23.異世界へ
学園から五㎞ほど離れた、都市郊外にある草原。そこに異世界と繋がるゲートがあった。
草原の周辺は立ち入り禁止となっていて、異世界探索部隊の管理下にある。
一年A組の生徒達はバスに乗って現地まで移動し、ゲート前に集合していた。
戦闘服を着た完全武装の兵士達が十数名、待機しており、生徒の護衛として同行する事になっている。
「んじゃ、護衛よろしくね」
「はっ! お任せください!」
引率役の操が声を掛けると、護衛部隊の兵士達は直立不動の姿勢で敬礼していた。
ああ見えて操は探索部隊においてそれなりの立場にいるらしい。
生徒達は皆、緊張した面持ちで整列していた。
先日の演習での一件や、ここ最近の事件から不安を感じているのだろう。
健吾も皆と同様に不安を感じ、ゲートを見つめていた。
空間に開いた、高さ五メートル、幅三メートルほどの楕円形の穴。穴の周りを金属製の枠で囲まれている。
穴の内部は煙のような物が渦を巻いており、その向こうに何があるのか分からないのが不安感を増大させる。
ゲートを抜けた先に魔物の大群が待ち構えているのではないか、などと考えてしまう。
護衛部隊が先にゲートをくぐり、異世界へと入っていく。
ややあって兵士が一人戻ってきて、異世界側が安全である事を告げる。
「さあ、行くわよ! 出発!」
操が号令を掛け、生徒達がゲートに入っていく。
健吾達が順番待ちをしていると、操が声を掛けてきた。
「天道さん、はいこれ」
「えっ?」
操が差し出してきた物を受け取り、雨音はハッとした。
「これって……新型の魔銃剣?」
「そう。魔力の充填量を大幅にアップした最新型の試作品よ。汎用型の二倍以上の魔力を充填できるわ」
従来の魔銃剣よりもやや大きく、見るからに強力そうな新型の武器を手にして、雨音は目を輝かせた。
「すごい。私が使っていいんですか?」
「もちろん。完成したばかりの試作品だから注意して使ってね」
さらに操は、美絵にも武器を差し出してきた。
「神谷さんにはこれ。射撃に特化したカスタムタイプ。可能な限り軽量化してあるわ」
「私に?」
通常の魔銃剣よりも銃身が長いそれを受け取り、美絵は意外そうにしていた。
「あの……なぜ私に……」
「神谷さんは通常の魔銃剣だとまともに扱えないでしょ? でも、射撃は悪くない成績なのよね。だから射撃用のカスタムタイプを用意したの」
「ど、どうも……」
さすがは担任というべきか、操は対魔技能レベルの低い美絵についても把握しているらしかった。
舞は例の格闘用ディバイスを装備している。これで雨音の班は健吾を除く全員が装備を強化した事になった。
「これであなた達の班も他の班と同等レベルになったかな。がんばってね」
「せ、先生。わざわざ新型の武器まで用意したって事は、もしかして、今回の訓練はかなり危険なんじゃ……」
雨音が問い掛けると、操は軽い口調で答えた。
「備えあれば憂いなし、ってやつよ。何かあっても基本は逃げる方向で。ま、そういう事だから」
そこで操は、黙って立っている健吾に目を向けた。
「頼むわね、健吾君」
「は、はい」
健吾に微笑み、操は列の先頭へ戻っていった。
生徒達は班ごとに順番でゲートに入っていく。雨音の班は最後だ。
やがて順番が回ってきて、リーダーの雨音が皆に告げる。
「よし、行くわよ、みんな! 訓練だからって気を抜かないでね!」
皆がうなずき、雨音、健吾、舞、美絵の順にゲートに足を踏み入れる。
次元の裂け目とでもいうのだろうか。ゲートの内部は周囲を煙のようなものが渦を巻いているトンネルで、先の方は果てのない闇が広がっているように見える。
だが、終点にはすぐにたどり着く。数メートル進んだところで前方の闇が晴れ、明るい景色が広がる。
そこは、異世界。異なる次元に存在するという未知の世界だ。
見通しのよい草原に、雨音達四人はたたずみ、あたりを見回した。
「あ、あれ? クラスのみんなは?」
護衛部隊とクラスの面々、合わせて五〇名ほどが先にゲートをくぐったはずなのだが、見える範囲には誰もいなかった。
雨音は顔色を変え、呆然と呟いた。
「ま、まさか、私達が来る前に魔物に襲われて……」
「いいえ。たぶん、違うわ」
否定したのは、意外にも美絵だった。
