3.健吾の秘密
健吾と別れ、中庭を離れた雨音はその足で職員棟へ向かい、職員室に入るなり担任の教師に詰め寄った。
「どういう事ですか、先生。説明をお願いします!」
「んー?」
雨音や健吾が所属する一年A組のクラス担任は女性教諭で、砂川操という。
そこそこの美人だが、セミロングの髪はボサボサで、いつもぼーっとしていて、どこか頼りない印象がある。
先日の現地訓練の際には「他に仕事があるから」などと言って同行していない。
その事もあって、雨音は彼女の事をあまり信頼していなかった。
昼食の豚骨ラーメンをズルズルとすすっていた操は、いきなりやって来た雨音を怪訝そうに眺めていた。
「どうしたの、天道さん。先生、お昼食べてるんだけど」
「ラーメンなんか食べてる場合じゃないですよ! うちのクラスの横賀君の事、先生はご存じなんですか?」
「横賀君? ああ、彼か……」
うんうんとうなずき、操はラーメンの丼を机の上に置いて、雨音に目を向けた。
「ちょっと頼りない感じがするけど、割といい男よね」
「い、いえ、そういう話じゃなくてですね……」
「年上に興味あるのかしら。でも、教師と生徒の間でそういうのはよくないかも」
「何の話をしてるんですか! そうじゃなくて、彼の能力についてです!」
声を荒らげた雨音に、操は眉をピクッと揺らし、小声で呟いた。
「もうバレちゃったのか。意外と早かったわね」
「ご存じだったんですね」
「ま、担任だからね。クラスの子達のデータは全部把握してるわ。当然、横賀君のもね」
それはつまり、学園側は健吾の実力について知っているという事なのか。
雨音の考えを悟ったのか、操が呟く。
「知っているのは私を含めてごく一部の人間よ。ほとんどの職員は知らないわ」
「そ、そうなんですか。すみません、軽率でした」
自分の口を手で押さえながら、雨音は周囲を見回し、聞き耳を立てている職員がいないのか確認した。
操が苦笑し、軽い口調で言う。
「誰にも聞かれてないから安心して。そのぐらいは確かめてから話してるわ」
「そ、そうですか。よかった」
「いずれ知れ渡る事になるかもしれないけど、できる限り秘密にしておいて。彼はちょっと、特殊なケースだから」
コクンとうなずき、雨音は操に真剣な目を向けた。
周囲の人間には聞こえないよう、声を潜めて尋ねてみる。
「あの人の力って、何なんですか? すごくレアな特殊技能とか……」
「んー、そうね。簡単に言うと……力が強い、って事かな」
「はい? 強力な能力って意味ですか?」
「そうじゃなくて、言葉そのまんまの意味。要するに彼は腕っ節が強いのよ」
「腕力が強いだけ? そ、そんな馬鹿な……」
「ま、普通はそう思うよね。どんなに腕力がある人間でも、魔力が強くて対魔技能が高い人間には全然敵わないはずだもの。でも彼の場合、そういう常識が当てはまらないぐらい、でたらめに強いの。信じられないでしょうけど」
「……」
操の話を聞き、雨音は首をひねった。
健吾の腕力が強いのは見せてもらったし、身体が頑丈なのも確認した。
しかし、それは何らかの特殊能力によるものだと思ったのだが、違うというのか。
「分かりました」
「おっ、分かってくれた?」
「つまり、そうまでして隠さなければならないレベルの能力なんですね」
「いやいや、そうじゃなくてね? 彼に特殊な能力なんかないのよ」
「そうですね。そういう事にしておきましょう」
「あー、やっぱり信じられないか。無理もないとは思うけど」
ため息をつき、操は説明するのをあきらめた様子だった。
彼女の態度が雨音には真実を隠すための演技に見えてしまい、ますます疑わしく思えてくる。
これ以上、尋ねてみても無駄だろう。雨音は操に会釈し、職員室を後にした。
こうなったら自分の目で確かめてみるしかない。
健吾が本当に無能力者で腕力が強いだけなのか、こっそり調べてやろうと思う。
教室での健吾は、特に目立った行動を取る事もなく、普通にすごしていた。
普通に授業を受け、普通に居眠りをして、普通にクラスの男子達と談笑している。
あまりに普通すぎて、かえって不自然に思えてしまうぐらいだった。
雨音の席は教室の廊下側、最後尾にあり、健吾の席は窓際の後ろから二番目の位置にある。
先日の現地訓練での一件以来、雨音は健吾の様子を観察し続けていた。
今日も朝からずっと様子をうかがっていたのだが、特に怪しい要素は見受けられなかった。
業を煮やした雨音は、放課後、健吾に声を掛けてみた。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「またあんたか。今度は何だ?」
警戒した様子の健吾にニコニコと微笑み、雨音は軽い口調で告げた。
「これから自主訓練に行く予定なんだけど、付き合ってくれない?」
雨音の言葉に、クラスメイト達がざわめく。
何しろ雨音は新入生のエースで、健吾は最底辺の無能力者なのだ。
正反対の立場にいる二人が会話を交わしているというだけでも不自然な光景だが、あろう事か雨音は健吾を訓練に誘っている。どういう事なのかと皆が疑問に思うのは当然だろう。
周囲の注目を集めてしまい、健吾はダラダラと嫌な汗をかいた。笑顔の雨音に小声で答える。
「い、いや、悪いけど今日は用事があって……」
「どんな用事?」
「え、えーと、それはその……そうそう、買い物に行かないといけないんだ。今日発売の雑誌があって……」
「訓練が終わった後でも行けるよね? 何なら私が買ってきてあげましょうか」
「い、いいよ、そんな……」
「それじゃ、訓練に行きましょう。さあ、急いで」
雨音からうながされ、健吾はため息をついた。
どうも断れるような雰囲気ではない。ここは黙って従うしかなさそうだ。




