表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極楽戦争 - End of End  作者: 富士見永人
第三章「天道是非」
51/99

3-11

 どかーん、と、いきなり間近に雷でも落ちたかのようなものすごい轟音(ごうおん)が、ぼくの鼓膜に強烈なタックルをおみまいした。

「なんだ! 何が起きた!」

 周囲のギャラリーはもちろん、終零路までもが、事態の急変に思考が追いつかず、うろたえていた。

 ぼくの頭は、まだ割れていなかった。

 爆発の影響か、終零路のふりおろした斬馬刀は、わずかに軌道が()れ、ぼくの左耳を()ぐにとどまっていた(それでも耳がもげて流血していたし、とても痛かったが)。

 爆発のした方向を見やると、先ほどぼくが隠れていた倉庫の手前の地面が、雷でも落ちたかのようにえぐれており、そこから黒い煙が立ちのぼっている。

「捕虜の虐殺は軍規違反ですよ、零路さん」

 反対側の校舎の裏から、弾頭を失ったロケット砲を持った赤月瑠璃が顔を覗かせていた。

 終零路はしかめっつらで赤月瑠璃に向きなおり、彼女をにらみつけた。

「危ねーじゃねーか、ルリルリ。まちがえて当たったらどうしてくれんだよ」

「そのときはごめんなさい」

 挑発なのか天然なのか、赤月瑠璃は表情を変えずに、ただ律儀(りちぎ)にぺこりと頭をさげた(深い謝意や敬意を示す最敬礼角度・四十五度)。

 そしてロケット砲の発射台を捨て、ふわりと軽やかに、彼女は宙を舞う。

 背中に差した一対の小太刀を逆手に持ち、地面ですでに帰らぬ人となっていたであろう月野に向けて一閃。

「あ……」

 眼の前にいきなり現れた《それ》を見て、ぼくの思考は瞬時に凍りついた。

 その黒い塊、ぼくの眼の前に無残に転がってきた《それ》は、先日の蒼天音のように怨嗟(えんさ)に満ちていたわけではなく、ただ、悲痛と苦悶(くもん)に満ちた、時間の停止した、月野の顔。ただし、首から下を失った。

「介錯、しました」

 月野の赤い生の証を(まと)った一対の小太刀を持ち、赤月瑠璃はぼくと終零路の間に割って入るように、立ちふさがる。

「なーんだよ、ルリルリ。せっかくいいところだったのにー。なんで邪魔するかなー」

 露骨に不服そうな顔をした終零路が、口を(とが)らせていた。

「捕虜の虐殺は軍規違反ですよ、零路さん」

 対照的に相変わらずの無表情で、赤月瑠璃はそう返した。

「そりゃさっきも聞いたっつの。おれ様は脱獄しようとした捕虜どもに天誅(てんちゅう)を下してやったまでだ。捕虜の脱獄は軍規にふれちゃいねーってのか?」

「脱獄しようとしたら殺していいという軍規はありませんよ。もう一度、生徒手帳をよく読み返しておくべきですね」

「なんだよなんだよ。おまえ一体どっちの味方なんだ?」

 ますます怪訝(けげん)そうな顔でそう言ってから、終零路は合点(がてん)がいったように手をぽんとたたいた。

「ははーん。そういうことかよ。最近校長どもの横暴にしびれを切らして校内でクーデターやらかそうと企んでる連中がいるって噂は聞いてたが、てめーらの仕業か」

 赤月瑠璃は無表情ながらも心底疑問、とでも言うように首を傾けた。

「何の話かよくわかりませんね。私は眼の前で非人道的な虐殺が起きているのを放っておけなかっただけですよ。さて、彼を解放していただきましょうか。これは命令です。生徒会副会長としての」

