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極楽戦争 - End of End  作者: 富士見永人
第一章「極楽地獄」
15/99

1-3

 まさに、紙一重だった。

 ナイフが鈴子に到達する直前に、刺客の胸元から、銀色の刃が突き出していた。

「夢葉さん! 亜蓮さんをお願いします!」

 鈴子の危機を救った神楽先輩は、刺客に刺さったサーベルをすばやく引き抜き、そして茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた鈴子の両肩をつかみ、強引に装甲車の中に引きこんだ。

 鈴子は完全に戦意を失っていた。

 まずい……

 鈴子が戦闘不能になったということは、寿が危険だ。二人がかりでこの惨状なのに、一人であの《首刈り》を相手にするのは、荷が重すぎる。

「人の心配してる場合かよ」

 両手にナイフを持ったチンピラ風の、名も知らぬ坊主頭の男子学生が、ぼくに切りかかってきた。

 ぼくは彼の一撃をかわし、そして、精一杯顔の筋肉をコントロールし、嫌味ったらしい笑顔を作って言った。

 にやあっとね。

「悪いけど、モブにかまってる暇はないんだ」

 八木師匠が好んで使っていた手だ。師(いわ)く、『戦場に礼など不要。ありとあらゆる手を使って敵の精神をかき乱せ』。

 敵の《坊主》は顔を(ゆが)め、取り乱しはしなかったものの、頭に血がのぼったのがはっきりとわかった。ぼくもそうだが、いくら軍学校に通っているといっても、彼らはまだ経験の浅い学生なのだ。揺さぶるのはたやすい。頭に血がのぼると力は湧いてくるが、冷静な判断力はおろそかになる。『戦場では常に冷静であれ』、これも師匠の教えである。

 案の定《坊主》は、ぼくを突き殺そうと積極的かつ嗜虐(しぎゃく)的にナイフをぶんぶん振り回してきた。

 足元がお留守だよ。

 ぼくは、敵の足を思いきりかかとで踏みつけた。

 《坊主》は一瞬顔をこわばらせた。意識が足元へ向いたのが、ぼくにはハッキリとわかった。

 ごん。

 次の瞬間、ぼくはトンファーの柄の部分を使って、空手の回し打ちの要領で、死角から敵の後頭部を()ぐように、殴打した。完全に虚を突いたのか、《坊主》は前のめりに倒れこんだ。殴った後頭部が血に染まり、たこ焼きのようになっていた。

 ぼくはすぐに寿の加勢に回った。寿は棍棒で赤月瑠璃の頭部を狙い、ぼくもそれに合わせるように背後から彼女の後頭部めがけてトンファーをくり出した。


 ぞわっ。


 ……急に悪寒(おかん)が走り、ぼくは踏みとどまった。

 そしてほぼ同時に、首に鋭い痛みを感じた。

 後ろ向きのままくり出された《首刈り》の刃が、正確に、ぼくの首の肉を切り裂いていたのだ。

「縁人!」

 寿が叫んだ。

 首に手を当ててみると、べっとりと血にまみれていた。背筋にまた寒気が走った。

 大丈夫だ。出血量は大したことない。

 おそらく、もう一歩踏みこんでいたら……(いな)、あとほんの何ミリ秒か反応が遅れていたら、ぼくは、頸動脈(けいどうみゃく)を切断されていただろう。いや、そこに転がってる田代のように、打ち首にされていたかもしれない。

 完全に油断していた。

 戦闘中に背後から襲いかかれば、いかに《首刈り》といえど、仕留(しと)められると、思いこんでいた。だが恐るべきことに彼女は、一瞬たりともこちらを見ずに、正確に、ぼくの首を狙ってきた。

 これが、《首刈り》の実力……

 彼女の背中には第三の眼でもついているってのか?

 ならば、今度は正面から襲いかかるつもりで。

 寿は《首刈り》相手によく敢闘していた。防戦一方だったが、棍棒のリーチと手数を活かして赤月瑠璃を間合いに入れないようにしてなんとか(しの)いでいるようだった。寿の全身をよく見ると、無数の細かい傷がついている。あのままではジリ(ひん)だ。ぼくが加勢しなければならない。

 赤月瑠璃は寿と打ちあいながら、酉野先生と戦っていた終零路と蒼天音に指示を出した。

「時間がありません。天音さんは《標的》の確保を優先してください。零路さん。その女を足止めできますか」

 標的……?

