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「大きな鳥って、オオワシとか?」
私が尋ねれば金森さんは表情を曇らせながら首を横に振った。
「僕が見た鳥は日が沈みかけていたせいでシルエットしか分からなかったし、すぐに飛び去ってしまったから詳しい特徴は把握できなかったが……。その鳥は翼を広げた状態で幅が5メートル近くはあった」
「5メートル!? そんなに大きい鳥が北海道にいるんですか?」
「いや、あんな巨大な鳥は北海道にはいない筈なんだ。北海道にいる大きな鳥と言えば大鷲や尾白鷲、大白鳥や丹頂だが、大鷲は翼を広げても250センチほどだし、尾白鷲は180センチほど、大白鳥も250センチ弱、丹頂にいたっては70センチ弱だ」
「確か、世界的に大きな鳥として知られるアンデスコンドルでさえ翼を広げた大きさは3メートル、ワタリアホウドリが3,5メートル。翼を広げた状態で5メートル近くある鳥なんて世界的にも確認されてないはずだ」
金森さんの説明を受けて、兄は手で自分のアゴを触り考え込みながら補足した。つまり、金森さんが見た5メートル近くあるという大きな鳥の存在は現実的に考えればありえないということになる。
「でも僕は確かに、この目で巨大な怪鳥の影を見たんだ! そしてその怪鳥が気味の悪い鳴き声を叫びながら飛び立った後、雪の上で横たわっていた犬の状態を確認したら、すでに犬は死んでいた……」
「その大きな怪鳥が仔犬を殺したんですか?」
「いや、死んでいた犬に外傷は無かった。警察に言っても外傷が無いなら雪山で仔犬が凍死したんだろうと……。大きな怪鳥についても話したんだが、夕暮れ時の雪山で大鷲の影を見間違えたんだろうと相手にしてもらえなかったんだ。僕以外にも異様に巨大な鳥を見たというハンターが何人もいるのに」
「そんな……」
「僕はすでに三匹も愛犬を亡くしている。でも、正直あんな怪鳥のことを婚約者の沙織に話して怖がらせてしまったらと考えたら、怪鳥の件は彼女に伝えられなくてね……。いや、話しても実際にこの目で見ないことにはとても信じられる話じゃあないだろう?」
「確かに、警察ですら信じてくれなかった事柄っていうのは話しにくいですよね……」
肩を落として落ち込んでいる金森さんに同情した。例え、自分で見たとしても証拠がなければ周囲の人はこんな話、信じてくれないだろう。
私や兄はたまに本来ありえない筈のモノを認識するから、金森さんの話を聞いてもそちらの可能性を疑うし、金森さんの目に偶然それが認識されてしまった可能性を真っ先に考えるが、下手をすれば信用を失いかねない証言だろう。
「それと深夜に森から、あの怪鳥らしき不気味な鳴き声が聞こえてくるのも気になっているんだ……」
「不気味って、どんな鳴き声なんですか?」
「それが奇妙なことに『イツマデ』って、まるで人間の言葉を片言で叫んでいるような鳴き声なんだ」
「いつまで……?」
確かにそんな鳴き声の鳥というのはちょっと聞いたことがない。オウムや九官鳥、セキセイインコのように人間の声マネをする鳥なら、そういう声音で鳴くこともあるだろうけど5メートルもの大きさがある鳥が人間の言葉を話すなんて普通ならば、ますますありえない話だ。
「夜に森から鳴き声が聞こえるなら、確認しに行かないといけないな……。金森、夜道でも外を歩けるようにランタンか懐中電灯。できれば両方、用意してくれないか?」
「それは構わないが大丈夫か? 夜の雪山で外に出るなんて……。僕もついていこうか?」
「いや、おまえにはペンションのオーナーとしての仕事もある訳だし、こちらに付いてばかりもいられないだろう」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、くれぐれも夜の雪山で遭難しないように気をつけてくれよ?」
「ああ。足を伸ばすにしても基本的にペンションの光が見える範囲にするつもりだ。到着したその日に極寒の雪山で深夜に長時間の外出は俺も避けたい」
「そうか……。じゃあ、ランタンと懐中電灯など必要な物は出しておこう。外出する時は防寒をしっかりしてくれよ。後、念の為にGPSも用意しておくから外出するときは身につけておいてくれ」
「分かった」




