7.最弱班の仲間達
永劫学園は人里を離れた郊外、山間部の麓付近に建っていて、周りを森に囲まれている。
一番近い町は学園から二キロほど離れた場所にあり、買い物などを行うためにはそこまで行かなければならない。
校門前に集合した一年A組の生徒達、約四〇名は四人一組の班に分かれ、担任の操に先導されて学園の東側に広がる森へ向かった。
生徒達は森の手前に広がる草原に再集合し、操から訓練内容の説明を受けた。
「各班、五分置きにスタートして森に入り、奥にあるフラッグを回収して、ここに戻ってくるように。以上、質問は?」
すかさず、雨音が手を挙げた。
「はい! 森に入ってフラッグを回収って、それだけですか?」
「うん、それだけ。ただし、学園の管理下にあるこの森には訓練用のトラップがあちこちに仕掛けてあるのでそのつもりで。運がよければトラップに引っ掛からずに済むかもしれないわ。ルートの選択は慎重にね」
要するにこれは異世界での探索を想定した訓練なのだろう。
森の中に罠が仕掛けられていると聞き、生徒達の間に緊張が走る。
操の合図で、各班一分置き間隔で森へ入っていく。
雨音と健吾の班は最後に出発する事になり、四人は順番が来るまで待機した。
メンバーは雨音に健吾、あとの二人は女子だ。
一人はショートヘアが似合う、とても小柄な少女、蒼井舞。対魔技能レベルはD。
ちなみに対魔技能レベルは通常AからDに区分され、Dは最も低いランクだ。
新入生のほとんどがレベルCである事から考えても、彼女の能力が標準よりも低い事が分かる。
もう一人は銀髪のセミショートに、眼鏡をかけた少女、神谷美絵。
対魔技能レベルはDで、彼女もまた低い評価を受けている生徒だ。
健吾は魔力なしのレベルゼロなので、二人よりもさらに評価が低い。
学年トップの優等生である雨音は、最低レベル三人のフォロー役として、この班の班長に任命されていた。
他の生徒達と同様、四人は学園指定の制服に身を包み、腰に巻いたベルトに吊したホルスターに標準装備である魔銃剣を収め、バッグやポーチなどに必要な道具を詰め込んでいる。
装備の点検を行いつつ、雨音はメンバーを見回し、声を掛けた。
「みんな、訓練だからって油断しないようにね。気合い入れていこう!」
「お、おう」
「は、はいっ」
「……」
健吾、舞が返事をして、美絵が小さくうなずく。
雨音はニコニコと微笑み、さり気なく地面に落ちていた太い木の枝を拾い、健吾の頭を狙って振り下ろした。
「おりゃあ!」
枝が粉々に砕け、雨音は舌打ちした。
健吾が打たれた頭を押さえ、抗議する。
「いきなり何するんだ!? 殺す気か!」
「ノーダメージのくせによく言うわ。次はもっと威力のある武器で……」
そこで他の二人が目を丸くしているのに気付き、雨音はハッとした。
「て、天道さん、今のは一体……横賀君に恨みでもあるの……?」
「……殺人未遂?」
舞は青い顔をしてガタガタと震え、美絵は怪訝そうに首をかしげている。
雨音はあせり、慌てて言い訳をした。
「ち、違うのよ! これはその、修行的なもので……ね、ねえ、横賀君?」
「そこで俺に振るなよ。まあ、なんだ。俺は平気だから、二人とも気にしないでくれ」
「す、すごく気になるんだけど……」
「……常人なら死んでる」
二人とも納得いかない様子だが、被害者の健吾が平然としているので、とりあえず落ち着いたようだ。
しかし、雨音に対する不信感は残ったようで、二人とも先程までとは明らかに異なる目で彼女を見ていた。
「天道さん、明るくて頼りになりそうだと思ってたのに……実は怖い人なの?」
「優等生は表向きの顔で、今のが本性……?」
二人から疑いの眼差しを向けられ、雨音は泣きそうな顔をしていた。
「ううっ、なぜか私が悪者に……どうしてこうなるのよ……」
「お前が時と場所を選ばないからだろ。少しは考えて行動しろ、優等生」
「そ、そうね。次は人目のない場所で静かにこっそりと背後から襲うわ!」
