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18.木人と接着剤


 本日も実技訓練が行われた。

 体育館程度の広さを備えた屋内訓練場の各所には、高さ約二メートルの、円筒形の物体が設置されていた。

 それは接近戦訓練用の人形で、芯になっている金属製のフレームを除けば、ほぼオールウレタン製だが、なぜか『木人』と呼ばれている。

 木人には直径二〇センチの長い棒が数本生えており、これを標的にしたり、敵の攻撃に見立てたりする。

 また、その場で左右に回転する機能を備え、床に設置されたレール上を移動する事も可能という優れものだ。


「というわけで、うちの班は横賀君を木人役にして訓練を行います!」

「いやいや待て待て! せっかく便利な設備があるのになんで人間を代役にするんだよ!」


 抗議の声を上げた健吾に、雨音は説明をした。


「うちの班が使う予定だった木人が故障しちゃって、修理に出してるんだって。だから仕方ないのよ」

「し、しかし、それならよその班に交ぜてもらえば……」

「私は木人の使用を禁止されてるの。また壊したら承知しないって言われてて」

「また? まさか、故障中の木人って天道が壊したのか?」

「……さあ、訓練を始めるわよ!」

「おい、無視するなよ!」


 木人本体は修理に出されているが、レール上に設置されたターンテーブルの台座は残っていた。

 そこで健吾は台座に載り、木人の代わりを務める事になった。

 真っ直ぐに立ち、右腕を前に突き出し、左腕を真横に伸ばしてポーズを取る。

 健吾はなんだか恥ずかしかったが、雨音は満足げにうなずいていた。


「どこからどう見ても立派な木人だわ。演劇でカカシとか木の役をやらせたら右に出る者はなさそうね」

「それでほめてるつもりかよ……」


 生徒は全員、全身を覆うラバータイプの訓練用防御スーツを着用している。

 他の班の生徒達が自動で動く木人を相手に訓練を行う中、雨音達の班は健吾を木人の代役にして訓練を開始した。


「さあ、神谷さん。この最新型リアルタイプ木人に打ち込むのよ!」

「りょ、了解。……えい、やあ」


 銀髪に眼鏡の少女、神谷美絵が健吾の前に立ち、よろめきながら練習用の剣を振り、健吾の腕に当ててくる。

 それは本当に当てているだけで、虫も殺せそうにない弱々しい攻撃だった。


「神谷、遠慮しなくていいぜ。お前が全力で殴ってきても俺は平気だし」

「……今のが全力だけど」

「嘘だろ!? こりゃ神谷に接近戦は無理なんじゃ……」


 誰にでも向き不向きはある。運動が苦手だという美絵に無理をさせても怪我をするだけではないか。

 すると雨音が、首を横に振った。


「最低限、自分の身ぐらい守れるようにしておかないと。異世界で探索中、仲間とはぐれたらどうするの? 体術は苦手だからって言って大人しく魔物の餌になる?」


 雨音の言葉に美絵はフルフルと首を横に振り、剣を構え直した。

 彼女なりにがんばるつもりはあるようなので、健吾は口を出さない事にした。

 よろめきながら、美絵が剣を振るう。


「ちょっと待て。それ、金属製の重いやつだよな? 非力な神谷になんでそんなのを持たせてるんだ?」

「き、筋力を鍛えるためだって天道さんが……ううっ、肩が外れそう」

「無理するなよ! お前は普通の木刀にしろ!」


 汗だくになっている美絵から剣を取り上げ、休ませておく。

 すると雨音が不服そうに頬をふくらませた。


「せっかく神谷さんの筋力を大幅にアップさせようとしたのに。そういうのって本当の優しさじゃないと思うなあ」

「お前は極端すぎるんだよ! 徐々にやらないと怪我するだろ!」

「はいはい、分かったわよ。木人は黙って構えてなさいよね」


 雨音はバットを一回り太くしたような武器を用意していて、金属製と思われるそれの表面には小さなコブが無数にあり、とてつもなく凶悪な外見をしていた。


「お、おい、天道。それ、鬼が使う金棒なんじゃ……」

「誰かさんが私の事を鬼とか言うから用意したのよ。筋トレにもなって一石二鳥だわ」


 かなり重いらしく、鍛えている雨音ですら両手で持ち上げるのがやっとの様子だ。

 そこで雨音は魔力をみなぎらせ、身体能力を強化した。魔力量が多く、対魔技能レベルが高い者にしか使えない魔力の活用法だ。

 ちなみに魔物が強いのはこれを呼吸するようにして自然に行っているからだと言われている。


