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9.リストバンド


「ふん、ふん、ふーん。悪い魔物は皆殺しぃ~だぜぇ~っと」


 野外訓練の翌日、昼休み。雨音は上機嫌で学園内を歩いていた。

 天気は快晴で、雨音の気分を現しているかのごとく、雲一つない青空が広がっている。

 また健吾に助けられてしまったのは面白くなかったが、おかげで収穫はあった。

 ずっと疑問だった、彼の力の秘密が明らかになったのだ。


「ふっ、そうよね、何の仕掛けもなく、魔力ゼロの人間が魔物に勝てるわけないわよね。ふふふ」


 異世界の探索を進めるため、様々な研究が行われていると聞く。

 魔力を利用した武器の開発が主流となっているが、中には魔力を持たない人間用の装備を研究している者もいて、健吾が所持しているリストバンドのようなアイテムを作っているわけか。

 魔力抜きで魔物にダメージを与えられるのが不思議ではあるが、技術の進歩というのは目まぐるしいものだ。

 きっと雨音には想像も付かないような最新鋭のものすごい技術があのリストバンドには搭載されているに違いない。


「試作品とか言ってたけど、あれが量産されたら異世界の探索も楽になりそう。私にも提供してもらえないかな」


 特に意味もなく、屋外を歩いていると、敷地の片隅で健吾の姿を見掛けた。

 声を掛けようとした雨音だったが、彼が誰かと一緒なのに気付き、近くにある木の陰に隠れて様子をうかがった。


「むっ、あれは……蒼井さん?」


 健吾はとても小さな少女と向き合っていて、それは同じクラスの蒼井舞だった。二人は何やら楽しそうに話している。


「へえ、蒼井は空手をやってるのか」

「えへへ、似合わないでしょ? お爺ちゃんが道場やってて、小さい頃から習ってるの」


 舞が拳を握り締め、健吾の前で構えてみせる。

 顔付きが幼く小柄な体格をしていながら、その構えには隙がなく、動作も俊敏で見事なものだった。


「おおっ、なんか格好いいな。俺、格闘技とかやった事なくて……俺みたいな素人でも覚えられるのかな?」

「基礎は覚えておいて損はないと思うよ。横賀君、力ありそうだし」

「ま、まあ、それしか取り柄がないんだけどな」

「拳の握り方でも覚えてみる? 適当だと痛めちゃうよ」

「そうなのか? じゃあ、教えてくれ」


 健吾の手を取り、舞が指導している。

 身長差がかなりあるので、まるで大人が子供から教わっているようだった。


「むうう、格闘技なら私だって習ってるのに……なんで蒼井さんに教わるのよ。なんだか面白くないわね……」


 別に隠れる必要はないのだが、何となく声を掛けるタイミングを逸してしまい、雨音は木の陰に身を潜めたまま動けなくなった。

 雨音に見られているとも知らず、二人は親しげにしていた。


「そうそう、小指からしっかり曲げて……うん、いい感じだよ」

「拳にも握り方ってあるんだな。なるほど……」

「ねえ、横賀君。そのリストバンド、他にないの? 私も付けてみたいな」

「あ、ああ、これね。いや、悪いけど俺の分しかないんだ」

「そうなんだ。じゃあさ、ちょっと貸してくれない? どんな感じなのか試してみたいの」


 すると健吾はバツが悪そうに頭をかき、舞に告げた。


「実はこれ、自分じゃ外せないんだ。ロックされててさ」

「えっ、何それ。外せないんじゃ不便でしょ。まるで囚人が付ける枷みたい」

「そうなんだよ……まったく、参るよな」


 二人の会話を聞き、雨音は首をひねった。

 自分の意思で自由に外せないというのは変だし、健吾の態度も何か妙だ。

 あのリストバンドには何か秘密があるのではないか。


「どうすれば外せるの?」

「解除キーは操先生が持ってる。先生の許可がないと外せないんだ」

「砂川先生の? うーん、それじゃ借りるのは無理かあ。残念だなー」


 舞は特に疑問を感じなかったらしく、健吾の説明を聞いて残念そうにしていた。

 だが、雨音はますます疑いを強めた。またあの担任が絡んでいる。健吾の力を知っていた事といい、単なるクラス担任にしてはおかしくないか。


「むうう、なんだか陰謀の匂いがするわね……これは調べた方がいいかも」



 思い立ったら即行動、が雨音の信条である。

 健吾達から離れた雨音は、真っ直ぐ職員室へ向かった。


「先生、どういう事なんですか!」

「?」


 砂川操は机に着き、ラーメン定食を食べていた。

 豚骨ラーメンにチャーハン、餃子が並び、カロリーが高そうなメニューだ。

 職員室に飛び込んでくるなり迫ってきた雨音に、操は首をかしげた。


「何かしら? 先生、お昼食べてるんだけど」

