21.決着
飛来する空気弾を拳で弾き飛ばして突き進み、猛然と肉迫する。
明後日の方向を向いていた亀が長い首をもたげ、健吾に目を向けてくる。
先程までとは彼の様子が違う事に気付いたのだろう。
「うおおおおお、行くぜ、亀野郎!」
地面を蹴り、健吾は跳躍した。
右の拳を振りかぶり、激突する勢いで打ち込む。狙いは、硬そうな甲羅に生えている巻き貝の一つだ。
空気を射出しているという事は、巻き貝の内部はほぼ空洞のはず。他の部分よりも脆いと見た。
健吾の拳が炸裂し、巻き貝にめり込み、粉々に吹き飛ばす。
やはり自由に動ける状態だと、拳に乗せられるパワーが桁違いだった。
さらに他の巻き貝にも拳を叩き込み、一撃で破壊していく。
亀が巨体を揺るがし、大きな口を開けて不気味な鳴き声を轟かせる。
「ギエエエエエエエエ!」
「やかましい! でかけりゃいいってもんじゃねえぞ、この野郎!」
負けじと怒鳴り声を上げ、健吾は全力で拳を振るった。
巻き貝のほとんどを壊してしまい、甲羅に拳を叩き付ける。
やはり、巻き貝が生えていた箇所には小さな穴が開いていた。
そこを狙い、ズドン、ズドンと拳を打ち込む。
亀の巨体が揺れ、健吾を振り落とそうとして右に左にと回転する。
そこで亀の足元で爆発が起こり、地面が吹き飛ぶ。雨音が魔力弾を撃ち込んだのだ。
足場を崩され、亀の巨体がグラリと傾く。
「本体には効かなくても、地面を吹き飛ばす事ならできるのよ! それ、沈め、沈めえ!」
雨音が魔力弾を連射し、亀の足元を爆破して、地面に大穴を開ける。
その巨体ゆえか、姿勢を安定させる事ができず、亀は奇声を発してもがいていた。
甲羅に乗った健吾は転げ落ちそうになりながらもどうにか踏ん張り、ついに硬い甲羅に亀裂を生じさせる事に成功した。
「よーし、このまま叩き割ってやる!」
「横賀君、危ない!」
「!?」
雨音が叫び、健吾は顔を上げた。
見ると、亀が甲羅の上へと首を伸ばしてきていて、巨大な頭部が目の前に迫っていた。
亀が大口を開け、健吾にかぶりついてくる。健吾は左右の手で上下の顎を押さえ、丸呑みにされるのを防いだ。
「こ、この……くっ、すごい力だ……俺を食うつもりかよ……!」
「食べちゃだめ! 絶対、まずいわよ! お腹壊すに決まってるわ!」
「ひでえ言いぐさだな……もうちょいマシな声援を送ってくれ……!」
「がんばれケダモノ! どっちが危ない動物なのか教えてやりなさい!」
「う、うるせええええええ! ケダモノ言うなっつってんだろがああああああ!」
健吾は吠え、人類を超越した強大なパワーを振り絞った。
甲羅に足をめり込ませて踏ん張り、亀の頭部を押しやって、突き放す。
頭部が離れた瞬間、身体を捻り、右の拳を思いきり振りかぶる。
「おりゃあ!」
再びかぶりつこうとしてきた亀の鼻先を目掛け、フルパワーの拳を叩き込む。
亀の頭部がグリン、と真横に吹っ飛び、地面に落ちる。
すかさず健吾は飛び降りて、亀の頭部に蹴りを打ち込んだ。
「こいつで、どうだ!」
流星のような蹴りを受け、亀の頭部が地面に埋まる。土砂が舞い上がり、地面がすり鉢状に陥没する。
怪物の動きが止まり、健吾は大きく息を吐いた。
「やっと終わったか……こんな頑丈な生き物とやり合ったのは初めてだぜ……」
足元をふらつかせながら、雨音が近付いてくる。
「やったの? さすがに手こずったみたいね」
「まあな。正直、今回ばかりは勝てないかと思ったよ。天道がいなかったら危なかったな……」
雨音を見つめ、健吾は笑みを浮かべた。
彼女がいてくれて本当に助かった。健吾だけだったらあきらめていたかもしれない。
