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 やはり、金森さんのようなイケメンの婚約者を持ったばっかりに沖原沙織さんが心配し過ぎてしまったのだろう。ひとまず、笹野絵里子さんが三匹もの北海道犬を殺害したという可能性は無さそうで安堵した時だった。ロビーの方から何やら男性が口論しているような声が聞こえてきた。


「あなたのお兄さんが帰って来たのかしら?」


「そうですね。ちょっと見てきます」


 食堂のドアを開けると、そこにはやはり兄がいた。しかし何やら剣呑な雰囲気だ。よくよく見ればロビーの真ん中でペンションのオーナー金森さんと兄が、きつく眉根を寄せて対峙している真っ最中だった。


「金森……。もう一度言うが、死んだ北海道犬は解剖して死因をはっきりさせるべきだ」


「もう埋葬してから日にちも経ってるし、墓を掘り返す気はないと言っただろう! おまえもくどいな!」


「しかし、おまえの婚約者、沖原沙織もこのままでは納得できないままだろう。専門家が亡骸を見た上で『異常は無かった』と言えば、沖原沙織だって納得してくれるはずだ」


「それはそうかも知れないが、すでに死んでいる愛犬をこれ以上傷つけるのは嫌なんだ……」


 金森さんはくちびるを噛んでうつむいた。確かにただでさえ愛犬が亡くなって辛いのに、その死体を掘り起こして再び亡骸を見る。まして遺体を刃物で切るというのは、何とか折り合いをつけようとしていた心の傷に塩を塗り込むも同然に違いない。


 かたくなに犬の解剖を拒否する金森さんの様子に兄は自身のアゴに手をかけ、少し考え込むそぶりを見せてから再び金森さんに視線を向けた。


「ならこうしよう。遺体解剖をするために犬の墓を掘り返すのではなく、あくまで獣医師に目視で異常がないかを確認してもらう為に遺体を出すんだ」


「目視で……」


「もしも異常があれば改めて検分するが、外から見て異常が見つからないなら亡骸にメスは入れない。これなら良いだろう? 俺だって、いたずらに死んだ犬の亡骸を傷つけたいと思っている訳じゃない。獣医師が問題なかったというお墨付きさえくれれば、おまえの婚約者は納得するんだ」


「そうだな……。それなら」


 しぶしぶといった様子で了承した金森さんに、兄は目を細め穏やかな笑みを浮かべた。


「じゃあ、決まりだな。埋葬した犬の墓の場所を教えてくれ」


「ああ、ペンションの裏だ。ついて来てくれ」


 どうやら兄は金森さんに亡くなっている三匹の北海道犬の墓を掘り起こす際の立ち合いと、遺体の検証をする許可をもらっていたようだ。


 すでに死んだ犬の亡骸とはいえ、法律的には敷地内に埋葬してある金森さんの所有物という位置づけにあるであろう、犬の亡骸を無断で掘り起こして解剖するというのことを独断で実行した場合は最悪、窃盗罪や器物損壊罪に問われる可能性があるだけに、金森さんの了承を取り付けるのは必要不可欠だったに違いない。


 こうして兄は金森さん立ち合いの元、北海道犬の亡骸が入った木箱を掘り起こした。雪山の土の中に埋められていた北海道犬の亡骸は実質、冷凍保存されていたようなもので腐敗や痛みは一切なく非常に状態が良かった。遺体の具合が良好だったことにホッと息を吐いた兄は、三匹の北海道犬の亡骸を獣医師の元に送った。

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