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夕方、バードウォッチングを終えてペンションに戻ると、玄関に飾られているオオワシやオジロワシの剥製が視界に入った。初めてここに来て、この剥製を見た時は生きているのかと見まごうばかりの迫力とその大きさに圧倒されたが、絶滅危惧種であり個体数があまりにも減少し続けていることや、事故で命を落とし続けている個体が後をたたないという事実を知った後だと、何とも言えず切ない気持ちになる。
そっとオオワシの剥製に手を伸ばして、黄金色のくちばし付近から生えている白い羽や頭頂部から生えている茶褐色の羽に触れようとした時、食堂のドアからポニーテールの美人、笹野絵里子さんが私と兄の姿を見て笑顔を見せた。
「おかえりなさい。あ、ちょうど良かったわ。真宮さんにお届け物よ」
「え、私?」
「宛名は真宮ユウトさん。あなたのお兄さんよ。二つ預かってるから、はい」
ロビーの受付台の中に入り屈んだ笹野絵里子さんは、ロビーの棚に仕舞われていた大きな茶色い封筒と青色の封筒を兄に手渡した。兄は封筒に貼り付けられている伝票を見て、宛名が自分であることを確認し頷いた。
「ああ。確かに」
二つの大きな封筒を受け取った兄と共に私は階段を上り、客室に戻った。兄は色違いの封筒をテーブルの上に置いた。
「ねぇ、そのの封筒ってなに?」
「今から確認する。それより、夕食までまだ少し時間がある。風呂に入ったらどうだ?」
「そうね。長時間、海風に当たったんだからお風呂に入った方が良いわよね。海の潮風に当たり過ぎるとお肌に良くないらしいし」
こうして私は兄に促されたのもあり、先にお風呂に入ってゆっくりと温まり汗を流した。このペンションには明後日まで滞在予定だけど、なんだかあっという間だ。
せっかく来たんだから残る所、あと僅かな時間を無駄にしないように過ごさないと。そう思いながら熱い湯船に浸かって身体を温めた後、お風呂から出て全身を白いバスタオルで拭いて、着替えタオルで髪を乾かしながら脱衣所を出た。すると客室の窓辺に立った兄はスマホで誰かと電話をしていた。
「ああ、そうか。分かったじゃあ」
「誰と話してたの?」
ちょうど私がお風呂から出たタイミングで電話の相手とは会話が終わったようだ。スマホを耳から離したのを見て後姿に声をかければ、振り向いた兄は少し方眉を上げた。
「上がったのか。仕事の話だ」
「ふーん」
「あと明日、ここを発つからそのつもりで、いつでも出立できるように準備しておいてくれ」
「え! 明日!? 急じゃない?」
予定では明後日まで、このペンションに滞在すると聞いていた。突然の帰宅宣言に驚く。
「物見遊山はもう充分だろう? どうしてもと言うなら、帰る前に札幌市内か小樽あたりで観光するか?」
「いや、観光地巡りがしたいとかじゃないけど、なんで明日? もしかして、仕事が入ったから東京に戻らないといけないの?」
「別にギリギリまで居ても良いんだが。どうせ明日になれば、このペンションには居づらくなるだろうからな」
「は?」
兄の言葉の意味がまたもや分からない。私は首を傾げながら一応、言われた通り荷物をまとめた。その後、食堂に降りて夕食は笹野絵里子さんが作ってくれた猪肉と鹿肉のハム、山菜の盛り合わせ、帆立貝柱などの魚介類がたっぷり入ったシーフードのパスタ、鹿肉のステーキなどを美味しく頂いた。




