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極楽戦争 - End of End  作者: 富士見永人
序章「天上天下」
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 紅麗那(くれないれいな)。白虎学園三年F組、出席番号八番。ぼくよりひとつ年上の十八歳。百六十五センチ、B型の獅子座。赤みがかったセミロングの髪から出たピアスだらけの耳が印象的な女性。《一騎当千》の称号を持つ、玄人先輩、水無月飛鳥(みなづきあすか) と並ぶ学園三強の一角。そして、ぼくの憧れの存在……

 紅麗那は誰にも支配されていなかった。座学の成績は決してよくはなかったが、その圧倒的な戦闘力で敵を常に鎧袖一触(がいしゅういっしょく) してきた白虎学園の戦の要として、教師の中でも彼女をぞんざいに扱う者はいなかった。上層の連中も、要組の面々も、校内最大勢力である帝派の人間でさえ、彼女を一目置いていた。彼女は自由だった。猫のように愛くるしい顔をしているが、ひとたび戦場に出ると獅子のごとき強さで敵を翻弄(ほんろう)し駆逐する(性格も自由気ままで、前世はネコ科の動物かなんかだったんじゃないかと思う)。やや筋肉質でまったく無駄のない、戦闘で磨き抜かれた女豹(めひょう)のごときしなやかな肉体。そして何よりも彼女は、この学園の誰よりも戦を楽しんでいた。古典の授業で習った論語の一節、『これを知る者はこれを好む者に()かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず』。この好戦的かつ攻撃的な性格こそが彼女の強さの源なのだろう、とぼくは思っている。

 ぼくが彼女と出会ったのはもう一年以上前のことだ。今でこそ学園の不良グループは玄人先輩率いる要組の傘下だが、当時は群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の戦国時代で、要組とライバル関係にあった《番場(ばんば)組》の連中が鈴子を校舎裏へ連れ出し、五人がかりで殴る蹴るの暴行を加えていたことがあった。おそらく玄人先輩を倒すために利用するつもりだったのだろう。当時から鈴子とは同じクラスだったが、今とちがって特に仲がいいというわけではなかった。だが仮にも女の子を五人で袋だたきにするという凶行(きょうこう)を見過ごしてはおけず、義を見てせざるは勇なき也、八木師匠から(たまわ)ったぼくの拳が(うず) いている、と当時一年生で怖いもの知らずだったぼくは半ばヒーロー気どりで突撃した。が、漫画じゃあるまいし、現実の喧嘩で五人を相手に戦うというのは自殺行為に等しかった。いくらぼくが八木師匠の下で武術の修業を積んでいたとはいえ、相手も軍学校の生徒。素人ではないのだ。当時のぼくが攻撃を見切れたのはせいぜい二人が限界で、その隙に三人めに背後から襲撃されたらもうアウト。事実一分もしないうちにぼくは頭をしばかれて地べたに突っ伏していた。何も変えられなかった。鈴子が不良五人に殴られ蹴られ蹂躙(じゅうりん)されるという未来を変えられなかった。ぼくはヒーローにはなれなかった。

 そんなときだった。突如「ばあーん」という、気の抜けたようなソプラノボイスとともに不良のひとりの頭に缶ジュースが直撃した。中からこぼれ出たアセロラジュース(一日分のビタミンC、血のようにまっ赤な果汁百パーセント!)が、不良の顔を赤く染めた。「だめだぞー。群れてるからって油断しちゃ」と、大きな杉の木の上でひとりの赤髪の女性が小馬鹿にしたような顔で言った。彼女は高さ四メートル近くもありそうな枝の上から飛び降り、猫のように柔らかく体全体を使って衝撃を吸収し着地した。ぼくの女神様が降臨した瞬間だった。この頃の彼女はまだ二年生だったが、すでに戦で数多くの武勲(ぶくん)をあげ、早くも《一騎当千》の称号を与えられて学園最強候補の一人と言われていた。そして……数分後、不良生徒五人は彼女一人に完膚なきまでに叩き伏せられていた。五対一なら《一騎当千》にも勝てると踏んでいたのだろう。一騎当千とはただの称号で、実際にひとりで五人も同時に相手できるはずがないと。だがそんな彼らの希望は見事に打ち砕かれた。五人同時に襲いかかっても彼らは紅麗那の敵ではなかった。出鱈目(でたらめ)な強さだった。(ちょう)のように舞い獅子のように狩る、そんな表現が相応しかった。何かの冗談かと思った。たしかに彼女の名は縁人の耳にも届いていたし、白虎学園の生徒ならその名を知らない者はいないほどの有名人だったが、実際にその眼で見ることによってはじめて彼女が《一騎当千》と呼ばれる理由がわかった。もともと強くてかっこいいお姉さんが好みだったぼくにとって、彼女はまさに戦乙女(ヴァルキリー)、いや戦女神(アテナ)だった。

 数日後、麗那先輩に一目惚れしたぼくは意を決して彼女に告白した。女性に愛の告白をしたのは生まれて始めてだった。結果は惨敗、みごとにふられてしまいました。彼女曰く、弱い男には興味がないとのこと。ばっさり。それからぼくは少しでも彼女の気をひくために軍事教練に精を出し、課外教練にも参加し、自己鍛錬に励み、特別訓練キャンプにも参加したりと血のにじむような努力をし、数カ月後ぼくを袋だたきにした不良連中相手に多少てこずりはしたもののなんとか全員倒すことに成功した。少しは彼女にふさわしい男になれたんじゃないか、今度こそ認めてもらえるんじゃないだろうかと勘違いしはじめ、二度めの挑戦をした結果一次審査はパスしたらしく、彼女は戦いを挑んできた。しかし結果はさんざんだった。なんというか、まったく相手にならなかった。この学園で彼女に勝てる人類がいるとしたらせいぜい玄人先輩か水無月飛鳥くらいのものだが、彼らは麗那先輩には興味がなさそうだった。そもそも彼女自身が色恋に興味があるのか疑問である。花より団子ならぬ花より戦を地で行く人だ。


