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極楽戦争 - End of End  作者: 富士見永人
序章「天上天下」
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 昼休み。暗雲立ちこめる曇天(どんてん)の下、日本帝国立白虎(びゃっこ)学園校舎裏にて、ぼくこと円藤縁人(えんどうえんど)(二年G組出席番号四番)は壁を背に立たされ、五人の男たちに追いつめられていた。

 彼らが妙ににやけた顔でちょっとお話でも、ということでついてきたが、雰囲気が明らかに友好的でないのはわかっていた。そう、この男たちには見憶えがある。学園随一と言われる深窓の令嬢、東陽夢葉(とうようゆめは)お付きの親衛隊連中。そしてその真ん中にいるセンター分けの黒髪で銀縁めがねをかけた中背の男、彼こそが東陽夢葉親衛隊隊長、下北沢黎人(しもきたざわれいと)であった。

 下北沢はぼくに迫り、背後にある壁を平手でどつき(いわゆる壁ドン)、眼鏡にかかった鬱陶(うっとう)しそうな長髪をかきあげながら言った。

「話というのはたったひとつだけだ。君のような《下層》の生徒とは話す時間ももったいないのでね。ただひとつ、我々の要求を受け入れてくれさえすれば、それでいい。東陽さんに近よらないでくれるかな? 君と彼女とでは、住む世界がちがう。彼女は《上層》の中でも頂点に位置する方。君は《下層》。分不相応な夢は見ない方がいい。分際を(わきま)えるというのは世渡りの基本中の基本だ。これはね、君のために言ってるんだよ」若干神経質そうに震えた声で、彼は言った。怒りや憎悪を押し殺しているのが見てとれた。

 ぼくは反論した。

「彼女がぼくの好きな作家の小説を読んでいたんで、声をかけただけなんですけどね。別に下心があったというわけではなくて。彼女は純粋に好きな本について語らうことすら許されない(かご)の中の鳥」

 次の瞬間、右頬に衝撃が伝わり、ぼくの視界が大きく空をあおいだ。軍事教練によって身についた受け身で転倒による頭部の強打は避けられたものの、口上の途中だったのでつい舌をかんでしまった。()られた右頬よりも、そっちのダメージの方が深刻である。険悪な雰囲気であるにも関わらず、空気を読まずに思ったことをそのまま言ってしまうのは、ぼくの悪い癖だ。

「わからないのかな。君に選択肢は用意されてないんだ」

 左足を高く持ちあげたままの彼の顔からは、無理に取り(つくろ)っていた不自然な笑みが消えていた。ぼくへの敵意を()き出しにし、彼はぼくを見下ろしていた。彼の周囲の取り巻き連中が下卑た笑みを浮かべ、同調する。

 白虎学園は軍事カリキュラムを組み入れた三年制の高等学校で、九年間の義務教育課程を終えた少年少女が主に入学してくる。年齢層は主に十五歳から十八歳。生徒は《上層》と呼ばれる一部の特権階級と、《下層》と呼ばれる大部分の一般生徒たちに大きく二分される。《上層》と呼ばれる生徒たちは基本的に裕福な家の生まれで、彼らの親たちは多額の学費を支払い、我が子をこの学園の軍政学部、つまり軍の指揮系統や部隊編成さらには政治学などを学ぶお偉方を育むための学部に入れる。彼らは幼い頃から複数の家庭教師に囲まれて英才教育を受けており、学業成績も大抵優秀だったりする。そのためか他学部の生徒を《下層》と呼び、見下す傾向がある。特にぼくは下層の中でも最も底辺であるとされるG組の所属なので、それが彼らの怒りに触れたのだろう。

 刺し違える覚悟で挑むのであれば下北沢ひとりを倒すくらいはできるかもしれないが、残りの四人によって確実にぼくは袋叩きにされるだろう。そこまでしなければいけないのか。そうまでしてぼくは彼女と、東陽夢葉と交流したいのか。数の暴力に屈することをよしとするか、それとも抗うべきか。

 遠りすがりの見知らぬ男子生徒二名が、「自分は何も見ていない」と言わんばかりに、そそくさと去っていった。利口な判断だ。友人のためでもないぼくのために、この暴力団のような連中の恨みを買うという(おろ)かな真似を彼らがすることはないだろう。馬鹿はぼくの方か。

 結局割に合わないと考えたぼくは、あお向けになったまま下北沢に言った。かみ切った舌が痛んだ。

「わかりましたよ。彼女にはもう近づきません」

 言いながら、自分の胸がむかむかするのがわかった。

 下北沢は数瞬の沈黙の後、急に紳士的な笑みを浮かべて柔らかい口調で言った。

「無理を言ってすまないね。わかってくれたならいいんだ。顔は大丈夫かね。保健室できちんと診療を受けることを勧めるよ」

 そう言って彼らは去っていった。

 ぼくはしばらく地面に寝そべって、階級社会の理不尽さを(うれ)いていた。ぼくの気持ちを代弁するかのように、大粒の雨がぽつりぽつりと地面を濡らしていった……

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