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15.千分の二フルパワー


 皆が学園へと逃げ帰っていく中、後方に待機していた雨音は呆然と立ち尽くしていた。

 迫り来る三つ首の魔物を見つめ、ギリッと歯噛みする。

 藤谷が勝てないような怪物が相手では、雨音に勝ち目はない。対魔技能レベルは高くとも、彼女はまだ初心者なのだ。

 武器の扱いにせよ戦い方にせよ、藤谷のみならず上級生達には遠く及ばないだろう。

 だが、やるしかない。せめて生徒達が学園から避難する時間ぐらいは稼がなくては。

 雨音は決意を固め、傍らに立つ健吾に呟いた。


「どう、横賀君。あいつに勝てそう?」

「……正直、厳しいと思う。今の俺が出せる力でどこまでいけるか……」


 健吾ですら勝つ自信はないと聞き、雨音は冷や汗をかいた。

 彼ならどうにかしてくれるのではと期待していたのだが、さすがに無理だったか。


「でも、二人でやれば足止めぐらいはできるかも。付き合ってもらえる?」

「嫌だ、って言える状況じゃないよな。いいぜ、付き合おう」


 ニッと笑った健吾に、雨音は笑みで応えた。

 状況は最悪だが、彼と一緒ならなんとかなりそうな気がする。


「行くよ、横賀君!」

「おう!」


 雨音が叫び、攻撃を開始する。

 魔銃剣を構えて魔力弾を連射、三つある魔物の頭部を爆発で包む。

 無論、ダメージを与えられないのは分かっている。頭部を狙ったのは魔物の視界を遮るためだ。


 雨音が銃撃を開始するのと同時に健吾は飛び出し、道路脇を走って魔物の側面へと回り込んだ。

 どんな動物でも横からの攻撃には弱い。それは魔物も同じであるはずだ。


「おりゃあああ!」


 健吾は右の拳を振りかぶって踏み込み、巨大な魔物の脇腹に全力で打ち込んだ。

 ズドン、と大砲でも放ったような轟音が鳴り響き、魔物の硬い皮膚が陥没し、健吾の拳がめり込む。

 