 金棒を構え、魔力をまとってニヤリと笑う雨音は、まさに鬼そのものだった。

 息を呑んだ健吾に雨音が迫り、振りかぶった金棒を打ち込んでくる。


「でやあああああ!」

「だからなんでそんなに気合い入ってるんだよ!? 俺に恨みでもあるのか!」


 フルスイングで打ち込まれた金棒が健吾の脇腹に激突し、傍らに控えた美絵と舞が目を丸くする。

 ボゴン、とタイヤを殴ったような音が響き、衝撃で腕が痺れてしまった雨音が金棒を取り落とす。

 床に落ちたそれは飴細工のようにグニャッと曲がっていた。


「ふおおおお……ビ、ビリビリ来た……やっぱ、この程度じゃ効かないのね……」

「ど、どうだ、驚いたか? もしかしてものすごく痛いんじゃないかと思ってビビッたけど、大した事なかったな!」


 実際、これが本物の木人だったら一撃で破壊されていただろう。

 それほどの威力を込めた打撃だったというのに健吾はノーダメージだった。


「よし、蒼井さん、例の物を!」

「あっ、はい。でも、本当に使ってもいいの?」

「砂川先生の許可はもらっているわ。遠慮は無用よ!」


 雨音にうながされ、舞が持参したバッグから見慣れない装備を取り出す。

 それは握力計のような形状をした、ナックルガードらしき物だった。

 同じ物が二つあり、舞は左右の手にそれを装備した。

 目を閉じてうーんうーんとうなり、少ない魔力を両手の器具に充填する。


「あ、蒼井、それは?」

「えっとね、近接戦闘用のディバイスなんだって。開発中の試作品を砂川先生が貸してくれたの」

「へ、へえ、操先生がね……」


 魔力を利用した武器は現在も開発中で、様々なタイプが作られていると聞く。舞が渡された物もその一つなのだろう。


「このナックルカイザー(仮称)を使えば、魔力が弱い人でも魔物を殴り倒せるんだって。木人相手に試してみるよ!」

「あ、蒼井? なぜ俺をサンドバッグを見るような目で見るんだ?」

「いくよ! はああああ!」


 舞が踏み込み、武器を装着した小さな拳を健吾に放ってくる。

 内部で増幅された魔力がナックルガードに集中、光を放ち、打撃の威力を増大させる。

 ズドン、と健吾の腹部に拳がぶち当たり、その意外な威力に健吾は目を丸くした。

 舞もまた手応えを感じたらしく、笑みを浮かべて左右の拳を交互に打ち込んでくる。


「はっ、はっ! 悪くないかも! パンチ力が一〇倍ぐらい強化された感じだよ!」

「そうか、よかったな。よし、ガンガン来い! お前の全力、俺が受け止めてやるぜ!」

「うん!」


 舞は元々身体能力が高いが、魔力が低いため、汎用のディバイスである魔銃剣では十分な攻撃力を発揮できずにいた。

 自分に合った武器を手に入れ、舞はうれしそうだ。健吾もなんだかうれしくなり、舞の練習台になってやろうと思った。

 和気藹々としている二人の様子を眺め、雨音は目を細めた。

 ようやく息を整えた美絵が隣に並び、雨音の顔をのぞき込んでくる。


「……面白くなさそうね」

「べぇつにぃ? ただ、私とやる時とは大違いで楽しそうなのがむかつく、ってだけよ」

「否定できてないわ」

「ぐっ……! そ、そりゃまあ、あれだけ態度が違うと不愉快にもなるわよ。あの男、年上好きだと思ったのにロリもいけるのかしら?」

「蒼井さんは同い年。ロリではないわ」


 それは雨音にも分かっているが、単純に見た目の問題だ。

 美絵は雨音に比べて小柄だが、同級生だと言ってもおかしくはない。

 ところが舞はやたらと小さく顔付きも幼いため、同じクラスにいる事自体が不自然に思えてしまう。

 無論、幼く見えるぐらいの事で雨音は年下扱いしたりしないが、健吾がどのような気持ちで舞と接しているのかは気になるところだ。


「ねえ、横賀君ってロリ好き?」

「天道? いきなり何を言い出すんだ!?」

「否定しないんだ。そっか、守備範囲広いのね」

「決め付けるなよ!」


 雨音が納得したようにうなずき、健吾は引きつってしまった。

 彼女が何を言いたいのか、いや、そもそも何を考えて生きているのか分からない。

 女というものは男とは異なる価値観や思考形態をしているというが、雨音の場合は性別関係なく普通とは違うような気がする。


「蒼井さんがロリ枠、私が天使枠だとすると、神谷さんは何枠なのかしら?」