「いやだっつったらどうすんだよ。あー?」

 おもしろそう、とでも言いたげに、終零路が笑う。この男も麗那先輩の同類か。三度の飯より戦好き。麗那先輩と会ったら一体どうなることやら。

 赤月瑠璃は、両手に持った小太刀をすばやくつなげ、両切刀を作りだし、冷たく告げた。

「上官への反逆罪で、あなたを裁かなければなりませんね」

「やれるもんならやってみろよ」

 終零路は、赤い網を纏った愛刀を、まるで野球の素振りのように思い切り振りまわす。こびりついた月野の血や臓物が飛散し、ぼくや赤月瑠璃、周囲のギャラリーにふりかかった。

 それを目くらましにするように、終零路が、奇声とともに赤月瑠璃にとびかかる。

「ひぃやっはあああああ」

「やれやれ。こんなところでもたついている暇はないんですが」

 終零路とは対照的に、うんざりという感じに、しかしすばやく反応して、赤月瑠璃は終零路の大振りすぎる必殺の一撃を(かわ)した。あの神楽先輩ですらぼくと連携してようやくかすり傷を負わせるのが限界だった《首刈り》に、そんな見え見えの一撃が通用するはずがない。

 周囲はすっかり盛りあがってしまい、《首刈り》対《人割り》、一騎当千クラスの猛者どもの戦いでまた博奕(ばくち)が行われているようだった。彼らはぼくを放そうとせず、状況が改善したとは言いがたい。

 しかし赤月瑠璃がもしここで終零路を倒せば、この烏合(うごう)の衆は彼女の命令に従い、ぼくを解放するかもしれない。寿や酉野先生を殺した憎いやつだけど、今は彼女が勝つことを願うしかない。がんばって、ルリルリ。

「あなたの動きには相変わらず無駄が多いですね。攻撃の軌道が素直すぎます」

 終零路の巨大な斬馬刀による斬撃は、受ければ武器ごと相手をまっぷたつに切り裂く恐ろしいものだけれど、当然当たらなければ意味はない。しかし終零路が力だけの筋肉バカなら、今ごろ彼はここに立っていないだろう。

 斬撃を受けることができなければ、当然避け続けるしかない。何度か終零路の動きを見ていてわかったが、彼は防御面においても優れているようだった。斬馬刀で(すき)の多い攻撃を繰り返しているにもかかわらず、赤月瑠璃の両切刀による嵐のような連撃をしのいでいる。重たい斬馬刀でさばき切れない分は、両腕両足を使って防いでいた。おそらく服の下に鉄甲でも仕込んでいるのだろう。

 だが、戦況は明らかに赤月瑠璃が押していた。

 ぼくのような打撃一辺倒の兵士にとって人間ばなれした頑丈さを誇る終零路は天敵のような存在だが、漫画じゃあるまいし、いくら何でも刃物が通じないということはないだろう。心臓を突いたり頸動脈を切断すれば当然死に至るし、忍ちゃんのように筋肉という鎧を無視して内臓に直接打撃を加えられる達人にとってもそれは同じだ。

 人間を薪のようにたたき割る怪物も、赤月瑠璃や忍ちゃんのような《達人》は天敵というわけだ。

 回を重ねるごとに、赤月瑠璃の攻撃が、致命傷とまではいかなくても、終零路の四肢に、地道にダメージを積み重ねていく。点々とフィールドに吸いこまれていく、終零路の赤い(しずく)の数々。

「くそったれがああああ!」

 だんだん追いつめられてきているのか、終零路は憤然(ふんぜん)と叫びだす。

「こら、てめーら! ぼさっと見てねーで手伝えよ! これは試合じゃねーんだぞ! おれとこいつとどっちの味方なんだよ! こいつは反逆者だ、見てわかんねーのか! 裏でこっそり白虎のやつらとつながってやがったんだ! クーデター起こした連中に味方すんのかよ、てめーらは!」

