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しかしこれ以上、ここで私が何か言ったところで簡単に心を入れ替える様な殊勝な性格ではないということも分かっている。長々と苦言を呈しても時間の無駄だろうし、曲がりなりにも社会人として生計を立てている人間にこれ以上、ああだこうだ言わなくても大丈夫だろう。たぶん。
「そういえば……。笹野絵里子さんは恋人がいるから、沖原沙織さんが言ってた金森さんとの仲に嫉妬してって線は無さそうよ」
「ああ、らしいな」
「知ってたの?」
驚いて目を丸くすると兄は何でもないことのように軽く頷いた。
「今朝おまえが寝てる間にな……。朝食の時、ウェイトレスの横塚千香に聞いた」
「あ、そうなんだ……」
「おまえは笹野絵里子、本人から聞いたのか?」
「うん」
「そういうのは本人に直接、聞くな。本人が隠したいと思ってる場合は嘘をつかれて終わりだ」
「それはそうかも知れないけど、別に良いじゃない。結果的に笹野絵里子さんは無関係っぽいし……。でも笹野絵里子さんと犬の連続死が関係ないとなると何が原因なんだろう?」
「まぁ、その辺はもう大方の見当はついてるが……」
「嘘! マジで!?」
「ああ、恐らく間違いないだろう。実に単純なことだ」
「ちょっと、教えてよ! 北海道犬の連続死の原因って何?」
私は身を乗り出して鼻息荒く尋ねたが、兄は冷淡な目でこちらを一瞥すると両手を組んでまぶたを閉じた。
「現時点では俺の推測に過ぎない。ちゃんと証拠が出たら改めて説明する。机上の空論をいくら話したところで、確たる証拠や物証がないのでは虚しいばかりだからな」
「証拠が出たらって、そんなのいつ出るのよ!?」
「急かさなくても数日中には手元に届く筈だからな。あとは待つだけだ」
「待つだけ? もう調べなくて良いの?」
「ああ、もうやるべきことはやった」
「でも、怪鳥のことは? そういえば以津真天が言ってた『毒』のことは?」
「それも同じことだ。証拠が届き次第、全てがつまびらかになる」
兄が言うには、もうこれ以上はやることがないと言うけど、せっかく掘り返した犬の遺体は解剖せずに目視で済ませるというし怪鳥、以津真天の件もこれ以上は調べる気が無さそうなのがどうも腑に落ちない。こんなことで本当にやるべきことはすべてやったと言えるのだろうか?
とはいえ、依頼人である沖原沙織さんから捜査依頼を受けたのは兄だ。本人が自信を持って事件の核心をつかんでいるというなら私もそれを信じるしかない。それにしても、ずっと一緒にいたのに私には未だに事件の全貌が分からない。果たして本当に解決するのだろうか?




