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温かいベッドに入って就寝した私は翌朝、少し遅い時間に起床して兄と共に身支度を整えて一階に降りた。すでに他の宿泊客たちが食事を取っている。私たちが降りてきた時間が遅かったので、ちょうど朝食を終えた宿泊客や、食後のコーヒーを飲んでいる人が多いようだ。
私たちが食堂のテーブルについたのを確認したウェイトレスの横塚千香さんは、即座に厨房で調理を担当している笹野絵里子さんにオーダーを通したようで、ほどなく私と兄の前にはオレンジジュースとキツネ色に焼けた芳ばしいパン、カリカリに焼けたベーコンと黄金色のスクランブルエッグに新鮮なサラダが添えられている朝食を運んでくれた。
使い切りのバターのフタを開けて、先が丸くなっている銀色のナイフでバターをすくい熱いパンの上に乗せれば、固形だったバターはこんがりと焼けているパンの熱でトロリと溶けた。
「ところで何時ごろ、ここを発つの?」
「ああ。やることをやってからだな?」
「やること? そういえば以津真天に毒の件を解決するみたいな約束したのってどうなったの? 約束したのに放置して帰るのは良くないと思うんだけど?」
「心配しなくても以津真天との約束は守る」
「でも今日、ここを出るつもりなんでしょう?」
そんな会話をしていると私たちの食事が終わる頃を見計らって、ウェイトレスの横塚千香さんが食後の飲み物を持ってきてくれた。木製のテーブルに置かれた白磁器のカップを持った兄は食後のホットコーヒーに口を付けた、私もいつも通り熱い紅茶を飲む。
ふと窓から外を見れば晴れ渡ったサファイア色の空に大小さまざまな積雲が浮かんで濃い陰影と太陽の日差しを受け輝いている輪郭のコントラストが実に鮮やかで目に眩しい。
都会と違って空気が澄んでいるせいだろう。蒼空の色も純白の雲も何もかもが美しい。針葉樹や広葉樹が広がるこの雪山の景色も今日で見納めかと寂しく思っていると、このペンションに近づいてくる車が見えた。黄色い車体に赤いライン。車の上部には丸い球状の物体が取り付けられ、社名が表示されている。どうやら地元のタクシーのようだ。
「ペンションの宿泊客かしら?」
「来たか」
「え?」
兄は白磁器のカップに残っていたコーヒーを飲み干すと、ソーサーにカップを置き席を立った。
「ちょっと二階の部屋に荷物を取りに行く」
「荷物を? もう出立するの?」
「いや、その前にやることがある。おまえはここで待ってろ」
「うん?」
まだ出立しないのに荷物を持ってくるとは、どういうことなのか意味が分からず首を傾げているとペンションの前にとまった黄色いタクシーのリアドアが開いた。何となくタクシーに視線を向けていると後部座席から、まず灰色のファーが付いたハイヒールのブーツを履いた形の良い長い脚が出てきた。
ヒザ下までがブーツに覆われているにも関わらず素晴らしい曲線美の持ち主だと確信できる。そしてタクシーから降り立った素晴らしい曲線美の女性は毛皮のコートを身にまといながら、肩にかかる艶やかなセミロングの髪を軽く自身の手で払った。ハイヒールのブーツで雪山に来るなんて正気の沙汰とは思えない。しかし、その女性の顔に私は見覚えがあった。
「沖原沙織さん?」
タクシーから降り立った曲線美の女性は私と兄がここに来る切っ掛けとなった依頼者、沖原沙織さんだった。