 だが。一〇メートルを超える魔物の巨体は、微動だにしなかった。


 健吾は冷や汗をかき、すかさず左の拳を打ち込んだ。

 手応えはある。しかし、まったく効いていない。

 おそらく魔物は蚊に刺された程度にしか感じていないのだろう。


「く、くそっ! まさか、こんな……!」


 たとえ一撃で倒すのは無理でも、全力で打ち込めば多少なりともダメージを負わせられると思っていた。

 自分の考えが甘かった事を悟り、健吾は歯噛みした。

 ただでかいだけではない。この魔物はこれまでに遭遇した魔物とは格が違う。こんな生き物が存在しているとは信じられない。

 健吾はあせり、持てる力を振り絞って拳を振るい、魔物の脇腹に連続で打ち込んだ。

 上着の袖から顔を出したリストバンドに幾何学模様が浮かび上がり、光を放っているのを見るなり舌打ちする。

 これのおかげで助かっているのは確かだが、今は非常に鬱陶しい。何とかならないのか。


「このっ、このぉっ! くそ、なんで効かないんだ……!」


 効いてはいないが、何も感じていないわけではないらしく、魔物は長い首の一つを巡らせ、健吾に目を向けてきた。

 瞳のない、何の感情も読み取る事ができない黒い目で健吾を捉え、耳まで裂けた口を大きく開き、灼熱の炎を吐き出す。


「うおっ! こ、こいつ……!」

「お、横賀君!」


 健吾が激しい炎に包まれたのを見て、雨音は顔色を変えた。

 魔銃剣に魔力をフルチャージし、出力レベルを最大にして引き金を引く。


「これでもくらえ!」


 直径一メートル強、最大出力の魔力弾が射出され、魔物の中心部に激突、まばゆい光が弾け、大爆発が起こる。

 これはさすがに効いたのか、魔物が甲高い耳障りな鳴き声を上げた。

 だが、それだけだった。

 ほんの一瞬、足を止めただけで、魔物は無傷のまま迫ってくる。


 その巨体から尋常ではない魔力が発せられ、強烈な殺気をまとっているのを感じ取り、雨音は息を呑んだ。どうやら怒らせてしまったらしい。

 慌てて魔銃剣に魔力を再充填しようとして、上部にあるゲージが赤く点滅しているのに気付く。

 雨音の魔力は強いため、最大出力で魔力弾を放つと内部の機器がオーバーヒートしてしまい、しばらく使えなくなるのだ。

 再び使用可能となるまで三分はかかる。それまで目の前の魔物が待っていてくれるとは思えない。

 学園までの距離は四〇〇メートルを切っている。万事休すか。


「おい、天道、何やってるんだ! 武器が壊れたのか?」


 健吾の声が聞こえ、雨音はハッとした。

 見ると彼は魔物の傍らにいて、服は焼け焦げてボロボロだが、一応、無事のようだった。

 魔物を追いながら携帯電話を耳に当てている。誰かに応援でも要請しているのだろうか。

 彼の無事を確認し、雨音は胸をなで下ろした。ほっとしている場合ではないが、ともかく安心した。


「武器なら、俺のを使え!」


 雨音の様子から武器の故障か何かと判断したらしく、健吾は自分の魔銃剣を投げて寄越した。

 それを受け取り、自分の魔銃剣をホルスターに収め、雨音は新たな武器に魔力をチャージした。


「三〇秒くれ! それでどうにかしてみる!」


 健吾が叫び、雨音は首をひねった。何か作戦でも思い付いたのか。

 よく分からないが、今は彼を信じてみるしかない。

 上手い具合に魔物の矛先は雨音に向いている。

 健吾の邪魔をさせないように魔物の注意を引きつけなければ。


 武器をソードモードに変形させ、出力レベルを『4』に合わせる。

 引き金を引き、魔力剣を発動、切っ先を標的に向け、雨音は魔物をにらんだ。


「はあっ!」


 魔力を注入、魔力剣を瞬間的に肥大化させる。

 厚みを増した刃が一〇メートルに伸び、魔物の三つある首の一つに激突する。


「ギエエエエエエ!」


 頭部を切り裂く事はできなかったが、多少は痛みを感じたらしく、魔物は光の刃を避け、不気味な声を上げた。

 三つの首から炎を吐き、雨音を焼き殺そうとする。


「おっと! そんなもの、当たるもんですか!」


 炎を回避し、雨音は魔力剣を振るって応戦した。

 オーバーヒートしないよう、攻撃の瞬間だけ刃を伸ばし、徹底して魔物の頭部を狙う。

 魔物が吐く炎は脅威ではあるが、一〇メートルの間合いを保っていれば避けきれないものではない。

 これなら、いける。少しずつ後退しながら魔物と渡り合い、雨音は自信が出てきた。

 放たれた炎を飛び退いてかわし、すぐさま攻撃を――。


「あっ」


 着地した瞬間、足がズルッと滑り、肝を冷やす。

 魔物の炎を受け、足元のアスファルトが溶けていたのだ。

 魔物が狙ってやったとは思えないが、あたり一面のアスファルトが溶けてしまい、粘土のようになっている。

 あせる雨音の前で魔物が三つの首をもたげ、大きく息を吸い込む。

 長い首が内部から発光し、何かとてつもない威力の攻撃を放とうとしているのが分かる。


「きゃっ」


 慌てて間合いを開けようとして足を滑らせてしまい、雨音は尻餅をついた。

 魔物が三つの口を開け、先程までとは比べ物にならない熱量の火炎を喉の奥にため、一気に吐き出そうとする。

 このあたり一帯を焼き尽くすつもりか。


 雨音が息を呑んだその時、彼女の前に一人の人物が滑り込んできた。

 雨音を庇うように立ち、魔物と向き合ったのは、誰あろう健吾だった。