 どよめきが、起こった。

 まずい。真相はちょっと違うけれど、ぼくをかばって戦う彼女が白虎学園とつながっていたと周囲に勘違いされても何らおかしくはない。

「人聞きの悪いことを言わないでくださ」

「おい、後ろ!」

 ぼくは思わず叫んだ。

 最後まで彼女のセリフを待っていたら、彼女は背後から串刺しにされていたかもしれない。

 ギャラリーの中のひとりがいつの間にか刀を抜き、赤月瑠璃の心臓をひと突きにせんと襲いかかっていた。

 ぼくの声に反応したのか、それとも迫る殺気を感じとったのかはわからないが、とにかく赤月瑠璃はすばやく反応して、その一撃をぎりぎりのところで(かわ)した。彼女のちょっと癖のある白い髪が、白銀の刃に切断され、何本か宙を舞った。

 身の危険を感じたのか、彼女の表情から、わずかだが焦りの色が見えていた。

「そうら、見たことか。こいつらデキてやがったんだよ。さんざん軍規軍規ぬかしやがって。一番軍規に背いてんのは政府軍におれらを売ろうとしてる、てめーの方じゃねーか」

 流れが、変わってしまった。

 周囲から向けられる、かつての仲間たちの疑惑と敵意の視線。

 半分真実のせいか、言い訳しても無駄だと悟ったのか、とにかく赤月瑠璃は反論しなかった。

 ぼくには赤月瑠璃の行動が理解できなかった。ぼくを見捨ててこの場で脱獄罪かなんかで適当に裁いてしまえば、彼女は自分の潔白を証明できるかもしれない。しかし彼女はそれをやろうとしない。かつて自分が生き残るために非戦闘員の夢葉を人質にとった人間としては、行動が矛盾している。彼女がぼくを殺さずにおくのは、何か理由があるのだろうか。

「よーしよし。それでいいんだよ。軍規なんかどうでもいいから、ここでふたりとも殺っちまおうぜ。上にはおれ様からうまく言っといてやるからよ。さっきのポニーテール女はすぐだめになっちまったから、今度はこいつをじっくり(なぶ)り殺して楽しもーぜ。おめーらも、規則規則うるさかったこいつやあのクソ眼鏡に嫌気が差してたんだろ。げらげら」

 はっきり言葉には出さなかったが、ギャラリーたちの表情からは終零路に同調するのが見てとれた。察するに、この、女の子をゆっくり切り刻んで楽しむような凶悪な連中を(まったく、どう教育されればこんな人間ができあがるのか)、赤月瑠璃や大和十三ら生徒会一同が、軍規や粛正によってようやく(ぎょ)していたというところか。青龍学院には《降伏禁止令》という最悪の軍規が存在すると聞いたが、白虎学園以上に凄惨(せいさん)な環境に置かれることで、彼らも歪んでいってしまったのかもしれない。

 ここで赤月瑠璃に与えられた選択肢はふたつ。ぼくを殺して潔白を証明し、彼らの側に寝返るか、あるいはこの場から逃亡するか。

 クーデターは、おそらく失敗に終わったのだろう。

 もし彼ら停戦派が青龍学院を乗っ取ったのなら、わざわざ彼女がこんなところで孤軍奮闘せずに、大勢の部下に事態を収拾させれば済む話なのだから。

 どっちにしても、ぼくは見捨てられる可能性が高い。けれどもともと敵であるぼくのために戦って死ねなんてことは言えないし、言ったところで彼女も断固拒否するだろう。

 赤月瑠璃に運命を委ねてしまった時点で、いや、月野が連中に人質に取られてしまった時点で、ぼくの運命はすでに閉ざされていたのだ。

 月野を助けようとなかば自暴自棄になって特攻してみたけれど、いざ眼の前に死が迫っているとなるとやはり怖いものだった。

「おら、さっきまでの威勢はどうしたよ、ルリルリちゃーん。逃げたきゃ、逃げたっていいんだぜ。あのブスを見捨てたみてーに、みっともなく敵に背え向けて逃げたところで、別に殺しやしねーよ。おめーとは何度か背中を預けて戦った仲だ。だから選ばせてやる。逃げるか、死ぬか」

