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5.普通じゃない


 何らかの能力を発動させて防ぐに違いないと思い、雨音は健吾の動きを見逃さないよう、彼を凝視した。

 魔力弾は健吾の鼻先に命中し、ボンッ、と弾けて小さな爆発を起こした。

 防ぐどころかまともに当たったようにしか見えず、雨音は顔色を変えた。


「お、横賀君、大丈夫!? しっかりして!」


 いくら威力を最弱にセットしてあるとは言え、対魔物用の兵器なのだ。生身の人間に当たれば大変な事になる。

 顔を手で押さえて俯いた健吾に駆け寄り、雨音は彼の顔をのぞき込んだ。


「ううっ、鼻が……」

「鼻がどうしたの!? ちょっと見せて!」


 健吾が手を離し、その顔をさらす。

 傷らしきものが見当たらず、雨音は胸をなで下ろした。


「何よ、怪我なんかしてないじゃないの。驚かさないでよね……」

「そりゃこっちの台詞だ! 鼻がツーンってしたじゃないか、ツーンって! 人の顔を撃つなよ!」

「鼻がツーン、って、それだけ? 顔に穴が開いててもおかしくないはずなのに……」

「普通に殺人未遂じゃないか! そんな威力のやつをぶっ放すなんて何を考えてるんだ!?」


 健吾の抗議を受け、雨音はシュンとなった。

 申し訳なさそうにしながら、健吾に告げる。


「てっきり何かの能力を使って防ぐと思ったから……ごめんなさい」

「なんでそんな勘違いを……俺に特別な能力なんかないぞ?」

「……ちょっと待って。能力がないのにどうして無傷なの?」

「だから、言ったろ。俺は生まれ付き身体が頑丈なんだよ。記憶力ないのか?」


 すると雨音はピクッと眉を揺らし、こめかみをピクピクさせながら呟いた。


「う、うふふ、ごめんなさいね、記憶力なくて。そっか、魔力弾の直撃を受けても平気なぐらい頑丈なんだ……なら、遠慮する必要はないわよね……」


 魔銃剣に魔力を再充填、顔色を変えた健吾に狙いを付け、雨音は引き金を引いた。


「うおっ、危な!」

「!?」


 健吾は反射的に拳を振るい、至近距離から放たれた魔力弾を弾いた。

 魔力弾が真横に飛んでいき、フィールドを囲う壁に激突、爆発を起こす。

 ……今のは、何だ。

 雨音は呆気に取られた表情のまま引き金を引き、魔力弾を連射した。

 左右の拳を振るってそれらを全て弾き飛ばし、健吾は冷や汗をかいた。


「お、おい、危ないだろ! 人の顔に向けて撃ってはいけません、って習わなかったのか!?」

「嘘でしょ……あなた、ひょっとして弾道が見えてるの?」

「そりゃ見えてるよ。当たり前だろ?」


 当然のように言う健吾を見つめ、雨音は引きつった。

 素手で弾くというのもでたらめだが、弾道が正確に見えていて、しかもそれに反応して拳を当ててみせるとは信じられない。

 明らかに人間の動体視力や反射速度の限界を超えている。


「ははん、分かったわ」

「えっ、何が?」

「さてはあなた、戦闘用のアンドロイドでしょ。でなきゃサイボーグね」

「いや、俺は正真正銘、生身の人間で……あれ、どこかおかしかったかな?」

「……」


 どうやら彼は普通に振る舞っているつもりらしい。思い違いもいいところだ。

 雨音はグリップのボタンを押しながら銃を振り、ソードモードへ変形させ、同時に魔力を再充填した。

 威力レベルを『1』から『4』に変更、トリガーを引く。

 ナイフ部分から光の刃が発生、それは長さが先程の倍の二メートルほどあり、厚みも倍になっていた。

 何より、輝きの強さが段違いだ。威力を三段階上げた魔力剣を目にした健吾は息を呑み、雨音が静かに呟く。


「見ての通り、威力を上げたわ。これであなたの正体を暴いてやる……!」

「ま、待て、落ち着け! そんなのが当たったら大怪我するだろ!」


 健吾の訴えを無視して、雨音は地を蹴り、突進した。

 接近すると同時に横薙ぎに魔力剣を振るい、健吾を真一文字に斬ろうとする。

 すると健吾はすばやく後退し、斬撃をかわしてみせた。

 大した反応速度だが、初撃をかわされるのは予想通り。雨音の本命は二撃目にあった。


「はあっ!」


 振り抜いた刃を戻すと同時に魔力を注入、魔力剣を肥大化させる。

 幅五〇センチ、長さ一〇メートルの大剣に変化した光の刃がうなり、健吾を捉える。

 雨音の奥の手であり、魔力量が多い者にしか使えない隠し技。先日の魔物もこれを使っていれば倒せたはずだ。生身の人間なら真っ二つどころか消滅してしまうだろう。


 瞬間的に巨大化した刃を健吾は避けきれず、魔力剣の直撃を受けた。

 今度こそ、彼は何らかの能力を使うに違いないと雨音は考えていたのだが――。


「ぎゃあああああ!」

「……えっ?」


 魔力の刃に接触した瞬間、健吾は光に包まれ、絶叫を上げた。まるで落雷でも受けたように。

 雨音は慌てて魔力剣を解除し、健吾に駆け寄った。


「そ、そんな、嘘でしょ……まさか普通に命中しちゃうなんて……」


 消滅はしなかったし、真っ二つにもなっていないが、健吾は黒こげの姿で仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。