「昨日大変だったみたいだねえ。調査隊が反乱軍の待ち伏せで壊滅状態だったとか。私もいきたかったなあ」

 麗那先輩は、極盛(ごくもり)牛丼をほおばりながらぼくに言った。彼女の爆弾発言で辺りは静まり返った。

「麗那先輩が行ったら反乱軍がかわいそうですよ」

 周囲の空気を読まずにぼくが続けると、麗那先輩は破顔した。

「あはは。大げさだなあ。縁人くんはー。わかんないよ? 私だって人間だもの」

 どこかで聞いたようなフレーズだったが、この人はすでに人類を卒業していても不思議ではない。

「不謹慎ですよ。紅さん。まるで戦争を楽しむかのような発言は」神楽先輩が釘を刺した。

「え? だって楽しいでしょ? 戦争って」

 何を言ってるんだ、この女は? と、その場にいたぼく以外の全員がそう思ったにちがいない。麗那先輩は心底不思議そうな顔だった。周囲がまた静寂に包まれたが、彼女はかまわず続けた。

「だから戦ってるんでしょ? みんな戦いたくないのに戦争してるの? なーんで?」

 そう言って、麗那先輩は不敵に笑っていた。神楽先輩は言葉を失っていた。

 周囲の誰もが何も言わなかった。下手なことを言って『戦=コミュニケーション』の麗那先輩に眼をつけられるのは嫌なのだろう。

「麗那先輩は本当に戦好きなんですね。そんなに戦いが好きなら、次の掃討作戦に志願すればいいんじゃないですかね」

 ぼくは冗談まじりに言ってみた。そう、酉野先生も言っていたが、《赤》の調査隊が反乱軍に壊滅させられたことを受けておそらく上は赤と反乱軍双方の掃討作戦の準備を進めている。このことは生徒の間ではもう噂になっていた。

「もちろんよー。そんなのあったら是非行ってみたいわあ」

 麗那先輩は心底楽しそうに(うなず)いた。彼女の笑顔は太陽のように明朗快活だったが、その輝きの中にはどこか暴力的で禍々(まがまが)しい光が見え隠れしていた。まるで照らす者すべてを焼き尽くすような……

「縁人くんも参加するよね?」

 墓穴を掘った、とぼくは後悔した。麗那先輩の容姿や性格、そして何よりも威風堂々としたその生き方にぼくは惚れこんでいたが、彼女のような戦好きではないし、昨日の惨状を見たせいもあってかリスクの高い掃討作戦はできることなら避けたいと考えていたのだ。後悔先に立たず。軽はずみな言葉が命取りに……

 ぼくが言葉に詰まっていると、神楽先輩が助け舟を出した。

「答える必要はないですよ。縁人さん。いや、答えてはだめです」


 びしゃっ。


 突然、神楽先輩の顔が、そこだけスコールにでも降られたかのようにずぶ濡れになっていた。水も滴るいい男。いや、彼女は女性だが。

 ぼくの目の前には麗那先輩の左手があった。その手に握られたコップの淵から残されたわずかな水が、円卓の上に(したた)り落ちていた。

 要約するとこうだ。《麗那先輩が神楽先輩の顔に水をぶっかけた》。

「今は私が縁人くんと話してるんだよ。……外野はひっこんでろ」

 いきなり冷淡な声で麗那先輩は恫喝(どうかつ)した。彼女の顔から笑みが消えていた。

「貴様……」

 神楽先輩は負けじと麗那先輩を睨み返す。鋭い視線がぼくの前でぶつかり合い、火花を散らしていた。一触即発。間に挟まれたぼくは生きた心地がしなかった。

 しかしぼくは勇気をふりしぼって仲裁を試みる。

「やめてください。麗那先輩。神楽先輩はぼくの友人です。ぼくは殴られても蹴られても踏まれてもいいですが、ぼくの友人を傷つけるというなら……貴女はぼくの敵です」

 麗那先輩は心底意外そうにきょとんとしていた。本当に裏表のない人だ。いくらぼくが麗那先輩に惚れているとはいえ、彼女がぼくの友人に非礼をはたらいたことに変りはない。過ちを(いさ)めるのもまた愛なのです。もしここで殺されても、我が人生一片の悔いなし。

「あははははははははははははははははははは」

 ぼくがそんなヒロイズムに浸っていると、麗那先輩は突然腹をかかえて爆笑しはじめた。何がそんなにおかしいのか、目じりに涙まで浮かべて笑い転げていた。が、ぼくには彼女がなぜかとても嬉しそうに見えた。

「縁人くんかっこいーなー。お姉さん惚れちゃったかも」

「えっ」

 ぼくはたじろいだ。

「冗談だよ」

 ぼくの細やかな希望は一瞬で(つい)えた。(はかな)い夢だった。人の夢と書いて、儚い。

「でも、もし一緒の任務でかっこいいところを見せてくれたら、わからないかもね」

 麗那先輩の笑みは、先ほどの明朗なものとは明らかに違っていた。あの不良五人を叩きのめした時と同じ、嗜虐(しぎゃく)的な笑顔だった。

 ぼくは思った。これは彼女からの挑戦状だ。もしここで逃げてしまえば、彼女はもうぼくへの興味など失ってしまうにちがいない、と。

「……来る、よね?」

 ふたたび迫られる運命の決断。

 数秒ほど逡巡(しゅんじゅん)したのち、ぼくは答えを導き出した。

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