30
一通りの段取りが終わった兄は私と共に二階の客室に戻った。部屋に入ると兄は客室に置かれている椅子に座り両腕を組んだ。
「これであとは待つだけだな……。死んだ北海道犬の遺体を獣医師が検査すれば、死因は明らかになるだろう」
「でも、金森さんに遺体の解剖はしないって言ったわよね? いくら動物専門のお医者さんでも見ただけで死後、日にちが経ってる犬の死因って分かるものなの? そもそも金森さんの飼ってた犬って三匹とも外傷がなかったから凍死って判断されたんじゃなかったっけ?」
「まぁ、ただ普通に目視しただけでは、死因の詳細は分からないだろうな……」
「やっぱり! せっかく遺体を掘り返して獣医さんに見てもらうのに、中途半端な目視だけなんて意味がないんじゃないの?」
依頼主の沖原沙織さんは笹野絵里子さんが犬を殺害したのではないかと疑っていた。私は笹野絵里子さんに恋人がいるということを本人から聞いたから、少なくとも沖原沙織さんとオーナー金森さんの仲を嫉妬して犬を殺したなんていう嫌がらせや逆恨みが動機なんていうことは無いと思っている。
しかし、北海道犬が短期間の間に三匹連続で死んでいるという状況は普通ではないということは分かる。せっかく原因が解明できそうな機会があるならば、それを逃すのは勿体ない。
それにエゾ鹿の周囲で死んでいたカラスやオオワシの死骸が脳裏によぎる。怪鳥が主張していた『毒』があるならその『毒』が金森さんの飼っていた北海道犬の死に関係している可能性もあるんじゃないだろうか。
もし、北海道犬たちの死因が『毒』だとすれば目視のみで死因が分かるとは思えない。そう思いながら尋ねれば兄は小さく息を吐いた。
「犬の遺体を掘り返すのと獣医師の検査に金森の承諾はどうしても必要だったから仕方ない。だが、獣医師の元にさえ送ればこちらの物だ」
「え? まさか、無許可で遺体の解剖をするつもりなの!?」
遺体を解剖すれば不明だった死因も明らかになる可能性が高いが、その件について金森さんは前向きではなかった筈だ。
獣医師の元にさえ送ればこちらの物ということは、最初から金森さんの意思を尊重せずに事を進めるつもりだったのか。私がギョッとして問いかければ兄は不敵な笑みを浮かべる。
「俺個人の独断で何の確証も無しに遺体解剖をやることはない。ちゃんと手順は踏む」
「それなら良いけど……。前科が付いたりするのだけは止めてよね?」
「善処するさ」
なんだか胡散臭い政治家が質問を煙に巻く時の常套句のような返答をされて、私は思わず眉を潜めた。万が一、金森さんの許可なしで遺体解剖に踏み切った場合。金森さんが激怒して警察に訴えれば、恐らく器物損壊罪あたりが適用されるんじゃないだろうか。
実の兄に前科が付くというのは妹として回避して欲しい事態なのだけど、この飄々としている兄は本当に分かっているのか不安になる。




