妖怪になった物なのだという趣旨のことを話していた。
ならば鉛の毒によって死んだ鳥獣たちの死を悼んでいた怪鳥、以津真天は人間が安易に使った鉛弾によって鉛中毒になり、苦しみながらゆっくりと時間をかけて命を失った生き物の慣れの果てなのか。




