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20.アンバランス


 ――まずは頭部を狙ってみるか。

 健吾は地を蹴り、猛然とダッシュした。雨音が短い悲鳴を上げ、ギュッとしがみついてくる。

 亀の巨体に接近し、地面を蹴って飛び上がり、頭部左側面を狙って拳を打ち込む。


「おりゃあ!」


 無論、全力、フルパワーだ。健吾の拳が巨大亀の横っ面にヒットし、派手な激突音が鳴り響く。


「お、横賀君、やったの!?」

「いや……」


 健吾は亀の頭部を蹴り、後ろ向きに飛んで離れた。

 地面に着地し、巨大亀をにらんでうなる。


「あいつ、ほんのちょっと頭を揺らしただけだった。全然効いてない」

「う、嘘っ! ほとんど人間やめてる横賀君の攻撃が効かないなんて!」

「うるせえよ!」


 手加減はしていない。だがやはり、雨音がくっついた状態のままでは思うように力が出せない。

 パワーリミッターは〇・二パーセントのままだ。これがまるで通じないとなると、リミッターの解放レベルをさらに上げるしかないか。

 だが、それには手続きが必要だし、危険が伴う。

 パワーを上げれば上手く身体が動かせない状態でも攻撃力を上げる事ができると思うが、それに雨音が耐えられるのか。


 そこで雨音が携帯電話を操作しているのに気付き、健吾はハッとした。


「天道? 何してるんだ」

「砂川先生に電話してるのよ。あの人の声じゃないとリミッターの設定を変えられないんでしょ?」

「なっ……!」


 どうやら雨音も健吾と同じ事を考えていたらしい。

 健吾は冷や汗をかき、雨音に告げた。


「い、いや、待て。これ以上、パワーを上げるのは危険だ」

「私なら大丈夫よ。魔力で身体を強化するから、多少の衝撃には耐えられるわ」

「しかし……」


 健吾の肩から顔を出し、雨音は彼の背中に回した手で携帯を操作した。

 操にコールして電話が繋がったところで、何かが飛来し、携帯電話に直撃した。

 携帯がバラバラになってしまい、雨音は目を丸くした。


「なっ……携帯が! そんな、どうして……」

「ど、どうした?」

「携帯を壊されちゃったの。でも、何が飛んできたのか見えなかった……これって、まさか……」


 亀の甲羅に生えている巻き貝を見つめ、雨音はハッとした。


「横賀君、気付いてる? さっきから変な風が吹いてるでしょ」

「ああ、風が巻いてるのは気になってたが……おい、まさか」

「そういう事らしいわ。あの亀が周囲の空気を吸い込んで、背中の巻き貝から撃ち出しているのよ。圧縮した空気をね」


 見えない攻撃の正体はそれか。また厄介な能力を持っているものだ。


「横賀君、携帯は?」

「……訓練場に置いてきた」

「なんで持ってこないのよ!」

「急いでたし、まさか必要になるとは……すまん」


 これでは操と連絡を取る事ができない。つまり、リミッターの設定を変えられないわけだ。

 そこへ空気弾が降ってきて、健吾は慌ててそれを避けた。

 地面が吹き飛び、爆撃を受けているような状況の中、健吾は森の中を走り、懸命に攻撃を回避した。


「お、横賀君、敵の攻撃が見えるの?」

「見えねえよ! 空気の流れで飛んでくる方向を読んでるだけだ!」

「すごい……ほとんど野生の獣ね。今後はあなたの事をケダモノと呼ばせてもらうわ」

「頼むからやめろ! これでも必死なんだぞ!」


 巨大亀はゆっくりと歩みを進めながら、空気弾を大量に放ち、不可視の爆撃を続けた。

 明らかに健吾を狙ってきている。本能で彼が危険な敵だと感じ取ったのか、それとも……。

 さしもの健吾も雨のように降ってくる見えない空気弾を避けきれず、何発かくらってしまった。

 彼が自分には当たらないように庇ってくれているのに気付き、雨音が叫ぶ。


「私に構わないで! 横賀君がやられたら元も子もないわ!」

「こ、このぐらい平気だ。気にするな」

「すごく痛そうじゃないの! やせ我慢しないで、ケダモノ!」

「ケダモノ言うな!」


 空気の塊ぐらいと思っていたが、亀が放つ空気弾はかなりの威力で、健吾ですら痛みを感じるレベルだった。

 あたりの木々や地面が破壊されていく様子からもその威力が分かり、雨音はギリッと歯噛みした。

 完全に彼のお荷物になってしまっている。自由に動く事さえできれば、今現在使える力でも健吾は魔物を倒せるのではないか。


「冗談じゃないわ……足手まといになんかなるもんですか……!」

「天道? 何を……」


 雨音は右手で魔銃剣を操作し、ソードモードに変形させた。

 左手で健吾の肩をつかんで腕を伸ばし、上体を後ろ向きに仰け反らせる。

 接着剤でくっついたラバースーツの胸元が限界まで伸びてしまい、雨音が苦しそうにうめく。


「う、ううーん……!」

「強引に引き剥がすつもりか? 無茶するなって!」

「い、いいから、見てなさい……こんなもの、こうすりゃいいのよ!」

「!?」


 雨音が魔銃剣のトリガーを引き、威力を最小に抑えた魔力の刃を生じさせる。

 伸びきったスーツの接着部分に刃を当てて、ザクッと切り裂く。

 ゴムを引っ張りながら下の方まで切ってしまい、雨音は健吾との分離を果たした。


「やった! これで自由に動けるわね!」

「お、おう……そ、そうだな……」


 確かに分離には成功したが、かなり雑に切り離したために、二人のラバースーツは接着していた前面部分がズタズタになっていた。

 雨音は胸元から下腹部にかけて派手に破れてしまい、その豊かな胸のふくらみがこぼれ出ていた。

 ハッとして、雨音が胸元を押さえる。至近距離でとんでもない物を目にしてしまい、健吾は慌てて顔をそむけた。


「お、横賀君……見た?」

「い、いや、何も。意外とでかい丸いのなんて見てないよ?」

「しっかり見てるじゃないの! この変態、死ねえ!」

「うわっ!」


 雨音が健吾を突き飛ばし、その反動で彼から離れ、地面に転がる。

 慌てて駆け寄ろうとした健吾に、雨音は胸元を隠しながら叫んだ。


「私の事はいいから! さっさとあの化け物をやっちゃいなさい! 行け、ケダモノ!」

「ひどい言いぐさだな……」


 だが、おかげで自由に動けるようになった。

 健吾は笑みを浮かべ、雨音の勇気ある行動に感謝した。


「ほんと、そこらの男より決断力あるよな。尊敬するぜ、天道……!」


 気持ちを引き締め、健吾は地面を蹴り、巨大亀に向かって突進した。


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