 雨音は彼の傍らに膝を突き、呼び掛けた。


「しっかり! お願い、返事をして!」

「……う、ううっ」

「よかった、生きてる……ねえ、大丈夫? 私が誰か分かる?」

「ううっ、ここは地獄か……天道によく似た鬼がいる……」

「大変、どこか壊れてるみたいね! 頭を殴れば治るかな?」


 魔銃剣を振り上げた雨音に、健吾は顔色を変え、慌てて身を起こした。


「う、うそうそ、冗談だよ! あまりにも可憐な天使がいるから天国かと思っちゃったぜ!」

「白々しい……いいけど、怪我はないの? 身体は平気?」


 心配そうに顔をのぞき込んできた雨音に、健吾は赤面した。

 たった今、殺意全開で威力過剰な必殺攻撃を仕掛けてきた人間と同一人物だとは思えない。

 間近で見る彼女の顔はそれほど美しく、見とれてしまいそうになる。


「あ、ああ、大丈夫だよ。なんかすごいのがまともに当たったから驚いちゃって……ちょっとビリッと来たぐらいかな」

「ビリッと? 生身の人間なら間違いなく消し飛ぶような一撃を受けたのにそれだけ? 信じられない……」

「そんな威力の攻撃をぶつけてきたお前の方が信じられねえよ! 殺す気か!」


 黒こげだが健吾は元気そのもので、どこにも怪我はなかった。

 雨音はハンカチを取り出して健吾の顔を拭いてあげながら、不思議そうに首をかしげた。


「この程度のダメージしかないなんて変だけど、何かの能力を使ったようには見えなかったし……どうなってるの?」

「だから、身体が頑丈なんだって。そろそろ信じてくれよ」

「さては宇宙人なの? 重力が地球の一〇倍ある星から来たとか」

「クリプトン人でもサイヤ人でもないよ。見ての通り、俺は地球人だ」

「地球人にしては顔の造形が乱暴だわ」

「ああ、両親が顔の造形に失敗しちゃってさ。ってやかましいわ!」


 雨音がクスクスと笑い、釣られて健吾も笑みを浮かべてしまう。

 ややあって、雨音は健吾に告げた。


「つまり、横賀君は人並み外れて身体が丈夫だと。そう理解すればいいのね?」

「あ、ああ。分かってくれたか」

「全然納得できないけど、そういう事にしておくわ。あなたが嘘を言っているようには見えないしね」

「そ、そうか。まあ、それでいいよ」


 これでもう、雨音から絡まれる事もあるまい。

 ほっと胸をなで下ろした健吾を見つめ、雨音が笑顔で言う。


「でも、まだ生身の人間なのかどうかという疑問が残ってるわ。ちょくちょく不意打ちを仕掛けてみるからよろしくね」

「な、なんだそれ、おかしいだろ! 笑顔で何を言ってるんだ!?」

「頑丈なら構わないでしょ? 疑問が解消されるまでやめないからそのつもりでね」


 ニコッと微笑んだ雨音に、健吾は寒気を覚えた。

 冗談じゃない、やめてくれ、と言いたいところだが、これまでのやり取りから考えて、雨音には言っても無駄だろう。


「くっ、こうなったら力ずくでやめさせるか……」

「ふふっ、望むところよ。自慢の腕力で私の手足をもいでみる? 言っとくけどそう簡単にはやられないから!」


 握り拳を掲げ、不敵な笑みを浮かべてみせた雨音を見つめ、健吾はうなった。

 彼女はとても華奢な身体付きをしていて、触れただけで壊れてしまいそうだった。手荒な真似などできない。

 アンダーシャツを押し上げている非常に立派な胸のふくらみを至近距離から眺め、ゴクリと喉を鳴らす。


「……セクハラで追い払うというのはありか?」

「セ、セクハラ? 確かに、横賀君の腕力でいやらしい事をされたら防ぎようがないかも……やだいやらしい! 寄らないで変態!」

「いや、まだ何もしてないだろ? 今のは冗談で……」

「目付きが超いやらしいわ! いやあああああ!」

「あっ、おい!」


 雨音はすごい勢いで健吾から離れ、通学用バッグと上着を抱え、猛ダッシュで訓練場から出て行った。

 土煙を上げながら走り去っていく彼女を見送り、健吾は呆然と呟いた。


「何もあそこまで怯えなくても……超いやらしいって、ひでえな……」


 追い払う事には成功したわけだが、まるで喜べない健吾であった。


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