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 兄が肉食禁止時代の隠語について説明した瞬間、床で大人しく寝そべっていたコロちゃんが即座に顔を上げて黒い瞳を大きく見開き、シングルベッドの上に飛び乗り窓際に立つ兄と向き合った。


「あら、コロちゃんは肉の話題だったから『肉』って単語に反応しちゃったのかしら?」


「いや……。これは」


 窓の外は夜の森が広がるばかりだが、赤茶色い犬のコロちゃんは普段たれている耳をピンと立てて、真っ暗な森をじっと見つめて注意を払ってるように見える。


「コロちゃん?」


「行ってみるべきだろうな……」


「え?」


 兄は白いカシミヤのマフラーを手早く首に巻くと黒いダウンジャケットに袖を通し、黒い手袋と懐中電灯を手に取った。


「おまえは……。ここで待ってろ」


「今から外に出るの!?」


「ああ」


「一人で待ってるなんてできないわよ! 私も行くわ!」


 慌ててパステルカラーのダウンジャケットを着て防寒装備を整えた私は、ランタンを持って兄と共に客室を出て階段を降り、ペンションの外に出た。


 玄関の扉を開けると外は凍てつくような寒さだ。実際、雪が降り積もっているのだから、長時間じっとしていれば間違いなく凍死するに違いない。


 雪山の寒さに顔を引きつらせていると、赤茶色い物体が私の背後から飛び出し駆けていく。よくよく見れば、それは仔犬のコロちゃんだった。


「あっちか……」


「えっ? ちょっと待ってよ!」


 駆けるコロちゃんの後を兄が追い、その後方から私はランタンを持って一匹と一人を追う形となった。さいわい満月の光と近くにあるスキー場の照明が明るいので森の中でも、完全に真っ暗闇という訳ではないのはありがたかった。


 コロちゃんは雪の中、一定の距離を移動しては背後の私たちがついて来ているのか振り返り、距離が縮まると再び森の奥を目指して駆けていくという行動を繰り返した。


「それにしても、足場が悪いな……。これだから雪山は」


「スノーブーツだけど長時間、雪山を移動するのはやっぱりキツイわね」


 二人とも雪慣れしてないので移動だけでも結構な体力を使う。しかも、コロちゃんを追っている内にかなり森の奥に入ってしまった。かろうじて小高い丘の上にあるペンションの灯りが見えるけど、かなり遠い所まで来たのが分かる。


 これ以上、森の奥に入ると帰り道が分からなくなってしまうんじゃないかという不安が頭をよぎり出した時。前方の坂を走っていた筈のコロちゃんが、雪の上でおすわりしている後姿が見えた。私は息を切らせながら駆け寄った。


「やっと追いついたわ。コロちゃん。一体なにが……」


「こいつは」


 雪の上でお座りしているコロちゃんがじっと視線を向けている先には灰褐色のエゾ鹿が冷たい雪に半ば埋もれる形で横たわっていた。


 雪に埋もれたエゾ鹿の瞳は虚ろに開いていたが、胴体からは白い肋骨がむき出しになっており、エゾ鹿の灰褐色の毛皮は一部がズリ落ちていて本来ある筈の肉はほとんど綺麗に失われている。


 エゾ鹿がすでに絶命しているのは誰の目から見ても明らかだった。鹿の腹部から流れた血液は降り積もっている雪が吸い込んだんだろう。胴体付近の雪は薄っすらと色を変えている。


「こ、これって……」


 白い肋骨をむき出しにしている鹿の遺体が転がっているという光景に私は思わず息をのんで、やや後ずさりした。しかし、兄は構わず鹿の遺体に近寄り懐中電灯で鹿の遺体を照らして検分を始めた。


「カラスだ」


「え?」


 兄が呟いたので私もつられるように懐中電灯で照らされている先を見れば、何匹かの黒いカラスが雪の上で絶命して転がっていた。


「なんでカラスが死んでるの? 雪山の寒さに耐えかねて、凍死したのかしら?」


「いや、それにしては妙だ……」


 眉間にシワを寄せて兄は周囲に転がっているカラスの死骸を確認した後、鹿の遺体を注意深く見つめてた。しかし、空洞と化した鹿の胴体に何かあるとは思えない。


 私は無残な鹿の遺体を見ていられなくて、ランタンの灯りで照らしながら周囲の樹々に視線を向けた。すると近くに生えている樹の傍に何かがいるのが見えた。


「あ、なんでこんな所に?」


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