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 兄の言葉を聞いて雪山で見たオオワシの姿が脳裏に浮かんだ。私と兄が近くに来たというのに動くことができず、かろうじて樹の幹に寄りかかり立っていた。そして尾羽は緑色のフンで汚れていた明らかに衰弱していたオオワシ。


「あの時、見たオオワシは鉛を飲み込んでいたせいで急性鉛中毒になっていたから、私たちが近寄っても極度の貧血で動けず、腹痛などの症状で衰弱していたのね……。鉛の『毒』……」


 自分で呟きながら雪山で怪鳥、以津真天(イツマデ)がカラスやオオワシは『人間が鹿に仕込んだ毒で死んだ』と言っていたのを思い出した。


 わざわざエゾ鹿の死体に毒を仕込む人間がいるなんて信じられなかったけど、毒は確かに存在していた。私は毒と聞いた時、てっきり何らかの毒薬のような物を鹿の遺体に仕込んでいたのかと思っていたけど、そうじゃなかった。鹿を撃った弾丸の素材である鉛その物が毒だったのだ。


 以津真天(イツマデ)が言っていた『毒』とは猟銃の『鉛弾』だった。そして『鉛の毒』によって失われる必要のない鳥獣の命までもが間接的に殺されていたのだ。私が唖然としていると、沖原沙織さんは震える指先で自身の口元をおおった。


「ねぇ、待って……。このペンションで飼われていた北海道犬も、オオワシと死因が一緒ってことは……」


「ああ。三匹の北海道犬も鉛中毒が死因だ。レントゲン写真に写っている通り、体内に鉛弾が入ったことで急性鉛中毒を起こしたんだ。獣医師の所見だ。間違いない」


 封筒から取り出した書類をテーブルの上に出しながら冷静に答える兄を見て、金森さんは歯がみして睨みつけた。


「真宮……。約束が違うじゃないか?」


「北海道犬の遺体については『目視で異常がなければ解剖はしない』と言っていたが、ご覧の通りレントゲン写真で異常が見受けられたので血液検査は行った。解剖まではしてない。まぁ、血液検査で高濃度の鉛反応が出ている訳だし、レントゲン写真にもはっきりと金属片の影が写っているのだから、解剖すれば確実に鉛弾の欠片が出てくると思うが」


「おまえは……」


 金森さんは苦虫を噛み潰したような表情で忌々しそうに兄をにらみつけている。そうか、金森さんはきっと自分が狩猟で殺したエゾ鹿の死肉を北海道犬が食べたという可能性も頭にあったはずだ。


 しかし、遺体を解剖して死因が判明すれば自分の責任を問われる。だから死んだ犬の遺体解剖に断固として反対していたのだろう。


「でも、おかしいわよ! 野生のオオワシやカラスなら鹿の死肉を食べるんでしょうけど、ここで飼ってた犬なのよ! エサは飼い主が与えていたのに鉛みたいな異物が混入するなんてありえないはずよ! そうでしょ? 実紀夫さん!?」


「沙織……」


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