「いや、だから襲うなよ! アサシンかお前は!」
やがて健吾達の班の順番となり、四人は森に入っていった。
コンパスで方角を確認しながら森の奥を目指して歩いていく。
あたりには背の高い木々が生い茂り、道らしきものはなく、うかつに歩き回ると迷ってしまいそうだった。
先頭を歩く雨音に、健吾は尋ねた。
「訓練中は不意打ちなしで頼むぜ。他の二人が怯える」
「分かってるわよ、うるさいなあ。先に行った連中はどっちへ向かったのかしら?」
「前の班は左の方、一〇〇メートルぐらい先だな。少しずつ離れていってるぜ」
するとそこで、美絵が健吾に問い掛けてきた。
「なぜ、分かるの」
「それはその、人の気配がするから……」
「この距離で分かるの? まるで野生の獣ね」
美絵が感心したように呟き、健吾は引きつった。そこで舞が、笑顔で言う。
「すごいね、横賀君。私なんか、せいぜい五〇メートル以内の気配しか探れないのに」
「へえ、そうなのか。蒼井も結構やるなあ」
二人の会話を聞き、雨音は少なからず驚いていた。
魔力を感じ取る能力が高い事もあり、雨音もまた人の気配を探る術を体得しているが、距離的には一〇メートルが限度だ。
健吾はともかく、舞にまでそんな能力があったとは思いもしなかった。
「蒼井さんは何かやってるの?」
「あっ、うん。格闘術をちょっと。大した事ないけど」
「十分、大したものだと思うけど……神谷さんは?」
「そんな技能はないわ。運動は苦手だし」
美絵が淡々と答え、雨音は安堵した。
彼女まで何か特殊な能力を持っていたら、自分だけが凡人のような感じになってしまうところだった。
「ストップ」
「えっ?」
そこで美絵が制止の合図を送り、皆は足を止めた。
美絵は無表情で前方の地面を見つめ、雑草が生い茂ったあたりを指して呟いた。
「罠があるわ。避けて」
よく見てみると、雑草に隠れて細いロープが張ってあった。
足を引っ掛けると何かの罠が発動する仕掛けのようだ。
雨音達はロープを避け、先へ進んだ。
「全然分かんなかったぞ。よく気付いたな」
「トラップに注意して歩いていたから。分かりやすい仕掛けでよかったわ」
表情一つ変えずに答えた美絵に、健吾と舞は感心し、雨音は驚いていた。
どうやら美絵は観察力に優れているようだ。雨音も一応、トラップを警戒して歩いていたつもりだったのだが、まるで気付かなかった。
「じゃあ、神谷が先頭を歩いてくれ。俺と蒼井でフォローするよ」
「構わないわ」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、私は?」
「天道は後ろに付いて全員のフォローをしてくれ。頼むぜ、リーダー」
何やら足手まとい扱いされているような気がする。面白くないが、現時点ではそれがベストか。
仕方なく雨音は、前を行く三人の後方に付いた。
トラップは数メートル置きに仕掛けられていたが、美絵はそれらを全て見破り、皆を先導して歩いていく。
他の班は結構引っ掛かっているらしく、森のあちこちから悲鳴が上がっていた。
「先に出た連中をかなり追い抜いちまったな。神谷のおかげで助かったぜ」
「……大した事ないわ」
「あれ、神谷さん、照れてるの?」
「そんな事ないわ」
班行動を共にするうちに三人はそれなりに打ち解け、和気藹々としていた。
後ろをただ付いていっているだけの雨音は仲間外れにされているような気分になり、何やら不愉快だった。
……何か、自分の力を必要とされるような事態にならないものか。
雨音がそんな事を考えていると、不意に健吾が足を止め、呟いた。
「みんな、止まれ。この先に何かいる……」
「な、何かって何? 森の動物?」
「分からないけど、気を付けろ。あんまり友好的な感じじゃないぜ」
舞が怯え、健吾は先頭に立つ美絵を下がらせ、前方をにらんで身構えた。
雨音はオロオロとうろたえ、呟いた。
「もしかして私のせい? フラグ立てちゃったのかな……」
「天道? 何言ってるんだ?」




