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「な、なんで沖原沙織さんが」
呆然としながら窓の外を見て、あんぐりと口を開けている間にも沖原沙織さんは颯爽と歩き出した。さいわいペンションの前はしっかり除雪されてるので、足が雪に埋もれることも滑ることはない。
ペンションの玄関から室内へと入る毛皮のコートを来たセミロングの美人にひとまず挨拶すべきだろう。私は椅子から立ち上がり食堂のドアを開けた。すると、ちょうどロビーの受付にいたペンションオーナー金森さんが突然現れた沖原沙織さんの姿を見て目を丸くしていた。
「沙織!? どうしたんだ? 今日、来るなんて一言も……」
「昨晩、急遽ここに来るのを決めたの。私が突然来て迷惑だったかしら?」
「いや、迷惑なんてことは無いけど……」
そう言いながらも金森さんは唖然とした様子で、婚約者である沖原沙織さんが何の前触れもなくやって来たことに戸惑いを隠せないようだ。
「ねぇ、実紀夫さん。私の実家から持っていった北海道犬の仔たちは元気?」
「もちろん元気だよ。さっき、スタッフルームでエサをあげた所さ」
「エサ? ちゃんと栄養バランスを考えて与えてる?」
「そりゃあ、元気な猟犬に育ってほしいからね。今朝もドッグフードと一緒に、ミンチにした鹿肉を少し混ぜて出したら美味しそうに食べてペロリと平らげたよ」
「そうなのね。あの子たちを大切にしてくれて嬉しいわ。元々は私の家で産まれた仔達ですもの。私にはあの仔たちが幸せになるのを見届ける義務があるもの」
「ああ、分かるよ。君の家で育った犬から産まれた仔たちだからこそ、僕も大事に責任を持って育ててるんだ」
「実紀夫さん……」
沖原沙織さんが、うっとりとした瞳で頬を赤らめオーナーの金森さんはにこやかに沖原沙織さんを見つめ返している。相思相愛の美男美女がとても良い雰囲気で距離を詰める。
そして、沖原沙織さんの手が金森さんの腕に触れた時、二階から空気を読まない宿泊客が降りて来る足音が聞こえた。階段の方に視線を向ければ、空気を読まない宿泊客は私の兄だった。兄の姿を見た沖原沙織さんは軽く目を見開いた。
「真宮くん! ここで死んだ三匹の北海道犬の死因が分かったんでしょう!?」
「ああ。判明した」
落ち着き払って頷きながら階段を降りた兄の手には色違いの大きな封筒が二つあった。さっき、二階に荷物を取りに行くと言っていたのはきっとあの封筒のことだったのだろう。そんなことを考えているとペンションオーナーの金森さんは兄の言葉に驚愕し詰め寄った。
「えっ、本当なのか真宮!? しかし、どうやって死因を……? まさか、犬の死体を解剖したのか!?」
「いや、解剖はしてない。まぁ、ロビーで立ち話もなんだ。食堂で話をしよう。ちょうど宿泊客の朝食が終わったようだし」
こうして兄の提案で沖原沙織さん、ペンションオーナー金森さん、私の兄は食堂に入った。兄の言う通り朝食を食べ終わった宿泊客が入れ替わりで全て出て行ったことで、食堂は私たちの貸し切り状態となった。まぁ、犬の死因なんて話題について触れるのだから宿泊客がいない場所で話をするのは当然の配慮だろう。