「おいそこ! さり気なく自分を天使枠にカテゴライズしてんじゃねえぞ! 鬼神か邪神みたいな存在のくせに!」

「うるさいわよ、木人枠」

「嫌な枠に当てはめるなよ! 今後の人生が不安になるじゃないか!」

「私達が卒業してもあなたはそこで木人として働き続けるのよ!」

「じょ、冗談じゃねえ! こんなのもうやめて……あ、あれ? 足が台座から離れない!」


 すると雨音がニッコリと微笑み、愉快そうに告げた。


「あなたが載る直前、台座の上にたっぷりと超強力瞬間接着剤を塗り付けておいたの。簡単には取れないわよ」

「なぜそんな真似を!?」

「木人役を途中でやめさせないようにするためよ。手を打っておいてよかったわ」


 健吾はあせり、足を台座から引き剥がそうとしたが、訓練用ブーツの靴底がガッチリ接着されていてビクともしない。

 健吾の力なら強引に足を持ち上げるのは可能だが、それではブーツの底が破れてしまう。


「お前これ、どうしてくれるんだよ! 剥がそうと思ったらブーツを犠牲にするしかないじゃないか! 新品なのに!」

「この専用の剥がし液を使えばきれいに取れるから心配しないで」

「用意いいなおい! そいつをよこせ!」

「ふふっ、訓練が終わったらねー……きゃっ」


 そこで足元に落ちていた何かを踏んでしまい、雨音は前のめりに倒れそうになり、台座につまずき、健吾に抱き付いてしまった。

 手に持っていたチューブを握り潰し、中身を噴き出させてしまう。

 粘性の高い透明の液体が雨音の胸元に注がれ、健吾との接触部分に流れ込んでいく。

 美絵が身をかがめ、雨音が踏み潰したチューブを見て、眼鏡のレンズをキラリと光らせて呟く。


「これ、接着剤の剥がし液だわ」

「あっ、本当だ。中身が出て、どんどん蒸発してるね。あれ、じゃあ、天道さんが持ってたのは?」


 舞が首をかしげ、美絵と共に雨音達に目を向ける。

 そこでは向き合う形で抱き合ったまま、もがく二人の姿があった。


「は、離れない……おいそれ、接着剤の方じゃねえか!」

「そ、そうみたいね。私とした事が間違えちゃったみたい……うーん、うーん、だめだわ、完全にくっついちゃってる」


 二人とも訓練用のラバースーツを着用しているため、身体のラインがくっきり出ていて、衣服を着ているのにもかかわらず妙な生々しさがあった。

 雨音が身体を離そうとしてもがく都度に胸のふくらみが弾んでムニュムニュと圧迫され、健吾はどうにかなりそうになった。


「お、おい、天道、動くなって! 頼むからやめてくれ!」

「だ、だって、こんなのさすがに恥ずかしすぎるし……ああん、取れない……!」


 抱き合う二人の姿を眺めて、舞と美絵は頬を染め、顔を見合わせた。


「え、ええと、どうしよう?」

「剥がし液がないのではどうしようもないわ。街へ行けば手に入るかも」

「そ、そうだね。それじゃ私達、先生に許可もらって買いに行ってくるから、横賀君達は待っててね!」

「この状態で!? 冗談だろ!」

「大丈夫、横賀君なら耐えられるよ! それじゃがんばって!」


 二人に手を振り、舞は美絵を連れて去っていった。

 台座の上で抱き合ったまま身動きが取れず、健吾と雨音は目が合うなり真っ赤になり、慌てて顔をそむけた。


「なんてこった……今日は人生最悪の日だな……」

「ふ、ふん、悪かったわね、私なんかとくっついちゃって。そんなに嫌なら自慢のパワーで私をバラバラにして取っちゃえば?」

「なに怒ってるんだよ。天道が嫌とは言ってないだろ。この状態が最悪だって意味だよ」

「ならいいけど……いやよくないけど……周りのみんな、気付いてるわよね? ああもう、恥ずかしい……!」


 周囲を見回してみると、他の班の生徒達は訓練を行いながら健吾達を見ていたが、目が合うと慌てて顔をそむけていた。

 雨音が休み時間に暴れようとした効果か、下手にからかうと後が怖いと思っているのだろう。怪我の功名とはこの事か。


「立ってると目立つし、せめて座るか?」

「ま、待って! このまま腰を下ろすと余計まずい感じになるんじゃない?」

「うーん、そうかもな……くそ、せめてブーツが脱げれば移動できるのに」


 訓練用のブーツは靴紐とベルトでしっかり固定されていて、足だけを引き抜くのは難しそうだった。


 館内にサイレンが鳴り響いたのは、その時だった。


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