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毛皮のコートを身にまとい、高らかにブーツの音を鳴らしながら食堂に入ってきた沖原沙織さんと視線が合い、軽く会釈して頭を下げると沖原沙織さんはセミロングの髪を揺らして悠然と微笑んだ。
「千香ちゃん。人数分コーヒー持ってきて」
「あ、はい」
テーブルの椅子に座りながらオーナーである金森さんが、ウェイトレスの横塚千香さんに指示を出すと厨房にいたポニーテールの美人、笹野絵里子さんもカウンター越しにこちら見た。そこで初めて沖原沙織さんがいることに気付いた笹野絵里子さんは驚愕し、目を見開いた。
金森さんの婚約者、沖原沙織さんとこのペンションで調理を担当している笹野絵里子さんは面識があるし、笹野さんは金森さんとの仲に嫉妬しているという疑いを一方的にかけられていたことを考えれば、笹野絵里子さんから見た沖原沙織さんの印象はあまり良くない物なのかもしれない。
ほどなくしてホットコーヒーが運ばれ、沖原沙織さんと金森さんの前に熱い湯気が立つ白磁器のコーヒーカップが置かれた。沖原沙織さんはカップの取っ手を指でつまんで、軽く息を吹きかけてから一口飲むとすぐソーサーの上にカップを戻した。
「それで真宮君。連続死した三匹の北海道犬の死因を教えてちょうだい」
「その前に見せたい物がある」
「見せたい物?」
「これだ」
兄は手にしていた茶色い封筒と青い封筒を沖原沙織さんと金森さんに見せると、すでに封が開いている青い封筒から中身を取り出してテーブルの上に置いた。木製テーブルの上に置かれたのは白黒のレントゲン写真だ。
そのレントゲン写真に撮られているのが、何かの生物だということは分かるが胴体部分がアップになっていてカエルの脚のような骨、ウサギの胴体のような形の肋骨がかろうじて分かる位で全体のシルエットすら表示されてない状態では全貌を把握するのは不可能に近い。
黒地にぼんやりと白色の骨格や内臓らしき影が浮かび上がるレントゲン写真をいくら見ても、シロウト目には何の生き物なのか全く判別できず皆、首を傾げた。
犬の骨格とは違うようだし、明らかに人間のレントゲン写真ではない。突然、謎のレントゲン写真を見せられた沖原沙織さんは意味が分からないといった顔で当惑しているし、金森さんも眉根を寄せている。
「真宮君、私がお願いしていたのは犬なんだけど、この写真は犬の物じゃないわよね?」
「ああ。だが、これも犬の死因と関係がある」
「え? どこが関係あるっていうの?」
「この部分だ」
沖原沙織さんに質問された兄はレントゲン写真の中央下部分、胴体の『みぞおち』らしき部分を指さした。よくよく見れば、そこには小さいが白い影がハッキリと写っている。
「何、この白い影は? 骨や臓器すら透き通った状態でぼんやり写ってるのに、こんな鮮明に影が写ってるなんて一体……?」




