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16.スーパーエース


 突如として出現した魔物の撃退に成功し、学園の平和は守られた。

 健吾が魔物と戦ったのを見ていたのは雨音だけで、彼の活躍を知る生徒はいなかった。

 例によって健吾が黙っていてくれるように頼んだために、雨音は誰にも彼の事を話していない。

 結果として、魔物を撃退したのは雨音という事にされてしまい、彼女は学園を救ったスーパーエースとしてその名を轟かせていた。


「うおっ、天道だ! 超格好いいなあ!」

「きゃー、天道さん、こっち向いてー!」

「むう、天道様さえおれば、この世界も救われるに違いないのう……」

「きゃあ、またどこかのお爺さんが入り込んでる! 誰か先生呼んできて!」


 早朝、トレーニングウェアに着替え、雨音は日課のランニングを行っていた。

 学園の敷地内を適当に流しているだけで周囲から声援が飛んできて、反応に困ってしまう。


「ううっ、私がやったんじゃないのに……他人の功績を横取りしたみたいで嫌な気分だわ……というか、なんでこんなに早起きの人がいるの?」


 それというのも、全て健吾が悪い。

 彼が自らの実力を隠すような真似さえしなければ、このような事態にはならなかったはずだ。


「横賀君に抗議しなくちゃ。あの馬鹿、まだ寝てるんじゃないでしょうね……」



 その健吾はといえば、男子寮の自室にて、何者かの襲撃を受けていた。


「くっ、誰だ? ……うわあああああ!」


 ベッドで寝ていたところをいきなり襲われ、健吾は悲鳴を上げた。

 どうにかベッドから這い出して、床の上に退避し、胸をなで下ろす。

 おそるおそるベッドの方を見てみると、そこには眠そうな顔でシーツにくるまった、年齢不詳の女性教諭の姿があった。


「って、やっぱり操先生か! いきなり潜り込んでくるなんて何考えてるんですか!」

「ちょっと芸風を変えてみたの。気持ち良かった?」

「よくないですよ! 身体中触りまくったりして、痴女ですかあんた!」

「私は気持ち良かったわ」

「うるせえよ!」


 危うく寝ぼけたまま大人の階段を上ってしまうところだった。

 床の上に腰を下ろし、健吾はため息をついた。


「それはそうと、また派手に暴れてくれたみたいね」

「うっ……!」

「なるべく目立たないようにしなさいって言ったわよね? 忘れたの?」

「い、いや、何しろ非常事態だったもので……」


 冷や汗をかく健吾を見つめ、操は呆れたようにため息をついた。


「それは分かってる。だからリミッターの設定を変更してあげたわけだけど、もっとやりようはあったんじゃないの? 天道さんが誰かに漏らしていたらどうするつもりよ」

「その時はリストバンドの機能って事にするつもりだったんですけど……だめですかね」

「嘘を重ねると苦しくなるわよ。特にあなたみたいな単細胞はね」


 痛いところを突かれ、健吾は反論できなかった。

 そもそも利口ならもっと上手く立ち回っているという話だ。

 とぼけた顔でスラスラと嘘をつく操のような人間がうらやましくなる。


「それで先生、ゲートの件はどうなりました? あの魔物はどこから来たのか分かったんですか?」

「まだ調査中よ。探索チームがこのあたりの森を調べてるんだけど、ゲートは見付かっていないわ」

「ゲートってそんなに見付けにくいもんなんですか?」

「それがね、大型の魔物が通り抜けられるようなゲートなら発見は容易なはずなのに、なぜか見付からないのよ」

「どういう事なんです?」

「これまでのものとは異なる性質のゲートなのか、既に消えているのか……いずれにせよ、今までとは違う何かが起こっているのでしょうね」


 操の話を聞き、健吾はうなった。

 異世界との繋がりがどうなっているのかは知らないが、何やら嫌な予感がする。


「それと、この前、森に出現した魔物と今回の魔物、どちらも死骸が発見されていないのよ」

「えっ? じゃあ、あいつらは生きていたんですか?」

「あるいは、何者かが回収したのか。ほんと、何がどうなってるのかしらね」


 それらが何を意味するのか、健吾には分からない。

 だが、状況が変化しているのは間違いなさそうだ。これからどうなってしまうのか、漠然とした不安を感じる。


「ん?」


