17.二人の関係
教室にて、授業中。
雨音は教師の声に耳を傾けながら、窓際の席に座る健吾の様子をチラチラと盗み見ていた。
健吾は頬杖をつき、眠そうにしている。特に変わった様子はなく、いつも通りだ。
(うーん……どう見ても普通よね。桁外れに力が強いようには見えないな……)
仮にだが、もしも健吾が筋肉ムキムキのプロレスラーのようなマッスルボディであったのなら、多少は納得がいく。
しかし、彼はそこそこ背が高いだけで、体格的には普通の少年だ。
大型の魔物を凌駕するような腕力を備えているようには見えない。
てっきりあのリストバンドに筋力増強の機能でもあるのだろうと考えていたのだが、どうやら違ったらしい。
増強どころか力を制限するリミッター機能を備えていると聞き、雨音としては首をかしげるばかりだ。
(魔力はゼロで、特殊な能力もなく、ただ単に力が強いだけ……そんなの、信じろっていうのが無理よね……)
本当は他に何か秘密があるのではないか。雨音の疑問は深まるばかりだった。
疑問に思ったらともかく確認してみなければ気が済まないのが雨音の性格だ。
これまで以上に健吾の様子に注目し、怪しい要素はないかと観察を行う。
授業中や休み時間、獲物を狙う鷹のような目で健吾をにらんでいる雨音の姿に、クラスメイト達は二人が喧嘩でもしているのではないかと囁き合っていた。
「なあ、横賀。お前の浮気がバレて天道がブチ切れてるって本当か?」
「……いやいやいや。一体全体、どこからそんな話が出てくるんだよ……」
休み時間、同じクラスの男子達から小声で問い掛けられ、健吾は引きつってしまった。
彼らは廊下側の席に座る雨音の様子をチラチラとうかがいながら、ヒソヒソと囁いてくる。
「早く謝っちまえよ。天道の殺気が強すぎて誰もあの辺に近付けなくなってるぞ」
「い、いや、だからな? 俺は浮気なんてしてないし、それ以前に天道とは付き合ってもいないんだって」
「嘘つけ。お前ら、いっつも一緒じゃねえか。あれだろ、お前が天道に『お願いですから付き合ってください』って土下座して頼み込んだんだろ?」
「また土下座か! 俺って何? そういうキャラに見えるのか?」
「丸見えだ」「ドMだろお前? そうに決まってるよ」などといった愉快な意見を聞かされ、健吾は泣きたくなった。
彼ら曰く、健吾と雨音では釣り合いが取れてなさすぎて不気味なぐらいだが、クラス内で議論を交わしていくうちに、ドSとドMで意気投合したのではないかという結論に行き着いたらしい。
このクラスには暇人しかいないのか。健吾は呆れるばかりだ。
雨音の様子を見てみると、彼女はやはり健吾の方を見ていて、目が合うなり慌てて顔をそむけていた。
ちょっとかわいい反応だとは思ったものの、周囲から妙な誤解をされたままでは居心地が悪い。
仕方なく健吾は席を立ち、雨音の席へ向かった。
「なあ、天道。俺に何か用か?」
「えっ? 何の話?」
「いやだから、ずっと俺の方を見てるっていうか、にらんでるだろ。言いたい事があるんなら直接言ってくれ」
すると雨音は頬を染め、フルフルと首を横に振り、否定した。
「み、見てないし! 妙な言いがかりはやめてよね!」
「いや、見てただろ。クラスのみんなも気付いてて不審に思ってるみたいだぞ」
「えっ?」
周りを見回し、クラスメイトの大半がこちらを見て妙な笑みを浮かべているのを確認し、雨音は真っ赤になった。
「ち、違うのよ! そういうのじゃなくて……ともかく違うの!」
皆からどんな目で見られているのかを察し、雨音は慌てて周囲に向けて言い訳をした。
雨音でもこういう反応をするのだと知り、健吾は何やら新鮮な気分になった。
「天道は人目なんか気にしないと思ってたのに。なんか意外だな」
「う、うるさいな。私だって多少は気にするわよ。私が横賀君に夢中だとか思われたら困るし」
「いや、既に俺達は付き合ってて、俺が浮気したせいで天道が激怒してるって話になってるらしいぞ」
「何それ!? どこからそんな話が出てくるのよ!」
「しかも、俺達はドSとドMにされてるらしい」
「し、失礼な! 横賀君はドMかもだけど、私はドSなんかじゃないわ!」
「俺だって違うよ! つか、天道はSで間違いないんじゃ……」
「なんですって!? 私のどこがSなのよ! 天使のように優しいのに!」
失言を漏らした健吾に雨音がつかみかかったところ、クラスメイト達がどよめき、「修羅場だ」「女王様のお仕置きだ」「ご褒美タイムか?」などと勝手な事を呟いていた。
皆の呟きを耳に捉え、雨音の眉がつり上がる。
彼女が腰に提げた魔銃剣に手を伸ばしたのを見て、健吾は真っ青になった。
「どいつもこいつも勝手な事を……私を怒らせるとどうなるのか思い知らせてやる……!」
「ま、待て、落ち着け、天道! 教室でそんなもん振り回したら大惨事になるぞ!」
「大丈夫よ、加減するから! さあ、文句があるやつは前に出なさい! 死なない程度に切り刻んでやるわ!」
「普通に殺人未遂だろ! いいから落ち着けって!」
今にも魔銃剣を起動させて暴れ出しそうな雨音の背後に回り込み、健吾は彼女を羽交い締めにして取り押さえた。
雨音と知り合ってからというもの、「落ち着け」というのが口癖になっている気がする。短気な知り合いがいると苦労させられる。
しかし、感情をストレートに出してみせた雨音にはどこかスカッとさせられた。何というか、とても男らしいと思う。
「なあ、天道。アニキって呼んでもいいか?」
「なんでよ!? あんたが一番失礼だわ!」