健吾から優しげな眼差しを向けられ、雨音は頬を染め、戸惑ったような顔をしていた。
「な、何よ、急に素直になったりして。似合わないわよ、そんなの」
「そうか? 俺はいつも素直なつもりだけどな。天道みたいなツンデレじゃないし」
「誰がツンデレよ! こんなに素直で愛らしい天使をつかまえて失礼ね!」
「ツンデレ鬼天使?」
「無理に鬼入れるな! 鬼天使って何者よ!?」
ともあれ、魔物は倒した。蹴りを入れてくる雨音に健吾は苦笑し、彼女をなだめようとして……ハッとした。
「お、おい、天道。あれ……」
「何よ? まさかまだ敵が生きてるとか言うんじゃ……」
健吾が視線を向けた先に目を向け、雨音はギョッとした。
巨大亀の後方、木々が薙ぎ倒されて開けている空間に、妙な物が出現している。
それは黒い、渦のようなものに見えた。まるで何もない空間に穴が開いたようだ。
亀の巨体がズズッ……と穴の方へと動き出し、健吾達は目を丸くした。
体長二〇メートルの化け物亀がまるで巨人にでも引っ張られているかのごとく、実にスムーズに穴の中へと引きずり込まれていくさまを、健吾と雨音は呆然と眺めた。
やがて亀の身体は全て穴に吸い込まれてしまい、姿が見えなくなった。
空中に開いた穴が収縮し、閉じてしまう。
後に残ったのは巨大亀に荒らされた痕跡だけで、魔物の巨体は完全に消えてしまった。
「おいおいおい……どうなってんだ、これは……」
「見たまんまじゃないの。空間に大きな穴が開いて、そこに魔物が吸い込まれて消えた……」
「い、いや、そうだけどさ。理解の範疇を超えてるっていうか……なんなんだよ、あの穴は?」
「異世界に通じているゲートに決まってるじゃないの。そのぐらい予想が付くでしょ」
やはり、そうなのか。予想通りの答えを聞き、健吾はうなった。
「でもさ、おかしくないか? なんで亀が倒されたタイミングに合わせてゲートが開くんだよ。これじゃまるで……」
「何者かがゲートを開いて魔物を送り込み、倒されたから回収した……ってところかしら」
雨音が淡々と呟き、健吾は眉根を寄せた。
「そんな馬鹿な、って言いたいところだけど、確かにそんな感じだよな。つまりなんだ、自在に異世界へのゲートを開けられるやつがいて、そいつが魔物を寄越してきたわけか」
「みたいね。個人の仕業か、組織的な何かの仕業なのかは分からないけど」
異世界へのゲートは、超常現象のようなものだとばかり思っていた。
健吾だけではなく、ほとんどの人間がそのように捉えているはずだ。
だが、それを自由に開ける者が存在するとなると、これまでの常識が根底から覆される事になる。
問題は、何のためにそんな事をしているのかという事だが……。
「学園を潰すのが目的か? そんな真似をして得をするやつなんかいるのかな」
「ねえ、ちょっと変な事を思い付いたんだけど、聞きたい?」
不意に雨音が呟き、健吾をジッと見つめてくる。
嫌な予感がして、健吾は冷や汗をかいた。
「あんまり聞きたくないが、どうせ言うんだろ? 嫌でも聞かせるって顔してるぞ」
「そんなつもりはないけど。まあいいわ、聞かせてあげる」
一呼吸置いてから、雨音は自分の考えを述べた。
「魔物を送り込んでくるやつの狙いは……横賀君と戦わせるためじゃないかしら」
「これ以上ないぐらい嫌な仮説だな! そんなわけないだろ」
「そ、そうよね。なんとなくそんな気がしたんだけど、ありえないわよね」
雨音は慌てて自身の仮説を否定した。
ため息をつきつつ、健吾は考えていた。
実を言うと、健吾もまた、雨音と同じ予想をしてしまったのだ。
誰かが、健吾を狙って魔物を送り付けている……そんな恐ろしい考えが頭に浮かび、健吾は嫌な汗をかいた。




