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極楽戦争 - End of End  作者: 富士見永人
第三章「天道是非」
42/99

3-2

 昼休憩の時間がやってきた。休憩時間は基本的には三十分程度と規定されているようだが、仕事の成果や看守の気分ひとつでどうとでもなる。ひどいときは一日中働きづくしということもあるが、基本的には一日二回やってくる。水分補給のチャンスもその時間しかない。女性捕虜の給仕たちが飲料水を持ってくるが、明らかに一日に必要とされる量を下回っているので、盗難や強奪が発生することもしばしばである。まだぼくは取られるようなヘマはしていないが。

「円藤さん。これ、どうぞ」

 ご飯一杯程度のにぎり飯をぼくの眼前に差しだす月野。昼と夕の休憩には飯も支給されるが、当然のごとく少量である。内戦の悪化、徴兵による第一次産業の深刻な人手不足により食料自給率はみるみる下がり、今や八割以上が輸入品、それも満足に買えるのはごく一部の金持ちと軍人だけというありさま。当然捕虜にくれてやる飯など雀の涙ほどで、労力が確保できる最低限の《餌》のみ与えられているというのが現状だ。反乱軍に捕らえられた捕虜の悲惨な強制労働の実態は噂で聞いてはいたものの、実際に味わってみるとやはり相当体にくる。そんな状況の中、なけなしの飯をわけ与えるという行為がどういうことか、ぼくには当然わかっていた。

「さっきのお礼のつもりかな。でも、いらない。対価を期待してやったわけじゃないし、受け取れないね。君の方こそちゃんと食べないと、またバテるよ」

 わざとそっけなく月野の差しだしたにぎり飯を押し戻す。彼女にまたバテられたら面倒だというのは半分本心。そんなことになればあんな啖呵(たんか)を切った以上、ぼくに二倍の労役が課されることになる。

「私はその……ダイエット中だから」

 あからさまな嘘だった。出るところは出ているものの、彼女も軍人の端くれ、締まるところはきちんと締まっている。百七十五センチの長身も相まって海外のモデルみたいなスタイルをしているのに、そんな嘘が通用するとでも思っているのだろうか。同性が聞いたら絶対嫌味だと思わるだろう。

 きりがないのでぼくはいったんにぎり飯を受け取り、隙を見て彼女の口にむりやりねじこんだ。「一旦もらったものをどうしようと、ぼくの自由のはずだよ」という決めゼリフも忘れない。キリッ。すると彼女は恥ずかしそうに顔を背け、背を丸めてこそこそと栗でもかじる栗鼠(りす)のように、口に入れたにぎり飯を咀嚼(そしゃく)しはじめた。いくら何でも一度口に入れたものをぼくに差しだすわけにもいくまいて。

「月野さんはここに来てもう長いの?」

 唐突にそんな話を切り出してみる。彼女の実力にあまり期待はできなかったが、ここからの脱走を考えるなら味方は作っておいた方がいい。月野は少なくとも柏や他の連中よりは信頼できそうだった。こういう場合、能力云々よりもまず裏切らないかどうかが第一である。

 さりげなく月野の経歴と所属、技能も聞きだしておく。月野はもともと白虎学園の二年C組に在籍していて、専攻は通信部門だったらしい。戦闘教練の成績は予想どおり(かんば)しくなく、特に近接戦闘が苦手というぼくとは真逆のタイプで、いざというとき背中を預けるには少々心もとないという印象だった。中学のころ弓道をやっていたせいか、射撃の成績だけはそこそこ良かったようだ。後方支援向きか。

「ここから出たい?」

 ぼくは小声で月野にそう訊ねた。彼女は無言で頷いた。あれだけの仕打ちを受けているのだから当然といえば当然。だから、ここでぼくはもうひとつ付け加える。

「殺される危険があっても?」

 月野の覚悟が知りたかった。もちろん殺されるために脱走するわけではなく、自由を掴むために命を張る覚悟があるかどうか。彼女は一瞬答えにつまったが、もう一度だけ、かすかに震えながらも、しかし確実に、首を縦に振った。よかった。とりあえず、諦めてはいないようだった。

「でも、どうやって?」

 当然の質問が返ってくる。正直それはまだ検討中なのだけれど、少なくとも周囲の状況はすでに把握した。ぼくらは現在昼は青龍学院新校舎の建設に駆りだされ、夜は旧校舎近くの第二収容所で寝泊まりしている。当然男女別に分かれているから、できれば男性の協力者の方が望ましかったが、贅沢は言ってられない。与えられた状況で最善を尽くすのみ。

