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 紅茶とコーヒーをそれぞれ飲み終わった私と兄は、ペンション二階の201号室に戻ることにした。食堂を後にし木製の階段を上ろうとした時だった。カチャッカチャと騒がしい音が近づいてくるのが聞こえ、何事かと視線を向ければ二匹の白い仔犬がこちらを目指して一目散にやってくる所だった。


「可愛い~!」


 思わず床に両ヒザをついて手を広げれば、二匹の白い仔犬は「クゥ?」と鳴き声を上げ短い尻尾を嬉しそうに振り、私の手にじゃれついてきた。


 小さな体の割に大きな足は成犬になれば大きなサイズになることを物語っている。そうと分かっていても仔犬特有の今にも転んでしまいそうなぎこちない歩き方、つぶらな黒い瞳と鼻息をスピスピとさせながら好奇心旺盛な様子で私のニオイをクンクン嗅いでいる姿、何もかもが愛くるしい。


 二匹の仔犬に興味をひかれたのだろう。兄の肩にいたコロちゃんも床に飛び降りて、二匹の白い仔犬のニオイをかぎだした。赤茶色い仔犬と、白い仔犬が床をピョコピョコと歩き回る様子に私は思わず身もだえた。


「この犬たちは……」


「ああっ! 参ったな、スタッフルームのゲージに入れてたのに脱走したのか!」


 兄が言いかけた瞬間、食堂のドア側からペンションオーナー金森さんの声がロビーに響いた。


「金森さん……。この仔犬はペンションで飼ってる仔たちなんですか?」


「うん。僕が猟をする関係でね。猟犬が必要だから、ちょうど北海道犬が産まれた所から譲ってもらったんだ」


 ペンションオーナー金森さんは苦笑しながら近づいてきた。


「とっても可愛いワンちゃん達ですね」


「ありがとう。……とはいえ、宿泊客が滞在してるペンション内で犬を自由に歩かせる訳にはいかないから、基本的にスタッフルームに入れてるんだけどね。さ、おまえたち戻るぞ」


「クゥーン」


「キューン」


 金森さんに抱かれた二匹の白い北海道は悲しそうな鳴き声を上げながら回収され、通路奥のスタッフルームへと連れていかれた。私は名残惜しい気持ちを感じながらも兄と共に二階の宿泊室に戻った。部屋に戻ると私は室内にある椅子に座る。


「沖原沙織さんは料理人の笹野絵里子さんが怪しいって言ってたけど、全然そんな風に見えなかったわね……」


「初対面で何もかも分かるとは思えないが、沖原沙織の推測は頭の片隅にとどめておく程度で良いだろう。先入観を持って物事を見すぎると冷静な判断は出来ない」


「そうよね。それにしてもペンションオーナーの金森さん、あれだけ爽やかなイケメンなら沖原沙織さんが笹野絵里子さんの嫉妬を疑うのも無理ない気もするわ」


「金森に惚れたのか?」


「いや、さすがに婚約者がいる人を好きにはならないけど、正直ちょっとカッコいいな~って思ったわ」


「……おまえは男を見る目が無いな」


「なっ! 失礼ね!? そういう風に人をさげすんだ目で見て、失礼な事ばっかり言う人と金森さんみたいに優しい笑顔で接してくれる人なら絶対、後者の方が良いに決まってるじゃない!」


 そんなだから恋人の一人も出来ないのよ! という言葉が咽喉元まで込み上げていたが、かろうじて飲み込んだ。せっかくの旅行先で同伴者と険悪な状態になどなりたくない。


 年齢的には二十歳をとっくに越えてるくせに、いつまでも子供っぽい兄に代わって私が大人の対応をすべきだろう。無神経男のデリカシーの無い発言に一々、腹を立てていては切りが無い。


「とにかく、沖原沙織さんに依頼されてたこのペンションオーナー金森実紀夫さんが飼っていた犬、三匹が死んだ件。ちゃんと調べないとね」


「ああ、夕食後にちゃんと話を聞こう。その為に金森と約束を取り付けたんだ」


「もし雪山で凍死したんじゃないとすると、ペンションの関係者が関わってる可能性が高くなるわよね。そうなると沖原沙織さんが言ってたように料理人の笹野絵里子さんやウェイトレスの横塚千香さん。それに急病で休んでるっていう男性従業員もいるらしいし……」


「何はともあれ犬の飼い主である金森本人に話を聞かない事には、何も分からないからな。その上で関係者、全員から証言を聞こう。依頼者である沖原沙織が納得するような証言が得られれば良いが……」


「犬の死因だけでなく、笹野絵里子さんが金森さんに片思いしてるんじゃないかって言う疑惑って、沖原沙織さんの勘違いだったら何気に面倒よね」


「まぁ、こちらとしては証言と物証を集めて淡々と報告するだけだ」

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