 赤月瑠璃は、ただだまって立ちすくんでいた。ぼくを見捨てて逃げるべきか迷っているのか(いやいや、まさかそんなことはないだろう)、終零路にこうもこけにされては引き下がれないのか、それとも彼が素直に自分を見逃すか計りかねているのか。

「沈黙は観念した、ってことでいいのか? あーん? 逃げなきゃ本当に食べちゃうぞー」

 終零路は斬馬刀を構え、じりじりと距離をつめてくる。周囲のギャラリーたちも、じりじりと距離をつめてくる。

 四面楚歌。逃走ルートはなし。

 やはり彼らは、ぼくも彼女も逃がすつもりはないらしい。

 赤月瑠璃の脚が、わずかに震えていた。

 当然だ。これから眼の前に臥床(がしょう)している月野のように、嬲り殺しにされるのだから。

 友人や恩師の仇と同じ場所で仲よく共倒れ、しかもじわじわ嬲り殺しにされるなんてあんまりだ。

 じりじりと迫る悪意の包囲網が、赤月瑠璃の間合いに入った。


 ががががががが。


 唐突に削岩機のような轟音(ごうおん)が、辺り一体に響きわたった。

「ぎゃああああああ」

「ぐおおおおおおお」

「や、やめてくれえええええ」

 悲鳴と同時に何人もの少年少女が、まるで車が何かにはね飛ばされたように、アクロバティックに宙に舞った。

「集団リンチとは感心しないな。誇り高き青龍学院の生徒たちとは思えない。さては白虎学園のスパイだな。死刑にしちまおう」

 聞き憶えのある(りん)とした男性の声。

「遅いですよ。会長」

 非難するように、しかしどこか安心したように、赤月瑠璃は、その凛とした声の主に言った。

「いや、すまないね。さすがにたったひとりでこいつを強奪するのは骨が折れた」

 古びた旧式の軍用トラックに乗った黒縁眼鏡の大男、大和十三が運転席の窓から機銃を構えて言った。激戦後のせいか眼鏡が片方割れており、彼の顔面の右半分は血まみれだった。

「そら、突撃だ」

 アクセルをベタ踏みしたのか、大和十三の操る軍用トラックは、そのずんぐりした車体からは想像もつかぬドラッグレースのごとき急加速を敢行、まっすぐこちらへ突っこんでくる。

 そして器用にも彼はそのまま窓から機銃を構え、横殴りの弾丸の雨を、終零路とギャラリーたちにおみまいした。

「YEAHHHHHHHH!」

 不気味な笑顔で叫びながら突撃する大和十三のあまりの迫力と狂気に、ギャラリーたちは一目散に逃げ出していく。

「くそ、このきちがい眼鏡」

 終零路もさすがにこればかりはどうにもならず、持ち前の怪力で周囲のギャラリーたちをうまく盾に使いながら、後退していった。大和は勢いのついた軍用トラックを、まるでベテランレーサーが操作するかのように器用にドリフトさせ(物理法則を無視したような動きだったが、たぶん気のせいだろう)、ぼくと赤月瑠璃の周囲に円を描くようにして停車させた。舞いあがる土ぼこりの向こう側から先ほど逃げていった連中の何人かが発砲してきたが、大和十三が機銃で鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、彼らはワイヤーアクション・ムービーの悪役のように、ただし体に無数の風穴を空けて、ふっとんでいった。

「さあ、早く乗りたまえ。作戦は失敗した。すぐに《継戦派》の追手がやってくるぞ」

 大和十三がセリフを言い終える前に、赤月瑠璃は助手席に乗りこんでいた。大和十三は、バカみたいに口を開けたぼくを運転席から見おろし、言った。

「君も一緒に来るかね? 我々はもう青龍学院の生徒ではない。白虎学園までは行けないが、途中まででよければ送っていこう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