 そこでふと、傍らに衣服が落ちているのに気付き、健吾は手に取ってみた。

 それはジャージの上下で、健吾の物にしては小さく、砂川というネームが刺繍してあった。


「これって、操先生のじゃ……あれ、ジャージが落ちてるって事はまさか……」


 ベッドの上でシーツにくるまっている操に目を向けてみる。

 彼女は眠そうにあくびを漏らし、ボサボサの髪を払いながらノロノロと身を起こしていた。

 シーツがはだけ、剥き出しの肩や脇腹が見えてしまい、健吾はギョッとした。


「せ、先生、なんで脱いでるんですか!」

「んー? 先生、寝る時は全裸が基本よ?」

「いや、おかしいでしょ! 裸で教え子のベッドに潜り込むなんて教師のやる事じゃないですよ!」

「女教師って言葉の響き、なんかエロいと思わない? これに課外授業とか放課後レッスンとかの単語が加わったらもう無敵よね」

「官能小説かよ! 本物の先生がそういう事を言っちゃだめでしょう!」


 つまり操は、寝ている健吾に全裸でしがみついてきたのか。

 道理でやたらと気持ち良かったはずだ。そろそろ本気で訴えてやろうかと思う。


「ふわああ……まだ早いし、もう一眠りするかな。健吾君も一緒にどう?」

「そっすね。それじゃ失礼して……って、アホか! できるわけないでしょう!」

「昔はよく一緒に寝たじゃない。あの頃は素直でいい子だったのに……」

「いつの話ですか! 俺だってもう子供じゃないんですよ!」

「ふふふ、だから楽しいんじゃないの」

「あんた俺に何する気だ! いいからさっさと服を着ろ!」


 ジャージを受け取ろうとしない操に健吾が冷や汗をかいていると、そこで部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。

 健吾の返事を待たずに、ドアがガチャッと開き、訪問者が入ってくる。天道雨音だ。


「横賀君、起きてる? ちょっと話が……」


 ズカズカと乗り込んできた雨音だったが、操がベッドの上でシーツにくるまっているのを目にするなり、ビキッと固まってしまった。

 健吾は冷や汗をかき、慌てて説明をした。


「い、いや、これは違うんだ! 操先生がふざけて……」

「……担任の教師を連れ込んで何をしてるのよ……しかもこの状況は……じ、事後?」

「おおい! とんでもねえ勘違いすんな! 俺は何もやってない!」

「先生に責任をなすりつけるつもり!? この卑怯者!」

「そうじゃなくて! 頼むから俺の話を聞いてくれよ!」


 健吾が必死に訴えると、どうにか雨音は落ち着いてくれた。

 だが、まだ疑っているらしく、実に不審そうな目で健吾と操を見ている。


「一体、どういう関係なのよ。教師と生徒の間柄にしちゃおかしくない?」

「み、操先生は昔からの知り合いなんだ。ガキの頃からよく遊んでもらってて……」

「ふーん。そうなんですか、先生」

「まあね。横賀君をお風呂に入れてあげたり、一緒に寝たりしてたわ」

「なっ……それって幼児プレイってやつなの!?」

「違う違う! リアル幼児だった頃の話だよ! 妙な誤解するな!」


 雨音は胸をなで下ろし、安堵の息をついていた。

 彼女は少しばかり想像力が豊かすぎないかと思い、健吾は嫌な汗をかいた。


「それで横賀君の事を色々と知ってるわけね……ここに入学できたのも先生のおかげとか?」

「ま、まあな」

「なるほど。あのおかしなリストバンドも先生が用意したってとこか。あれって何なのよ? この前、リミッターがどうとか言ってたけど」

「い、いや、あれはその……」


 上手い言い訳が思い付かず、健吾は目を泳がせた。

 すると操が、ため息混じりで呟く。


「そのまんまの意味よ。彼が付けてるそれは、パワーリミッターなの」

「パワーリミッター?」

「そう。余計な力が出せないように制御する装置。普通の人間として生活するために付けてるわけ」


 操の説明を聞き、雨音は腕組みをしてうなり、首をひねった。


「あれ? じゃあ、魔物を素手で倒せるのはリストバンドの機能でパワーを増幅してるわけじゃなくて……むしろ、逆?」

「そういう事。理解が早くて助かるわ」

「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃ横賀君は、力を制限されてるのに魔物より強いって事ですか?」