「それどころじゃないですよ! 横賀君とどういう関係なのか、説明してください!」


 何かと思えば、また健吾の話か。

 操はため息をつき、餃子を一つ口に運び、チャーハンを一口食べ、ラーメンのスープを軽くすすってから雨音に目を向けた。


「実は、彼が卒業したら結婚する予定なの」

「ええっ!? そ、そうだったんですか?」

「ごめん、嘘。まあ、彼がどうしてもって言うのなら考えてあげてもいいかなー」

「お、驚かさないでくださいよ。横賀君にも選ぶ権利はあるはずです」

「……どういう意味かしら?」


 ムッとした操から目をそらし、雨音は話を戻した。


「それより、彼が付けてるリストバンドですけど。先生の許可がないと外せないっていうのは本当ですか?」

「あー、あれね。まあ、確かにそういう事になってるけど……横賀君に聞いたの?」

「えっ? え、ええ、まあ……」


 健吾が話していたのは事実だが、雨音は盗み聞きしただけだ。

 目を泳がせた雨音を見つめ、操はため息をついた。


「二人だけの秘密だって言っておいたのに、困った子ね。あとで厳しく注意しておかないと」

「あ、あの、先生? 本人から聞いたわけじゃないので叱らないであげてもらえませんか」

「他人に話したのは事実なんでしょ? これはお仕置きが必要ね。彼に体罰は効果ないから、精神的な苦痛を与えてあげましょうか」

「せ、精神的苦痛?」


 ニヤッと笑い、操は呟いた。


「かわいい子に告白させて、彼がその気になったところで嘘でした、というドッキリを仕掛けるとか」

「ひどい! 教師がやる事ですか!?」

「そのかわいい子はよく見たら天道さんの変装だったとか」

「それが罰ってどういう意味ですか?」

「もしくは私の変装だったとか」

「それが一番ひどすぎます! 先生の鬼!」

「えー? そこは『それじゃ罰じゃなくてご褒美なんじゃ』って突っ込むとこでしょ?」


 ヘラヘラと笑う操に雨音は眉根を寄せた。

 どこまで本気で言っているのかは謎だが、やはり只者ではなさそうだ。


「お仕置きはさておき、リストバンドの事は黙っててね。広まると面倒だから」

「は、はい。そうですよね」


 あれが秘密裏に開発された装備なら噂になるのはまずいだろう。

 雨音はうなずき、ついでに尋ねてみた。


「横賀君の分しかないというのは本当ですか? 私も試してみたいんですけど」

「天道さんが? あなたには必要ないと思うけど」

「えっ、だって……あんなパワーが出せるんなら、誰だって使ってみたいと思うじゃないですか」

「?」


 不思議そうに首をかしげる操に、雨音は違和感を覚えた。会話が噛み合っていないような気がする。


「あれって、パワーを増幅する装備なんですよね?」

「……あ、あー、うん。そうそう、そうだったわね。私とした事が忘れちゃってたわ。てへっ」


 こめかみのあたりをコツンと拳で叩き、ペロッと舌を出してみせた操を見つめ、雨音は眉をひそめた。

 いくつだあんた、と言いたい気持ちを抑え、考えてみる。

 この反応、もしや健吾が装備しているリストバンドの機能はパワー増幅ではないのか。

 だがそれなら、一体、どういう機能なのかという事になる。ただの装飾品ではないと思うのだが……。


「あのう、真面目な話、先生と横賀君ってどういう関係なんですか?」

「あら、気になる? ぬふふふ」

「はぐらかさないでください。まさかとは思いますけど、もしかして……親子なんじゃないですか?」


 刹那、操の表情がビキッと固まった。

 操からどす黒い瘴気のような物がブワッと出てきて、雨音は息を呑んだ。

 顔に暗い影を落とし、普段とはまるで違う重く低い声で、操が呟く。


「……おい、天道。てめえ、あたしがいくつに見えるんだ……?」

「え、ええと、その……は、二十歳ぐらいかな? なんて……」

「二十歳の人間に一五の息子がいるってのか……?」

「ご、ごめんなさい、すみません! 親子のはずないですよね! どうかお許しを!」


 雨音がペコペコと頭を下げて謝罪すると、操はどうにか殺気を収め、表情を緩めた。


「ふふ、分かればいいのよ。天道さんたら、いけない子ね。先生をおばさん扱いすると寿命を縮める事になっちゃうぞ?」

「す、すみません。独身で有名な先生に子供がいるはずないですよね」

「何か言った?」

「い、いえ、何も! し、失礼します!」


 飛び退くようにして後ずさり、雨音はペコリと頭を下げ、大慌てで職員室から逃げ出した。

 操はため息をつき、昼食の残りに取り掛かったのだった。


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