皆が注目すると、美絵は淡々と呟いた。
「争った痕跡がないし、足跡すらない。それにここは、以前に来た場所とは景色が違う」
皆は慌てて、あたりを見回した。
見ると確かに戦いを示す痕跡もなければ、足跡もない。景色の方も言われてみれば違うような気がする。
即座に気付くとは、さすがは美絵という事か。
改めて美絵の観察力に感心しつつ、雨音は呟いた。
「つまり、ここは以前に来た場所じゃないし、先に行った人達もいないわけね。私達だけ別の場所に出ちゃったと……そういう事?」
美絵がうなずき、舞が顔色を変える。
「た、大変じゃないの! すぐに引き返して……」
全員が一斉に背後を振り返ると、たった今、通ってきたはずのゲートはどこにもなかった。
「う、嘘! 帰り道が……ない……!」
舞が呆然と呟き、皆に緊張が走る。
そこで健吾が周囲を見回し、呟いた。
「確かに前に来た場所とは違うみたいだが、そんなに離れていないみたいだぜ」
「えっ? ほ、本当?」
不安そうな舞にうなずき、健吾は近くにある森を指で差してみせた。
木々の一部が薙ぎ倒されていて、白骨化した魔物が倒れている。それを見て、雨音はハッとした。
「あれって、前の演習の時に横賀君が倒した魔物? じゃあ、ここは……」
「ああ。前に来た場所から少し離れた所みたいだ。距離的には二、三㎞ってとこか」
二人の会話を聞き、舞が問い掛けてくる。
「じゃ、じゃあ、元の世界に戻れるの?」
「たぶんな。あの森の向こうまで行けばゲートがある場所にたどり着くはずだ。そこに他のみんなもいると思う」
舞は安堵したが、雨音は難しい顔をしてうなっていた。
「私達だけ離れた場所に出ちゃったのが引っ掛かるわね。単なる事故か、それとも……」
「……何者かがゲートに干渉したのかもしれないわ」
美絵が呟き、再び緊張が走る。
雨音はすぐさま新型の魔銃剣を構え、魔力をチャージしながら皆に告げた。
「ともかく、みんなと合流しましょう。何が出てくるか分からないから、警戒を怠らないようにね」
皆がうなずき、森を迂回して反対側まで回り込むルートを進む事にする。
健吾と雨音が並んで前を歩き、美絵と舞が二人の後ろに続く。
森を除けば見渡す限りに草原が広がっていて、見通しはいい。
特に怪しい物や魔物は見当たらず、取り立てて危険はなさそうだった。
しかし、健吾は落ち着かなかった。
ここに来てからずっと、妙な感じがして仕方がない。
異世界に来て緊張しているというのはある。他の皆とはぐれてしまい不安を感じてもいる。
だが、それらとは別次元の妙な感じがする。
はっきりとは分からないが、得体の知れない何かからずっと見られているような……奇妙な感覚だった。
「天道。やばいと思ったら二人を連れて逃げろ」
「何よ急に。もしかして、敵の気配でも捉えたの?」
健吾が小声で呟くと、雨音は小声で応えながら、表情を引き締めていた。
「いや。だが、嫌な感じがする。敵が現れたら戦うより逃げるのを優先した方がいい」
「まさか、一人でどうにかするつもり? 格好付けすぎでしょ。似合わないわよ」
「いや、別にそんなんじゃ……」
否定しようとした健吾をジロッとにらみ、雨音は強い口調で告げた。
「あなたが強いのは分かってる。私達じゃ足手まといになるかもしれない。でも、だからって仲間を見捨てるような真似、できると思う? あんまり馬鹿にしないでよね」
「い、いや、俺はそんなつもりじゃ……」
「なんでも自分一人で解決しようとするんじゃないわよ。少しは仲間を頼りなさい」
「……」
雨音の言葉に、健吾は反論できなくなった。
ずっと以前にも、操から似たような事を言われた覚えがある。まさか雨音からも言われるとは思いもしなかった。
健吾の化け物じみた力を知った上で、雨音は「仲間」と言ってくれた。それがなんだかうれしかった。
「ほんと、男らしいよな、天道は」
「はあ? こんな天使をつかまえてなんて言いぐさよ。それでほめてるつもり?」
「純粋に評価してるだけだ」
「フォローになってないし! 大体、あなたは……」
雨音が健吾に抗議しようとした、その時。
周囲の地面が盛り上がり、地中から巨大な影が飛び出してきた。
「で、出た、魔物よ!」
「嘘だろ!? 何の気配もしなかったのに!」