「なめんな!」

 烈火のごとく激昂し、怒涛(どとう)の攻撃に出る寿。

 しかし寿の嵐のような猛攻を、赤月瑠璃はなんなく()なしていた。そしていったん離脱して距離をとり、逆手に持った小太刀をくるりと回して順手へと持ちかえ、胸の前で柄尻(つかじり)同士をあわせた。片方の柄についていた(かぎ)状のフックが回り、接合される二本の小太刀。そして、舟のオールを彷彿(ほうふつ)とさせる、両端に刃を備えた一本の長刀ができあがった。珍しい武器だったが、ぼくは一度だけ博物館で見たことがある。たしか両切刀(りょうぎりとう)という武器だ(さすがに二つの小太刀を連結させるというギミックはなかったようだが)。

 ひゅんひゅん。

 赤月瑠璃は、その一対の刃を、航空機のプロペラのように両手でぐるぐる回しはじめた。

 正面から脇へ、脇から背へ、背から頭上へ。

 絶え間なく回る両刃の先端が、まるでぐにゃぐにゃと(うごめ)く蛇のごとく複雑奇怪な曲線を描いていた。

 まるで曲芸だ。生半可な腕では、自分の体を切り裂いてしまうだろう。

 敵ながら見事な武器さばきに、ぼくは思わず魅入(みい)ってしまった。

 寿は一瞬たじろいだが、すぐにうおおおと咆哮(ほうこう)し、獅子奮迅(ししふんじん)の突撃を敢行した。彼の重厚な鉄の塊が、赤月瑠璃の小さな頭に襲いかかる。

 ぼくはそれにあわせ、今度は彼女の(もも)を狙ってトンファーを振りおろした。さあ、この上下同時の攻めに、どう対処する?

 とん。

 赤月瑠璃は、高く跳躍してぼくの下段攻撃をよけると共に、そのまま棍棒の軌道に合わせ、両切刀の(つば)の部分をひっかけて攻撃の軌道を変えた。

「はっ」

 なんだそりゃ。

 見せつけられた圧倒的実力差を前にして、ぼくは思わず苦笑いしてしまった。息もピッタリ合っていたし、前後上下を完全に(ふさ)いだ。もはや、お手上げだった。これがロールプレイング・ゲームなら、リセットボタンを押して、思いきりレベル上げしてから挑んでいるところだ。酉野先生、こんな連中二人も相手に、どうやって戦ってるんですか。ぼくは、どう逆立ちすれば、この化物に勝てるんですか。教えてください、先生。

 寿の棍棒は空を切り、一瞬、懐ががら空きになった。本来ならすかさず棒の反対側の二撃めが来るのだが……

 その一瞬の隙を、《首刈り》が見すごすはずはない。

 ひゅんひゅんひゅん!

 棍棒の反対側が到達する前に、赤月瑠璃は両切刀を大きく回転させ、周囲を大きく()ぎ払った。ぼくは、すばやく距離をとって、無数の斬撃の嵐を逃れた。

 そして、寿の二撃めが空を切り、地面にがつん、と力なく衝突した。


 寿の腹を、赤いひと筋の線が横断していた。

 その線はじわじわと、上下に広がっていく……


「ぐぼ」

 寿の鼻と口から、赤黒くどろりとした粘性(ねんせい)のある液体が()れ出た。

「寿!」

 ぼくは叫んだ。

 次いで、ずるずる、と、寿の腹からミートソースをかけた極太のうどんのようなものが、()いずり出てきた。

 おそらく腸が出てきてしまったのだろう。目眩(めまい)がしてきた。一瞬、自分が悪い夢でも見ているのではないか、という錯覚に陥ってしまった。

 寿は、腹の傷から垂れさがったその《赤いうどん》を、不思議そうに茫然(ぼうぜん)と、眺めていた。

「介錯します」

 赤月瑠璃は相変わらず人形のように無表情のまま、無慈悲に冷たく言い放ち、両切刀を構えた。

「寿い!」

 《首刈り》を止めなくては……

 寿を救うため、ぼくは彼女の背後から乾坤一擲(けんこんいってき)の攻撃に出る。

 しかし……

「っ!」

 次の瞬間、ぼくは足に鋭い痛みを感じた。足に杭でも打ちこまれたかのように、まったく地面から離れなくなり、立ち往生(おうじょう)してしまったのだ。

「ああああああああああ」

 寿は最後の力をふりしぼり棍棒を振り下ろしたが、彼の最後の一撃は、虚しく、空を切った。

 そして……

 寿の頭が、ごとり、と地面に落ちた。


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