「うん、そうなの。非常識な男よねえ」


 軽い口調で呟く操に、雨音は目を丸くした。

 床に座り込んだまま居心地が悪そうにしている健吾を見つめ、首をかしげる。


「何それ、信じられない。腕力が強いとかいうレベルの話じゃないじゃない。どうなってるのよ?」

「どうと言われましても……俺自身が一番、困ってるんだけどな……」

「なんで? 力が強いんなら得じゃないの。悩む必要ないんじゃない?」


 不思議そうな顔をした雨音を見やり、健吾は苦笑した。


「普通はそう思うよな。ところがそんな事は全然なくて、デメリットの方が多いんだよ」

「そうなの?」

「ちょっと力が強いぐらいならいいんだろうけど。でもさ、それが常軌を逸してたらどう思う? 普通の人間じゃ絶対に持ち上げられない物を持ち上げられたり、壊せるはずがない物を壊せたりしたら……気持ち悪くないか?」

「う、うーん……そうかなあ……」


 雨音には理解できないのか、しきりに首をひねっている。

 彼女ぐらい大らかな考え方ができる人間ばかりなら助かるのにな、と思い、健吾はため息をついた。

 人というものは常識の範疇を越えた事象や存在に対し、拒否反応を示すのが普通だ。

 ある程度までなら理解してくれても、許容範囲を超えてしまうと途端に態度を変える。

 健吾は一五年間生きてきて、その事を嫌と言うほど学んだ。


 ずっと力を抑えるように努めてきたが、自分の意思で制御できるのにも限界がある。

 予想外の突発的な危機が迫ってきた時などには反射的に過剰な力が出てしまう。

 それを抑えるためのリミッターがこのリストバンドなのだ。


 そこで操が、雨音に言う。


「そんなわけだから、横賀君が普通の人間として生活していけるようにフォローしてあげて。天道さんは口が堅そうだから適任でしょう」

「それは別にいいですけど、この男の代わりに私が持ち上げられてて困ってるんですが……」

「いいじゃない、そのぐらい。むしろ彼を利用して富と名声を得まくってウハウハになればいいのよ。賢く生きないとだめだぞ?」

「きょ、教師の台詞とは思えない……私、そういうずる賢いのはちょっと……」

「固いなあ。女はね、他人から女狐って呼ばれるぐらいで丁度いいのよ?」


 何やら大人の女ぶっている操を見やり、健吾は眉をひそめた。

 雨音があんな風になってしまったら悲惨すぎる。心の底からそう思う。


「こら、今、失礼な事を考えてたでしょう? 先生は何でもお見通しなんだからね」


 操が呟き、ベッドから乗り出して健吾の背中に被さってくる。

 とても柔らかいふくらみがムニュッと押し付けられ、健吾は赤面し、雨音が目を丸くする。


「ちょっ、先生、裸なの? 馬鹿じゃないのあんたら! どうかしてるわ!」

「お、俺は知らないぞ! 先生が勝手に……うわ、しがみつかないでくださいよ! ひいいい!」

「ぬふふふ、大人しくしろやー! これも教育の一環よぉー!」


 雨音が割って入り、操を健吾から引き剥がそうとする。

 全裸の操に背後からしがみつかれ、真横からトレーニングウェア姿の雨音が迫ってきて、健吾はうろたえるばかりだった。


「せ、先生、やめ……天道もくっつくなよ! 俺のリミッターが限界突破しちまう!」

「何言ってんのよ! いいから離れなさい!」

「むっ、若い子には負けないわよ。それ、うりゃうりゃうりゃ!」

「やめろおおおおお!」


 これが生き地獄というものか。

 いくら力が強かろうとも逃れられない状況というのは存在するという事を、健吾は思い知らされたのだった。


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