「今、考えてる。準備ができたらまた教えるから、それまでこの話は聞かなかったことにして。誰にも言わないでね。特に柏とか、世田には」

 そう、彼らは特に信用できない。いざ自分の身に危険が迫ったら、味方を売ってでも敵に救いを求めるタイプ。日頃の身勝手なふるまいを見ていれば何となく想像はつく。

「うん。わかった」と、月野は小声で了承したが、さらに「信用できそうな人がいたら、教えても大丈夫?」と付け加えてきたので、ぼくは少々不安になった。この娘は話したことを三秒で忘れてしまうのか。

「誰にも言わないでね、と今言ったばかりだけど。もし味方を増やすとしても、ぼくがそいつに直接会って信用できるかどうか見極めてから、ぼくから話す」と、ぼくは念入りにそう言った。ここまで言っておけば大丈夫だろう。それからぼくらは、また地獄の肉体労働に駆りだされた。


 さらに三日後の朝、ぼくは強烈な目眩(めまい)に襲われていた。いい格好して月野のぶんの仕事も半分ほど請け負った(これは彼女に貸しを作るという意味あいもあった)せいか、日々全身に疲れが蓄積していくのはわかっていたが、こんなに早くガタがくるとは思ってなかった。しかし考えてみれば、無理もないことだ。ただでさえ死者が出るほど過酷な環境なのに、基礎体力はせいぜい並程度のぼくが一・五倍の労働をすれば、致死率は倍率ドン、さらに倍。

 だが、ここで休ませてくれるほど強制労働というものは甘くない。反乱軍連中にとって、敵軍の捕虜というものは単なる使い捨ての作業ロボットにすぎないのである。ノルマを満たさねば班全員恐怖の(むち)打ち刑が待っており、さらにぼくは柏らによってこないだの月野のように集団私刑(リンチ)を受けることであろう。もし過労で死んでも代わりが補給されるだけ。実にシンプルな話だ。

 昼前にその目眩はピークに達し、ぼくは天地が逆さになるような気持ちの悪い浮遊感に襲われ、地面に倒れこんだ。

「円藤さん!」

 月野が叫んで駈けつけてきたが、その前に頭を鉄ハンマーで殴りつけられたかのような衝撃が襲ってきた。たぶん軍靴で頭を蹴っ飛ばしたのだろう。激しい痛みでぼくは悶絶し、団子虫のように地面を転げまわる。

「おら、さぼってんじゃねえぞ。この野郎」

 作業場を仕切っている《現場監督》の罵声が飛んできて、ぼくの頭に冷水が浴びせられた。とても冷たかったので心臓だけは驚いて跳ねあがったが、体までは跳ねあがらなかった。力が入らない。意識も朦朧(もうろう)としている。ぼくはこのまま死んでしまうのだろうか。戦場で武勲(ぶくん)を立てて死ぬのも嫌だけど、こんな養豚場のようなところで死ぬのはもっと嫌だった。助けてください、麗那先輩。

 容赦なく《監督》のストンピングがぼくに浴びせられ続けたが、途中で何か柔らくて重い布団のようなものが体にのしかかり、それ以後監督による暴力は中断した。

「貴様あ、何のつもりだ」

「円藤さんは役立たずの私の分までがんばってくれてるだけです。私がいけないんです。責めるなら、私を責めてください」月野の声がした。

 朦朧とした意識で周囲を見ると、ぼくの上に覆いかぶさるように月野が倒れこんでいた。ぼくをかばって監督に殴られたのか、口の端から軽く出血している。

「いいからさっさと持ち場に戻れ。貴様も懲罰されたいか」

 威圧するように監督は怒鳴ったが、月野は退かなかった。のしかかった彼女の体から震えが伝わってきた。

「やめてください。休ませてあげてください。私が彼の分まで働きます」

 月野の哀願も虚しく、監督の暴力のターゲットが月野に移行したのか、踏みつけの衝撃が月野の体を通してぼくに伝わってくる。こんなときに火事場の馬鹿力で立ちあがって彼女を守れればいいんだけど、あいにくそんな小説のような都合のいい展開があるはずもなく、ぼくは月野をはねのけて立つことすらできなかった。

 が、しばらくして突如、軍靴の集中豪雨は不気味なほどあっさりと止んだ。

「まずい。査察だ」

 監督が小声でそう言ったのが聞こえた。周囲の看守も電気ショックをあてられたように跳ねあがった。

「捕虜に対する虐待は軍規で禁じられているはずです」

 聴き憶えのある、機械のように抑揚に欠けた声がした。

 声のした方向に眼をやると、《風紀》の腕章をした数人の学ラン生徒を背に、赤月瑠璃がいた。

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