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その後、私と兄の都合の良い日程を沖原沙織さん伝えればペンションの部屋にちょうどキャンセルが出て空いていたそうで、私と兄はさっそく飛行機で北海道に行く事になった。
神楽坂駅にやって来た私と兄はなんと仔犬のコロちゃんを肩に乗せている。
「いつ見ても面白い光景よねぇ」
「こっちは重くてたまらん」
ハッハッと可愛らしいピンク色の舌を出しながら、無邪気な瞳で兄の肩に乗っかっている赤茶色い仔犬は霊体なので普通の人には見えない。だから周囲の人は兄がやや猫背になっている理由など皆目、見当もつかないだろう。
霊体なのだが見えているし触れる事もできる兄がこうして肩に乗っかられると、精神的な圧迫感と共に物理的にも重く感じるらしく、仔犬とはいえ大型犬種らしいコロちゃんは中々のサイズだ。その重みを肩で感じている兄の眉間の皺は非常に深くなっていた。
「長距離移動の時はそこが定位置みたいねぇ」
「そうらしいな……」
「もしかして、こうなるのが嫌だったから沙織さんの依頼を断ろうとしてたの?」
私が質問するとほとんど同時に駅のホームに電車がやって来た為、兄から返答を聞くことは出来なかった。東京メトロ東西線の一番ホームから東葉勝田台行きと表示してある電車の一両目に乗り、日本橋、泉岳寺、京急蒲田を通過し、神楽坂から出発して一時間ほどで羽田空港国内線ターミナル駅に到着した。
「あー。やっと到着した。神楽坂駅から、ほぼ一時間か。このまま飛行機に乗るの?」
「いや、沖原沙織がここまで来てるそうだ」
「真宮くん!」
「あ、沙織さん」
ウワサをすれば何とやら。というかスマホをいじっていた兄は沖原沙織さんと連絡を取りあっていたんだろう。沙織さんの手にもスマホがしっかりと握られていた。
「久しぶりね。ナオミちゃん」
「お久しぶりです!」
ファーがついた白色のロングコートを美しく着こなしている沖原沙織さんは、コートのポケットにスマホを入れると屈託なく微笑んだ。
「沙織さん。何て言うか本当にありがとうございます! おかげで北海道へ卒業旅行に行けるので!」
「こちらこそ、ナオミちゃんには感謝してるのよ。あれだけ渋ってた真宮くんに依頼できたんだから。北海道行旅行と引き換えと言ってはなんだけど、お願いしたい件もあるの」
「お願い?」
「まだ飛行機が出るまで時間があるから、カフェでコーヒーでも飲みながら話しましょう?」
沖原沙織さんに先導されエスカレーターで上階に行き、何やら高級感のあるカフェに連れて来られた。店内は磨き上げられた床に淡いグレイのソファ、そしてテーブルは大理石製だった。レトロ感のある暖色系の照明の光を浴びている観葉植物や高級感のある金色のラインが入った店内装飾に目を取られている内にカフェ店員がやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「私はプレミアムコーヒーで。真宮くんは?」
「俺も同じ物を。コイツは紅茶。……セイロンティーでいい」
沖原沙織さんと兄はすぐにコーヒーを注文し、私がコーヒーを苦手にしているのを知っている兄はさっさと私が飲む紅茶も注文してしまった。まぁ、実際コーヒーのような苦い飲み物をわざわざ飲もうなんて思ってないし、どちらかと言えば私は紅茶党なので構わないのだけど。
折角ふだんは中々、入店しないようなカフェに入ったのに勝手にオーダーを決められたのを不満に思った私は少し唇をとがらせながらメニューをチラ見して、兄と沙織さんが注文したプレミアムコーヒーについての説明文を心の中で読み上げた。
やがて有機栽培豆を焙煎して淹れられたというプレミアムコーヒーがカフェ店員の手に寄って運ばれ、白い湯気と芳ばしい香りを漂わせるコーヒーが兄と沖原沙織さんの前に置かれた。いかにも上質そうな白磁器のコーヒーカップとソーサーには、鮮やかな青色で上品な絵付けが施されている。
どこぞの海外製、王室御用達メーカー。もしくは有名な日本製の高級食器メーカーのシロモノに違いない。私の前には白磁器に淡いピンクとグリーン、そして金彩が施されている素敵なティーカップとソーサーが置かれた。
カップの取っ手をつまみ、熱い湯気を立てる琥珀色の紅茶に息を吹きかけて冷ました後、ティーカップを傾ければ熱いセイロンティーがノドから流れ込み身体を内部から温めてくれるのを感じる。美味しい紅茶でほっと一息ついた私はセミロングの黒髪を片耳にかけてコーヒーを飲んでいる沖原沙織さんに視線を向けた。
「あの……。兄から大体、話しは聞いたんですが。沙織さんの婚約者が飼っていた犬の件を兄に依頼されたんですよね?」
「ええ。実は私の婚約者、金森実紀夫っていう名前なんだけどね。彼とは大学時代に同じサークルで知り合って、お互いに犬好きってことで意気投合して。結婚を前提にお付き合いして現在はナオミちゃんも知っている通り、彼とは婚約中なんだけど……。彼の所で立て続けに死んだ犬って言うのは元々、私の実家で飼っている二匹の北海道犬から産まれた仔たちだったの」
「そうだったんですか……」