「待たせたな。どうにか間に合ったか」

「お、横賀君……?」


 健吾は携帯電話を手にしていて、それを自分のリストバンドに当てていた。

 どこかから合成音声らしきものが聞こえてくる。


『解除用音声コード確認。使用可能最大出力値を〇・一パーセントから〇・二パーセントへ変更』


 リストバンドから聞こえてきたようだが、どういう意味だろうか。首をひねる雨音に健吾が呟く。


「こいつの変更は操先生の声じゃないとだめなんだ。先生と連絡が取れてよかったぜ」

「変更ってどういう事? 〇・一から〇・二パーセントへって聞こえたけど……」


 〇・一パーセントとは千分の一という事だ。

 千分の一が二になったところで、大して変わりはしないのではないか。


 魔物が火を吐き、紅蓮の炎が渦を巻いて健吾に降り注ぐ。

 健吾は携帯電話を雨音に投げて渡し、左右の腕を顔の前で交差させ、自分が盾になる事で背後にいる雨音を炎から守った。


「お、横賀君!」

「大丈夫だ。さすがにちょっと熱いけどな……」


 魔物の大火炎に耐えてみせ、健吾は前に出た。

 一気に間合いを詰め、懐に飛び込む。


「まあ、千分の一が二になったって大した事ないかもしれないけど……二倍になったと思えば、割と馬鹿にできないぜ……!」


 拳を振りかぶり、魔物の首の付け根を狙い、叩き込む。

 硬い鱗に覆われた皮膚が陥没し、拳がめり込む。

 先程まではそれで精一杯だったが、今度は違う。


 メキッ、と肉が軋む音が響き、拳がめり込んだ部分を中心にしてすり鉢状に陥没する。

 魔物の巨体が押し戻され、甲高い声を上げて吠える。

 大口を開け、三つの首が健吾に食らいついてくる。

 頭上から次々と襲い来るそれを、健吾は左右の拳を振るい、一つずつ殴り飛ばした。


「キエエエエエエ!」

「うおおおおおお!」


 なおも襲い掛かってくる魔物を殴り付け、後退させる。

 魔物の勢いが衰えを見せたところで、健吾は大きく踏み込み、全力を込めた拳を魔物の胸部に打ち込んだ。

 ズドン、と。

 極大のパワーを込めた一撃が直撃し、魔物の巨体が浮き上がる。

 体組織をズタズタに破壊され、身体中からマグマのような体液を噴出させながら、三つ首の怪物は緩やかに傾斜した下り坂を転げ落ちていった。

 道を外れ、木々をなぎ倒しながら森の中へ飛び込み、やがて姿が見えなくなる。

 健吾は構えを解き、大きく息を吐いた。


「ふうう、はああ……あんな強い生き物とやり合ったのは初めてかもな……リミッターの設定、変えなきゃやばかった……」


 額の汗を拭い、健吾は回れ右をして、雨音のところまで戻った。

 尻餅をついたまま目をまん丸にしている雨音に声を掛ける。


「大丈夫か、天道。怪我はないか?」

「え、ええ、おかげさまで……」


 見たところ、雨音に目立った怪我はなさそうだった。

 健吾は右手を差し出したが、雨音は彼の手を取ろうとはしなかった。


 ……やはり、こうなるのか。少しだけ悲しい気分になり、健吾は自嘲気味に笑った。

 無理もないとは思う。自分のような化け物になど触れたくないに決まっている。


 そこで雨音はムッとして、健吾に告げた。


「何を笑ってるのよ。早く手を貸して」

「えっ?」

「えっ、じゃなくて……溶けたアスファルトが固まっちゃって、動けないのよ」


 見ると雨音は尻餅をついた姿勢で路面に手足が沈み、固定されているらしかった。

 自分の勘違いに苦笑しつつ、健吾は雨音に手を貸してやり、そっと地面から引き剥がしてやった。


「はあ、助かったわ。ありがと」

「お、おう。どういたしまして」


 雨音は健吾の腕に縋り付き、身体の各所にこびり付いたアスファルトを払い落としている。

 何の躊躇もなく身を寄せてきた彼女を見つめ、健吾は戸惑った表情を浮かべた。


「……天道は平気なのか? 俺みたいなのに触れても」

「ん、何が?」

「何がって……ほ、ほら、あんな怪物を殴り飛ばしたんだぞ」

「そんなの今さらでしょ。横賀君ならやりかねないと思ってたもの。相変わらず、無茶苦茶ね」


 クスッと笑った雨音に健吾は赤面し、目をそらした。

 雨音にとっては取るに足らない事だったのか。そう思うと、なんだかおかしかった。


「なあ、天道」

「うん、何?」

「意外とでっかいお尻してるんだな」

「はあ!? いきなりなんて事を言うのよ!」


 顔色を変えた雨音に苦笑し、健吾は彼女が尻餅をついていた場所を指してみせた。

 そこには丸いへこみができていて、雨音のお尻の形がクッキリと残っていた。

 雨音は耳まで真っ赤になり、首を横に振って否定した。


「ち、違うわ! あれは起き上がろうとして動いたから広がったのよ! あんなに大きくないんだから!」

「そうか? じゃあ、試しに座ってみてくれ。大きさに差があるのか比べてみよう」

「い、嫌よ、絶対に座らないわ! お尻の大きさなんか知ってどうしようっていうのよ!」

「どうもしないさ。単なる興味本位ってやつで」

「興味なんて持たなくていいから! この事は忘れなさい! いいわね!?」


 必死になって訴える雨音を眺め、健吾はヘラヘラと笑った。

 彼女のおかげで、何やら救われたような気分だった。



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